◆第八話『初めてのクエスト』
クエスト受領後、緑の塔11階へとやってきた。
門を潜り中へ入ると、鬱蒼とした密林が広がる。
相変わらず塔の中とは思えない光景だ。
「悪いな、11階からで」
「問題ないよ。3人ならきっとすぐに突破できるだろうしね」
ルナが弓を手に持って構えた。
背負っていたときから思っていたが、えらく細身な弓だ。
必ずしも開けているとは限らない塔の中だ。
おそらく身軽さを重視してのことだろう。
ルナの弓を横目にしながら、アッシュは自身も武器を抜いた。
先ほど交換してきた2等級の斧だ。
通常より小振りにし、片手でも振れるようにしてある。
これはルナの弓と同じ考えで身軽さを重視してのことだ。
ただ、変わった点はほかにもある。
一方は刃型に、もう一方はハンマー型にしてあるのだ。
名をつけるならハンマーアクスといったところか。
クララもその特徴的な形状に興味を示しているようだった。
「それにしてもへんてこな武器だよね……」
「スケルトン対策だ」
ルナが感心したように頷く。
「なるほどね。刃側は頭からの切断用、ハンマー側は粉砕用ってわけだ」
「ああ。最初は普通の斧にしようと思ったんだけどな。このほうが色々と対応しやすいと思ってさ」
アッシュは軽く振り回してみせる。
小振りにした甲斐あって体が振られるほど重さは感じなかった。
もちろん短剣より重いことは間違いないが。
「そういや矢はどうしたんだ? まさか忘れたってわけじゃないよな」
「忘れるもなにも持ってくる必要がないからね」
いったいどういう意味だろうか。
首を傾げていると、葉擦れの音が聞こえた。
この雑で大きめの音。
おそらくスケルトンだ。
ルナも気づいたようだ。
音の出所へとすぐに弓を構える。
と、なにやら右手の中指でイヤリングを弾いた。
指の辺りでかすかな燐光が散る中、ルナはあたかも射る構えをとった。
矢もないのに――。
そう思った途端、燐光がすぅと伸びていき、一本の矢を模った。
どうやら矢を持たないのはこれが理由だったらしい。
ルナによって矢が放たれた。
鋭い風切り音を鳴らして直進した矢が、見事に茂みから飛び出そうとするスケルトンの首を射抜いた。さらに両腕、両脚と追撃の矢が命中。スケルトンは瞬く間に消滅した。
弓を下ろしたルナが少し得意気な顔を向けてくる。
「こういうこと」
「便利なイヤリングだ。にしてもさすがだな」
「これだけが取り得だからね」
文句のつけようがない凛とした姿勢。
美しい矢の軌跡だった。
マリハバ一の称号は飾りではないようだ。
感心しているうちに、背後から音がカサカサと聞こえてきた。
音は2つ……どちらもスケルトンだ。
アッシュは振り向きざまにハンマー側で1体を粉砕。
もう1体を刃側で頭から両断した。
想定していた通りの結果だ。
「そっちもお見事」
にこやかに称賛された。
やはり一撃で倒せるのは楽だ。
一応、2本の短剣も持ってきてはいるが、今回は出番がないかもしれない。
「あ、あたしもあたしも!」
片手を挙げながら、クララが跳びはねる。
どうやら活躍の場が欲しいらしい。
そんな彼女にルナが笑顔で提案する。
「じゃあ、クララはそこの奴だね」
「え……?」
ルナの視線を辿った先の草むらから、クロウラーがのろのろと現れた。
やる気に満ちていたクララの顔が一気に青ざめる。
「いやぁ――――ッ!」
ついには悲鳴を上げて逃走を開始した。
あまりの逃げ足の速さに、鈍足のクロウラーが追いつく気配はまったくない。
そんな彼女を見ながら、アッシュはルナにとても重要な情報を提供する。
「あー、あいつクロウラーが大の苦手なんだ」
「みたいだね……了解。優先して排除するよ」
これでクララも安心して狩りに集中できるだろう。
いまだ逃げ惑うクララをよそに、アッシュは先へと目を向けた。
「んじゃ、行くとするか!」
◆◆◆◆◆
11階を出発してから間もなく、次の階へと難なく辿りついた。
新調したハンマーアクスが充分な役割を果たしてくれたこともある。
だが、それ以上にルナの存在が大きかった。
離れたところに敵が顔を出すや、矢を射て一撃を見舞う。
余裕があればそのまま倒してしまうのだ。
おかげでスケルトンファイターの処理に専念できた。クララのほうも、そばにルナがいるからか普段より落ち着いて対応できていたように思う。
これほどの使い手であっても、いまだ19階に収まっているという。
いったい20階の主はどれほど強いのか。
興味が湧いて仕方なかった。
「この辺りだと思うんだけど」
先導するルナが茂みをかきわけながら進んでいく。
バクダンキノコは樹の根元やその周辺に生えているらしく、正規の道から少し外れたところを捜索していた。
「2人とも見て! あっちに一杯いるーっ!」
クララが足を止め、なにやら草むらを退かしながら叫んでいた。
アッシュはルナとともにクララのほうへと向かう。
「こりゃすごいな。狩り放題じゃねぇか」
広い空間に散在する樹。
それらの根元に紫色の傘を持った茸が生えていた。
資料で確認してあるので間違いない。
バクダンキノコだ。
1本の樹につき大体5体ずつ確認できる。
「近づいたら動くからね」
「了解だ。援護頼むぜ」
ルナの忠告にそう答えながら、アッシュは斧を構えた。
まずはもっとも近い樹の根元だ。
なるべく音をたてないよう近づいていく。
それにしても本当に大きい茸だ。
傘が人の頭より一回り上回るほど。
全長がこちらの腰程度もある。
これで食べられれば最高だが、あいにくと相手は魔物。
傘の色も紫と見るからにゲテモノだ。
やがて彼我の距離が2歩程度となった。
一気に距離を詰めてさくっと1体を仕留めてしまおう。
そう思ったとき。
「うおっ」
眼前の1体が奇声をあげながら跳ね上がった。
あまりに無造作で思わず後退してしまう。
キノコにはギザギザの口があるだけで手足はない。
動きが9階以下で戦った球根に似た動きだ。
尻のつぼで地面を蹴って跳ねている。
さらに同じ樹に寄り添っていたバクダンキノコたちも一斉に動き出す。
どうやら連鎖して反応するらしい。
ただ、どれも動きが遅い。
攻撃手段も噛みつきのみ。
これならすぐに片付けられそうだ。
そう思いながら、アッシュは眼前の1体へとハンマーアクスを振り落とした。
ぐにゃりとした感触ののち、キノコが左右真っ二つに割れる。
と、キノコの体がボンッと音をたてて破裂した。
紫色の煙がもわっと噴出する。
「な、なんだこれっ!?」
凄まじく臭い。
毒ではないようだが、頭がクラクラする。
後方からルナの叫び声が聞こえてくる。
「アッシュー! 言うの忘れてたけど、バクダンキノコは死ぬときにとびきり臭い煙を撒き散らすらしいよー!」
「そういうことは早く言ってくれ!」
おかげで鼻がもげそうだ。
左手で鼻を押さえながら残る敵の攻撃に備える。
が、すでにルナとクララの援護射撃が残存する敵に突き刺さっていた。
爆発した残りのキノコたちから、さらなる悪臭が解き放たれる。
アッシュは煙から逃れんと慌てて後退した。
まだ鼻の中に臭いが残っている気がする。
「そういうわけで近接に不人気なクエストなんだよね」
「代わりに後衛には人気ってわけか」
いくら実入りが良くても、これほどの悪臭にさらされると知っていたら間違いなく断っていた。それをわかったうえでルナも詳細を黙っていたのだろう。
「ごめんごめん。あとでなにかお返しするから」
ルナが舌をちろりと出していた。
完全にしてやられた形だ。
「もしかしてあのキノコ、あたしでも楽に狩れちゃうかも?」
「ちなみに離れた相手を標的にしたら粘性の唾を吐くらしいから注意ね」
「えぇ……せっかく良い狩場が見つかったと思ったのに」
興奮した様子から一転、クララは落ち込んでいた。
「臭いのから逃れられるならまだマシだろ」
「アッシュくん、くれぐれも宿にその臭い持ち込まないでね」
「脱いだ服、部屋の前に置いといてやろうか」
「やーめーてー!」
もちろん、そんなことをすれば間違いなくブランに怒られるのでする気はないが。
そんな下らない会話をしたのち、狩りを再開した。
木々に群がる集団を1箇所ずつ片付けていく。
途中、スケルトンやクロウラーの邪魔も入ったが、ルナの素早い迎撃のおかげで危険に陥ることはなかった。
バクダンキノコのほうも臭いを除けば、それほど脅威ではない。
おかげで順調に狩りは進み、ついに――。
「これで90体目っ! ボーナス900ジュリーっ」
クララの元気な声が辺りに響き渡る。
相変わらずお金のことで頭が一杯のようだ。
アッシュは額の汗を拭ったあと、鼻を鳴らす。
中に入っている臭みが少しでも出ればと思っての行動だ。
「かなり狩ったな」
「あとはのんびりでも達成できそうだね」
そう答えたルナはけろっとしていた。
少なくない矢を射たというのに。
本当に大した弓使いだと思う。
ふと、気になるものを視界に捉えた。
周辺のものより明らかに太い幹を持つ樹だ。
「どうしたんだい、アッシュ」
「いや、あそこの樹だけ妙にでかいなって」
「……たしかに。よく気づいたね」
「目はいいほうだからな」
試しに不審な樹のところへと向かう。
「まだそっちは行ってないから魔物が飛び出てくるかもよ」
「そのときは狩るだけだ」
ルナの心配は杞憂に終わった。
魔物と遭遇することなく目的の樹のもとに辿りつく。
やはりほかとは違う樹だった。
根がうねるように隆起し、地中へと繋がる穴を作っていたのだ。
「これ隠し通路じゃん! アッシュくんすごい! また見つけた!」
追ってきたクララが穴を見るなり興奮したように叫んだ。
ルナもまた近くまでやってくる。
「またってことは以前にも?」
「ああ、青の塔でな。サハギンが出てくる水場の中で見つけたんだ」
そう教えると、ルナがなにやら困惑したような顔をした。
「あ~、アッシュ。あんまり隠し通路のことは他人に言わないほうがいいよ」
「どうして?」
「レア種は良いものを落としやすい反面、ほかの魔物と違って復活するまで時間がかかるんだ。1日だったり、10日だったり魔物ごとに違う」
「つまり挑戦者同士で取り合いが起こるってわけか」
「そういうこと」
装備の強さが攻略難度を決めるといっても過言ではない環境だ。中には取り合いなんて生ぬるいやり方ではなく、殺し合いをする者たちもいるかもしれない。
「でもまー、それなら問題ないな。他人ってわけでもないだろ?」
ルナがきょとんとした顔を向けてくる。
「……アッシュのそういうところ、ほんと尊敬するよ」
「えぇ、ちょっと馴れ馴れしくない?」
「クララは黙っててくれ」
おかげで友人に向けたせっかくの信頼が台無しだ。
「それで行くのかい?」
「当然だ」
アッシュは勇んで穴の中へと潜り込んだ。





