◆第十三話『巨体の天使』
勢いよく格子が上がった瞬間、レオが飛びだした。
《セラフ》防具の恩恵もあって速度は充分。
部屋中央で待ち受ける巨体天使との距離を一気に縮めていく。
だが、そうはさせまいと6本の矢が周りから放たれた。2階で待機中の弓型からだ。いくらレオでも背後の矢までは防げない。が、これは予想していた攻撃だ。
「ラピスッ!」
「ええっ!」
アッシュはラピスと揃って広間へと駆けだした。
やや背後よりで左右から向かってくる2本の矢をスティレット、ソードブレイカーの斬撃で排除。レオの真後ろを狙う矢をラピスが斬撃で撃ち落とした。
レオが正面よりの3本の矢を盾で防ぐのとほぼ同時、ルナも広間に躍り出てきた。
床上をすべるように体勢を変更し、手前の2階で待機していた弓型3体を《レイジングアロー》で一気に排除。さらに正面側の弓型1体を連続射撃で流れるように倒してみせた。
見惚れてしまいそうになるほど見事な動きだ。
弓使いで彼女と肩を並べられる者はいない。
いまでははっきりとそう言い切れる。
ルナが弓型を4体排除する間に、クララも2体を《フロストバースト》で排除していた。後衛組によって速やかに弓型が排除されたと同時、レオが巨体の天使の間近まで辿りついた。
反応した巨体の天使が両腕で持ったハンマーを振り上げた。軽く3人はまとめて潰せそうなほどの大きさとあって凄まじい威圧感だ。
まともに受けるべきではないと判断したか、レオが軽快な動きで右方へと飛ぶ。と、先ほどまで彼が立っていた場所に槌のように振り下ろされたハンマーが激突した。
床が崩れることはなかったが、あまりの衝撃ゆえか。広間が小刻みに揺れた。さらに――。
ハンマーを当てた箇所からわずかに距離を置いて、円を描くよう人をまるごと焼き殺せそうなほどの巨大な火球が9つも現れた。それらは一瞬で消滅したものの、すぐさま同形状のものを複製しながら放射状に移動しはじめる。
「こっちまでくるぞ!」
その範囲は広間全体に達し、レオを除いた全員が回避行動を余儀なくされた。火球の進路が読みやすいこともあって幸い被害はない。レオだけは避けきれずに少し炙られたようだが、見たところ大した損傷はなさそうだ。
おそらくあれが9等級ハンマーの特殊攻撃だろう。
アッシュは即座に体勢を立て直しながら、敵が持つハンマーを見やる。
「なんつー攻撃だ……けどいいな、あれ」
「あんなの、チームで使えないでしょ」
ラピスにすぐさま却下されてしまった。
たしかに近接としては、間近であんなものを撃たれてはたまったものではないかもしれない。残念ながら使わない方向で考えるしかなさそうだ。
その間にもレオは奥側の壁に敵を引っ張っていた。ちょうど敵の背中を後衛側へと向けた格好だ。襲いくるハンマーを盾で受けながら、レオはじりじりと後退していく。
敵のハンマーによる攻撃がどれほどの威力か。
それは盾で受け止めるたび大きく歪むレオの顔が物語っていた。直撃を受けてはいないものの、体に相当な負担がかかっていることは間違いない。
「《サンクチュアリ》、出しておくね!」
奥側の壁付近に到達したレオの足下にクララが《サンクチュアリ》を展開させた。舞い上がる柔らかな白の光の受け、歪んでいたレオの顔がいくらか和らぐ。
アッシュは頃合を見計らって指示を飛ばす。
「クララ、ルナは攻撃しつつ壁際まで移動! 但し弓型が湧いたらそっち優先排除! ラピスも一旦攻撃に参加してくれ! 俺は中央で様子を見る!」
指示を受けた仲間たちが行動に移ろうとした、そのとき。
最奥に向かって左右2箇所ずつ。ただの模様と思われていた1階の壁の一部が重厚な音を鳴らして開いた。出てきたのは盾型の天使。それも合計で4体だ。
「なっ!?」
アッシュは即座に盾型の天使2体へと斬撃を放ち、標的をこちらに固定。いまにも巨体の天使へと魔法を撃とうとしていたクララへと叫ぶ。
「クララ、攻撃中止だ! ラピスは全力で盾型の排除に! ルナも――」
――盾型を排除。
そう口にしようとしたところ、弓型の天使が湧きなおしていた。アッシュは舌打ちをしつつ、指示を変更する。
「ルナは弓の排除優先で頼む! 余裕があれば俺たちの援護に回ってくれ!」
「了解っ!」
盾型がいることでクララの魔法が使えず、ルナひとりで対応するしかない状況だ。しかたのないことだが、弓型が排除されるまでに時間がかかっている。
幾本もの矢が飛んでくる中、頑強な盾型2体との戦闘はひどく厳しく、体をかすめる剣や、押し寄せる盾の熱に体がじわじわといたぶられていく。
それでも9等級に上げた武器や、天使との数えきれないほどの戦闘経験のおかげで凌ぎきり、盾型を排除できたが――。
「アッシュ、また湧きなおしてる!」
飛んでくるラピスの切羽詰った声。
巨体の天使に接近する間もなく、盾型の天使が再び壁から現れていた。連動するように弓型の天使も湧きなおしている。
「くそっ、倒したばっかだってのに……っ!」
これでは巨体の天使に攻撃する暇がない。
視界の端にはもどかしそうなクララの顔が映っていた。
彼女が攻撃に参加できれば一気に楽になるかもしれない。だが、魔法に異常なほど反応する盾型の天使がいる状態ではやはり危険な選択だ。
「ごめんっ、敵の懐が深すぎてほとんど攻撃できてないっ!」
レオも状況を把握したのだろう。
巨体の天使による豪快な攻撃を受けながら、苦しそうな声で報告をしてくる。
つまりレオだけに任せる形で巨体の天使を倒すのは難しいということか。
――どうする。
多少の無茶をしてでも隙を作り、ルナに巨体の天使を少しずつ削ってもらうか。しかし長期戦になれば、体力に限りのあるこちらが不利なことは明らかだ。
ラピスに《限界突破》を撃ってもらい、一気に巨体の天使を倒すか。……いや、それで倒せるとは限らない。もし倒せなかった場合、盾型の処理が間に合わずに総崩れになる。これは最悪の場合の手段だ。
――ひとつ目で行くしかないか。
そうして逡巡しながら盾型の相手をしているときだった。
「盾の敵、全部あたしに任せて!」





