◆第七話『シビラの手料理』
「あまり見ないでくれると助かる……」
「自分から誘っといてそれはないんじゃないか」
「そ、それはそうかもしれないがっ」
チームでの活動が休みとなった、ある日の昼。
アッシュは以前に交した――料理をご馳走してもらう約束を果たすため、シビラの宿を訪れていた。
王侯貴族の一室を思わせる気品ある石造の部屋。抜けるような青空を背景にそびえる赤の塔を眺望できる硝子張りの壁。
以前、宿探しで同じ型の部屋を案内してもらったことがあったが、ほとんど印象は変わらない。おそらくシビラの私物があまり置かれていないからだろう。
「異性を入れたのは初めてなんだ……察してくれ」
綺麗な眉を逆立て、頬を赤く染めるシビラ。
……訂正だ。
シビラの部屋というだけでずいぶんと印象が変わるようだ。
「座って待っていてくれるか。すでに下ごしらえは済ませてあるから、そう時間はかからないと思う」
「了解だ」
促されるがまま居間中央に置かれたテーブルにつく。
予め2脚の椅子が向かい合うようにして置かれていた。最近のシビラは同ギルドのメンバーであるリトリィと一緒にいることが多い。以前、食材の買出しにも同行していたし、もしかするとよく招待しているのかもしれない。
視界の中では、居間と隣接する料理場にシビラが立っていた。白と黒の簡素なエプロンをつけ、手際よく料理を進めている。慣れた手つきだ。少しは料理ができる、と彼女は言っていたが、おそらく謙遜だろう。
「……なんかいいな」
「ん、なにがだ?」
こちらを見ずに問い返してくるシビラ。
アッシュは頬杖をつきながら、彼女の料理姿をじっと見る。
「いつもは防具でがっちり固めて剣も佩いて……完全に戦士って感じのシビラが、いまはエプロンをつけて料理をしてる。その差がいいなって思っただけだ」
「きょ、今日はわたしへの認識を改めてもらうために呼んだのだっ。たっぷりと堪能してもらっていいっ!」
「そんじゃ遠慮なく」
「や、やっぱり控えめで頼む! ……気になって失敗してしまうかもしれない。できれば美味しいものを出したいんだ」
シビラはこちらに顔を向けようとしない。
ただ、真っ赤になった耳やぷるぷると震えた体から、羞恥心に身悶えていることは明白だった。
シビラをからかうのは楽しいが、そのせいで彼女本来の料理が食べられないのは惜しい。アッシュは悪戯もほどほどに見守ることにした。
ようやく落ち着いたところでシビラが問いかけてくる。
「攻略は順調か?」
「停滞……はしてないが、なかなか苦戦してるな」
「1部屋目は突破できたのか?」
「なんとかな。いまは2、3部屋目までを往復してる感じだ」
「……すごいな。わたしたちは1部屋目の突破すらもできなかったというのに」
「あ~、盾がいないと厳しいもんな。ってか、あのメンバーでどうやって狩ってたんだ? 敵を釣り出すのも厳しかっただろ」
ずっと疑問に思っていたことだった。
シビラのもといたチームには盾を持った挑戦者がいなかった。レオのように剣型の力強い突きを受けつつ、安全に1体だけを釣るなんてことはできなかったはずだ。
「わたしが釣り役になっていた。《ゆらぎの刃》を予め背後に置き、敵を釣った瞬間に後退という感じだ」
「あ~、その手があったか」
「それでも、かなり際どい方法だった。あとはジグラノ……ミロの剣聖がいただろう。彼女を主軸にして狩っていた」
「ニゲルじゃなかったのか」
神聖王国ミロの剣聖に選ばれるほどだ。
相当な実力者であることはわかるが、あのニゲルを差し置いて中心となっていたとは思いもしなかった。
「純粋な戦闘能力に関しては、おそらくマス――ニゲルよりもジグラノのほうが上回っていたと思う。それほどまでに彼女の力は凄まじかった」
「じゃあ、そんな奴に勝ったシビラはさらに上ってことだ」
「一度目にしたと思うが、彼女は逆上しやすい性格でな。それがなければ負けていたのはきっとわたしだった」
初めてジグラノを見たのは、尾行してきたシビラとともに塔から帰還したときだったか。同じギルドのメンバーだというのに喧嘩を売るその狂人ぶりはあまりに強烈な光景だったので、いまでも鮮明に覚えている。
「あとは中の弓型を倒すのがどうしても難しくてな。後衛の2人も頑張ってはくれていたんだが、どうしても処理しきる前に剣型が湧きなおしてしまっていた」
「あ~、たしかにあれは並大抵の火力じゃ殲滅間に合わないもんな」
「やはり突破できたのはあの弓使い……ルナといったか。彼女の働きが大きいのか?」
「もちろんルナも貢献してくれてるけどな。ただ、ああいう多勢相手にはクララがぶっとんで強いんだよ」
最近、《精霊の泉》の魔力に限りがあることがわかったクララだが、それでも扱える魔力は頭抜けている。いまや世界のどこを探しても彼女以上に殲滅力の高い魔導師はいないだろう。
「彼女、それほどなのか。言ってはなんだが……戦闘をしている光景があまり浮かばなくてな。なんというか、こう……小動物的な可愛さがあるというか」
「まあ、あまり機敏に動くほうではないな。戦闘経験も浅いし、弱音も結構吐くし」
「だ、大丈夫なのかそれで」
シビラが心配するのも無理はない。
それほど口から出たクララの説明は、戦闘に向いていないことばかりだった。
アッシュは肩をすくめつつ、にっと笑う。
「ああ。そんな感じだが、芯のところは結構強いんだ。これまでもやるときはやってくれてたしな」
「信頼しているのだな」
「ま、最初にチームを組んだ仲だしな」
まだまだ成長してもらわなければならないことはたくさんある。それでもクララなしのチームは考えられないと思うほどには彼女を一部として考えていた。
「時折、アッシュの仲間が羨ましくなる」
そう口にしたシビラは少しだけ寂しげな顔をしていた。
ただ、彼女はすぐさま気持ちを切り替えるように息を吐くと、両手に一枚ずつ持った皿を持ち上げた。どうやら料理ができたらしい。
様々な形状に切り分けられたパンとパイの2種の生地。肉や魚、野菜とともにとろみのあるタレをぎっしりと中に詰め込み、芳ばしい香りを漂わせている。
好みで味を変えられるようにか、傍らに添えられたソースも見るからに濃厚そうで食欲をそそられる。
色も鮮やかなうえ、なんと洒落た料理だろうか。
並べられた料理を前に、アッシュは思わず感嘆の声をもらした。
シビラがエプロンを脱ぎ、少しはにかみながら対面の席につく。
「さ、できたぞ。たんと召し上がってくれ」





