◆第六話『プルクーラ』
「お酒臭くない……」
「へぇ~、全室個室なんだ」
「これで酒場ってなんだか違和感あるわね」
深い色の木肌に装飾するよう巡らされた天然の緑。まるで森の中にいるかのような優しい空気。ほっと息をつけるような場所だが、店の用途が用途なだけにひどく不釣合いに思えてしかたなかった。
中央広場から西側に抜ける通りの沿い。
クララは仲間とともに《プルクーラ》と呼ばれる酒場を訪れていた。
81階の盾型天使がいた部屋からの撤退に苦戦したこともあり、帰還した頃にはすでに辺りは真っ暗。必然的に外食となり、レオ紹介のもと本日の食事処はこの酒場に決まったというわけだった。
「このような雰囲気ですから男性客はほとんど入口で引き返してしまいますね」
「で、安定のウルだな」
席まで案内してくれた店員はウルだった。
本当に彼女を見ない日はないというぐらいお馴染みだ。
ウルがうろたえつつ、アッシュに弁明する。
「先に言っておきますが、今回もたまたまなんですっ。開店から間もないこともあって、まだ異動が済んでいないといいますか――」
そこまで言い終えてから思い出したように「あっ」と声をあげた。彼女は手に持っていた厚めのメニューをテーブルに置く。
「メニューをお渡しするのを忘れてました。どうぞです。ではでは、先にお飲み物お伺いしますっ」
「……絵がついてるのね。しかもちょっと可愛いかも」
「本当だ。今日はちょっと飲んじゃおうかな」
ラピスとルナが揃って感嘆し、目をわずかに輝かせていた。
「あたしも見たいっ」
豊富な種類の果実入り飲料が鮮やかな色で描かれていた。どれもとても美味しそうに見える。ほかの店では飲み物も料理も文字でしか紹介されていないのでとても新鮮だ。
「あたしはこれがいい」
「それ酒だ。クララはこっちのジュースな」
「えぇっ」
アッシュが指差してきたのはラピスやルナが見ていたのとは反対側――それも隅っこの飲料だ。絵の見た目的には先ほどとあまり変わらないが、種類が圧倒的に少ない。
いや、問題なのは種類の数ではない。
酒かどうかだ。
大人と子ども。
その違いを突きつけられているような気がしてならなかった。
ルナがなだめるように笑みを向けてくる。
「お兄ちゃんの言うことは聞かないとね」
「……むぅ」
「好きなだけ頼んでいいから、そう拗ねるな」
困り顔ながら優しく微笑みかけてくるアッシュ。
クララは思わずついと目をそらしてしまう。
アッシュのことを意識するようになってからというもの、なんだか上手く目を合わせることができなかった。そのうえ妹扱いをされるたびにもやっとしてしまう。自ら望んだ関係だというのに――。
「ではでは、お持ちするまで料理のほうを選んでいてください」
全員が飲料の注文を終え、ウルが席を離れていった。
ラピスがメニューのページをぱたぱたと動かす。
「アッシュ、こっちで選んでてもいい?」
「ああ。適当に幾つか頼む」
オーダー制の店に仲間で来るとき、女性組で選ぶのが常だった。男性組は気になるものがあればあとから追加で注文する形だ。
男性組が揃って木造の椅子に深くもたれかかった。
天井を眺めながら、ふぅと息を吐いている。
「しかし、盾型の対応をどうするかだな」
「だね。まさか魔法にあそこまで反応するとは思いもしなかったよ。あの感じだと1回でも使えば標的は使用者に固定されそうだね」
「その可能性が高そうだな」
2人の会話が気になったのか。
ルナとラピスも注文を選ぶ片手間に加わりはじめる。
「厳しいかもだけど、なんとかボクが矢を当てて防御低下を狙うのが無難かもね」
「でも、あそこはまだ5体だからいいけど、今後もっと増える可能性もあるのよね」
「あんま時間をかけずに倒す方法も考えないとだな」
全員が魔法を使わない方向で考えている。
8等級のリングにはめた《フロストピラー》でさえ、敵をほぼ半死状態にまで追いやれた。盾型の魔法耐性がほかの天使よりも低いのは間違いない。
また魔法を使用すれば敵がこちらに標的を固定するので、ほかのメンバーに背後をとらせることができる。
盾型相手に魔法を使用するのはたしかに危険だ。
しかし、それ以上に恩恵が大きいことは明白だった。
それでも全員が魔法を使用しない方向で考えているのは――。
……やっぱりあたしが弱いから……だよね。
今回の盾型との戦闘では、狙われたときになにもできなかった。いや、今回だけではない。上層に達してからは、敵に狙われてもほとんどひとりで凌げていなかった。
反面、同じ後衛でもルナは敏捷性が高く、ある程度の攻撃なら避けてしまう。以前、彼女は自分のことを足手まといと言ってチームを抜けたことがあったが、こちらのほうがよっぽど足手まといだ。
……このままじゃだめ……だよね。
狙われても対応できるようにならないといけない。
それだけではない。
この身に宿る血統技術《精霊の泉》のことについても、最近になるまでその力の全容を知らなかった。
……自分ができること、できないことをもっと知らないと。
そう決意すると、少しだけ気持ちが楽になった。
「ラピスさん、それ貸して」
クララは身を乗り出し、メニューを渡してもらった。
目についた美味しそうな料理をぴしぴしと指差していく。
「あたし、これとこれとこれ。あとこれとこれも食べるっ」
「た、たくさん食べるのね……」
「育ち盛りですからっ」
ふんっ、とクララは胸を張った。
落ち込んでいてもしかたない。
どうあっても年齢の差は埋められないが、仲間に……アッシュに一人前として認められるため、やれることはたくさんある。そのためにもいまはたくさん食べてまずは体力作りだ!





