◆第五話『5つの盾』
横一列に並んだ5体の盾型天使。
そのうちの1体が突進してきた。
剣型と大きさ的にはそう変わらない。
だが、その手に持った盾のせいか、まるで壁が迫ってきているような威圧感だ。
先んじて駆け出したレオが部屋の中央付近で敵と肉迫、互いの盾をかちあわせた。耳の奥まで届くような、ひどく鈍い音が鳴り響く。
気づけば2つの盾の間から蒸気が上がっていた。
青の属性石を9個装着したレオの盾には、敵の武器を凍結させる効果があったが、敵の盾にも赤の属性石9個と同等の能力があるのかもしれない。
両者が盾を弾いた。互いの剣を交えては甲高い音を響かせ、隙を埋めんと盾を割り込ませては鈍い音を響かせる。
そうして始まった重厚感ある戦いだが、長くは続かなかった。残りの敵が2体ずつに分かれて両側からレオに迫っていた。
「ラピス、右の2体を頼む!」
「了解っ!」
アッシュは左方を、ラピスは右方から迫る敵へと属性攻撃を放つ。どちらもあっさりと盾に防がれてしまったが、牽制の効果はあったようだ。標的をレオから外すことに成功した。
「ごめんっ、2人とも」
「レオはそのままそいつの相手を頼む!」
アッシュは左方へと跳んだ。
追いかけてきた敵2体が血気盛んになって攻撃を繰り出してきた。2対1と不利な状況だが、盾持ちのせいか。1部屋目の剣型に比べると振りが少し遅いうえ鋭さがない。
まずは回避に専念。目が慣れたのを機に隙をついて突きを繰り出す。が、阻むように盾が割り込んできた。さすがの盾持ちだ。攻撃は不得手でも防御は鉄壁らしい。それに――。
「っつ!」
アッシュはすかさず手を引いた。
炎で炙られているかのような熱を感じたのだ。
「ラピス、気をつけろ! 盾に触れると焼けるぞ!」
「そう、みたいねっ!」
どうやら彼女もすでに洗礼を受けたようだ。
視界の中、レオを挟んだ向こう側でラピスも同じように苦戦している。
と、アッシュは敵からわずかに距離をとった。
ルナの矢が勢いよく向かってきていたのだ。しかし、それは敵の体に当たることなく盾に弾かれてしまった。付着した氷も瞬く間に溶けてしまう。
「敵の立ち回り、やっぱりこっちを警戒してる!?」
「たぶんな! そっちに後ろを向けさせようとしてもっ、なかなか動いてくれない!」
立ち回りが手練の戦士そのものだ。
厄介なことこのうえない。
決め手がなく状況が膠着しはじめていたとき、どんと腹に響くような音が聞こえてきた。音の出所は中央からだ。ちらりと横目で確認すると、天井付近まで噴き上がった青の柱が映った。《フロストピラー》だ。
「やたっ」
クララの無邪気な声が聞こえてきた。
ルナの矢よりも速度で劣る《フロストバースト》では敵に防がれてしまう。そこで彼女は敵が足を止めていることを踏まえ、《フロストピラー》を選んだのだろう。
敵は見るからによろめいていた。
物理耐性に特化している反面、魔法耐性に弱いのだろうか。隙を逃さんとルナが敵の頭部を凍結させ、防御低下を付与。レオが剣を突き刺してトドメを刺した。
クララの判断から生まれた成果だ。
アッシュは彼女を褒めようと声をあげようとした、瞬間。
眼前の敵2体が盾を前面に押し出す形で突進をしかけてきた。触れれば焼ける盾だ。避けるしかなく、とっさに飛び退いた。ただ、敵は通りすぎたのちも振り返ることなく、そのまま走りつづけている。
その直線状には後衛組――いや、正確にはクララが立っている。視界の端では、ラピスと対峙中だった2体もまたクララのほうへ向かっていた。
「逃げろ、クララ!」
「……えっ?」
クララが慌てて首を振る。
だが、退路は断たれている状況だ。
距離を稼ぐには角に逃げるしかない。
早々に逃げ場を失ったクララが向かってくる4体へと《フロストピラー》を放つが、上手く当たらずに終わってしまう。切り替えて放った《フロストバースト》も盾によって完全に防がれていた。
アッシュは敵の背を追いかけながら声を張り上げる。
「ルナ、ラピス側の1体を頼む! クララにしか目がないいまなら裏をとれるはずだ! ラピスは残った1体を! レオは俺のほうの1体を頼む!」
「ごめん、追いつけるかどうかっ」
レオの走行速度を失念していた。
視界の左側に映る彼の姿は、いまもどんどん後方へと流れている。とうてい敵の突進に追いつけそうにない。
「クララ、レオ側の1体に《ストーンウォール》! いくらでもいい! 出せるだけ出して遅らせろ!」
便利だからといつも携帯するよう言い聞かせている魔法だ。はっとなったクララが左手を突きだした。応じてレオにもっとも近い敵1体の進路上に次々と《ストーンウォール》が出現しはじめる。
せり上がった順から敵の突進によってあっけなく砕け散っている。だが、接触の瞬間にわずかだが速度を落とすことには成功していた。あれならなんとかレオでも間に合いそうだ。
アッシュは自身の標的――もっともクララに近い敵へと意識を戻した。全力で走っている最中に《光の笠》を撃つのは難しい。スティレットで通常の斬撃を放ち、敵の背へと当てる。が、かすかに傷がついた程度とまるで堪えた様子がない。
通常の属性攻撃では話にならないようだ。アッシュは舌打ちしつつ、2本の短剣を収めなおした。腕を振って死に物狂いで疾走。敵の真後ろまで辿りついたところで敵の背中に飛びついた。
てっきり剣で抵抗されるかと思ったが、その様子はない。いまも盾を構えたままひたすらにクララ目がけて駆けている。
アッシュは敵の首に両脚を回し、自身の両手を自由にさせた。上体を起こしたまま、再び抜きなおしたスティレットで脳天を突き刺す。3度目で刃が完全に見えなくなるほど埋まったが、それでも敵に止まる気配はない。
今度は敵の左肩へと突き刺す。
盾さえ失くせば、攻撃範囲は一気に狭まる。がんがんっ、と何度もスティレットを刺して穿っていく。
「止まれ、こいつっ!」
あと少しで天使がクララと接触する、寸前。
なんとか敵の左肩を破壊できた。
こぼれるように落ちた左腕。
持たれていた盾が騒がしい音をたてて床に跳ねる。
アッシュはすかさず叫ぶ。
「前に転がれ!」
クララが恐怖を押し殺すように目をつぶり、指示どおりに身を縮めて前へと転がった。かすかに浮いた敵の足下をくぐり抜けていく。
敵の剣は振り切られることなく壁に接触。さらに勢い余って体ごと壁に激突した。アッシュは直前で離脱し、無防備な敵の背にスティレットを刺突して排除。即座に振り返る。
いまだ転がったままのクララを挟んだ向こう側、レオが横合いから敵1体に体当たりをかまして壁に押し当てていた。アッシュは飛びかかる格好で加勢し、レオとともにその天使をも倒しきった。
すでに戦闘音はない。
残る2体もラピスとルナがなんとか倒してくれたようだ。天使の残骸が消滅し、ジュリーへと変化していくところだった。
アッシュは得物を収め、盛大に息をつく。
「魔法に恨みでもあるのかってぐらいの突進ぶりだったな……」
「み、みんなごめん……あたしが魔法を撃ったから」
クララが座ったまま俯いていた。
どうやら今回の危機的状況を自身が招いたと思っているようだ。
「べつにクララのせいじゃないだろ。充分に時間を置いてからの攻撃だったし、あれで標的がクララに向くならどうしようもない」
「だね。魔法に反応する敵だったってことさ」
「それが弓だった可能性もあるんだしね」
「いわゆる初見殺しって奴だし、そう気にすることはないと思うわ」
レオに続いてルナ、ラピスと全員が励ますように声をかける。
実際にそのとおりでクララに責任はない。
「ほら」
言って、アッシュは手を差し伸べた。
クララがじっと手を見たのち、はっとなった。
「だ、大丈夫。自分で立てるから」
近くに転がっていた杖を手繰り寄せ、慌てて立ち上がる。少し前まではべったりとくっついてきていたのにいまではこのありさまだ。もしかすると知らない間に兄妹関係は終わりを告げたのかもしれない。
「アッシュ」
言って、ルナが宝石を投げてきた。
ばしっと掴み、手の中を見やる。
「……防具の交換石か」
「それで3個目だね」
3000体を優に上回る数の天使を狩って3個目だ。被りの確率も考慮すればセット効果が発動する4部位を揃えるまでいったいどれほどの天使を狩ればいいのか。本当に気の遠くなるような道程だ。
「アッシュ、どうするの? 個人的にはまだ少しきつい気がするけど」
ラピスが石突を床に当てながら訊いてきた。
――進むかどうか。
彼女の見解どおり危うい戦闘が続いている。しかも喉もとに剣先を突きつけられているような危うさだ。試練の間ならまだしもまだ無理をする段階ではない。
アッシュは冷静に気持ちを収めたのち、撤退の言葉を口にした。





