◆第四話『階段部屋』
レオの盾に当たった矢が鋭い衝突音を響かせる。
火の粉を散らした矢が落ちる中、アッシュは盾の陰から飛びだした。弓型から矢が放たれるよりも早く光の笠を2発撃ちだす。それらが敵の腕を捉え、わずかに弾く。
その間にレオが階段を一気に上がりきり、内側の敵へ肩から体当たりをかました。こちらも続いて踊り場まで到達し、外側の敵へと飛びかかる。
敵がすかさず弓を構えようとするが、そうはさせまいと柄と弦の間にソードブレイカーを差し込んで妨害。さらにスティレットを腹に押し込み、勢いのまま敵を壁に押しつけた。
手応えはあったが、敵はまだ倒れていない。空いた手でこちらを掴もうとしている。アッシュはソードブレイカーの位置はずらさずにその場で跳躍し、敵の手を回避。そのまま敵の首に足を絡め、両目と額に素早くスティレットを刺し込んだ。
最後の一撃を引き抜いたとき、ようやく敵が崩れた。
アッシュは急いで内側に立っていた敵のほうを確認する。
と、レオもまた柄と弦の間に剣を差し込む形で敵の攻撃を封じていた。さらに体を押しつけることで身動きをとらせないようにしている。さすがの立ち回りだが、ひどく窮屈そうだった。
それもそのはずで次の踊り場からいまも弓型による攻撃を受けていた。数は2。初撃で1本、肩をかすったのか、鎧が抉れている。レオの鎧がこうも簡単に破損するとは――。
敵の攻撃力に改めて戦慄しつつも、アッシュはすかさず敵へと飛びかかった。見計らったようにレオが前へと出て、戦闘しやすいようにと空間を作ってくれる。
レオの盾の陰から出れば矢に射抜かれるという、ひどく窮屈な状況だが、相手は弓型。接近してしまえば脅威ではなかった。先の敵同様、組み敷くようにして即座に排除する。
「肩の傷は!?」
「問題ないよ! かすり傷だ!」
「……敵の数は2。近接型の追加はなしか」
「完全な安全地帯じゃないけど、休憩は可能だね……!」
「だな。みんなを呼んでくる。レオはそのまま維持を頼む!」
「了解!」
アッシュは踊り場から跳躍し、一気に階段を飛び下りた。転がるようにして着地し、即座に跳ね起きる。2部屋目を除くと、ちょうどラピスが槍型の天使を倒したところだった。ただ、余裕は与えないとばかりにすぐさま槍型が湧きなおしている。
「中に入ってくれ! 先にクララ、ルナ!」
指示に従って2人がこちらの部屋に駆け込んできた。
「2人は階段で待機、踊り場にはまだ上がるなよ! ラピスもこっちに! 敵は引き連れてきてもいい!」
ラピスがこちらに背を向ける格好で立ち回ると、大振りの薙ぎを繰りだして敵を大きく弾いた。1本に結った長い金髪を舞わせながら身をひるがえし、こちらに向かって走ってくる。
「入ったら横に飛べ!」
距離が開いたからか、槍型がランスを突き出しながら猛進してきた。重装備のレオをも弾き飛ばしたほどの威力。軽装備のラピスが当たればひとたまりもない。
敵の移動速度のほうが圧倒的に速い。みるみるうちにランスの切っ先がラピスの背中に迫っていく。ついにその穂先が接触しようとした、直前。ラピスがなんとか部屋に駆け込み、横に飛んだ。
標的を見失った槍型だが、勢いをすぐには殺せずに対面の壁に激突。その槍を壁に突き刺したままこちらに背をさらした。アッシュは叫ぶ。
「ルナ、クララ!」
そのがら空きの背中へとルナが矢を、クララが《フロストバースト》を放つ。無数の氷片で青と白に彩られた敵の背中に、アッシュは刺突を繰り出し、トドメを刺した。
「この場所だと2部屋目の敵が反応するかもしれない! レオ、次の踊り場まで詰めるぞ! ラピスは俺の少し後ろから頼む! クララとルナはその後ろに! あまり離れるなよ!」
階段の横幅はちょうど人2人分。そんな狭さとあって長得物のラピスは苦労しているようだったが、敵の数が少ないこともあり難なく2つ目の踊り場を制圧。さらに3つ目まで制圧した。そして4つ目の踊り場――。
「次に繋がる通路があるな……」
「どうする、アッシュくん!? 倒しておくかい!?」
いまも敵の矢を盾で受け続けているレオが訊いてきた。
これまで同様、踊り場で待ち受ける弓型の天使は2体。倒すだけなら問題はないが、こちらの攻撃に反応して次の部屋から大量の敵が飛びだしてくる可能性がある。
ただ、いずれはとおる道だ。
いまのうちに敵がどの程度出てくるかを確認しておきたい。
「ここなら休めそうだし、最悪の場合は撃つわ」
隣でラピスが見せつけるように槍の穂先をくいと上げた。いざというときは血統技術――限界突破を使うと言っているのだ。
幸い場所が狭いこともあり、敵が押し寄せてきても囲まれる心配はない。ラピスの《限界突破》ならまとめて倒すことも可能だろう。
「わかった、もしものときは頼む」
「任せて」
頷いたラピスが隣で腰を落とし、低い姿勢をとった。
「レオはそのまま待機! 俺が初撃で属性攻撃を撃つ! そのあとに後衛2人は攻撃を頼む!」
踊り場に上がって弓型を排除すれば、大量の敵が次の部屋から押し寄せてきた場合に対処がしにくい。遠距離攻撃のみにしたのはそうした理由からだ。
アッシュはレオの盾から飛びだしてスティレットで《光の笠》を放ったのち、即座に後退。後衛組に場所を譲った。
さすがの遠距離火力で2人は瞬く間に弓型を排除する。
ジュリーが落ちる中、次の部屋から飛びだしてくるかもしれない敵を待つ。
だが、一向に追加の敵は出てこなかった。
それどころか気配すらもない。
「敵が来てる様子はないな」
「よかったぁ……」
クララが盛大に安堵の息を吐いた。
ラピスも切り札を出さずにすんだからか、ほっとしているようだった。
アッシュはレオとともに4つ目の踊り場まで上がりきった。おそるおそる通路を覗き込んで次の部屋の様子をさぐる。
「これまでと違って通路が短いから見やすいな。かなり広そうだ」
「少なくとも見えるところには敵の姿はないね」
「ま、入ったら出てくる可能性もあるし、油断はできないけどな。……とりあえず少し休憩してから挑むとするか」
ここまでかなり際どい戦いだった。
全員が武器を9等級に上げてもなお余裕はない。
ひとつの失敗が全滅に繋がる可能性がある。
そんな危機感が常につきまとっている状態だ。
これでまだ9等級階層の序盤。
……本当に最高な階層だ。
その後、湧きなおした弓型を狩りつつ4つ目の踊り場で休憩。全員の疲労が充分に回復したのを機に次の部屋への挑戦を再開する。
「どうだ、レオ? 敵はいるか?」
「いや、やっぱりいないよ。敵の気配もないし、静かすぎて怖いぐらいだ」
先に部屋へと入ったレオの声が返ってくる。
本当に広いだけでなにもないようだ。
アッシュはラピスに残るよう目で合図したのち、レオに続いて中に入る。
中は聞いていたとおりがらんどうとしていた。
箱型で試練の間に似た厳かな空気が漂っている。
目につくのは天井付近の壁にぐるりと巡らされたたくさんの盃か。人間の頭程度、と部屋とは不釣合いな大きさだ。
それから正面の壁に描かれた天使の絵。
右手には長剣を、左手にはこじんまりとした円形の盾を持っている。それらがまるで待ち受けるように5体並んでいる。
「もしかしたら最初の部屋みたいに狩場として使うのかもね」
レオが周囲を見回しながら、そう見解を述べた。
「だとしたら神様の優しい配慮だな。とりあえず弓型が湧きなおす前にみんなも中に入ってくれ!」
指示を出してから間もなく。
後衛組とラピスが入った、その直後――。
重厚な音とともに落ちてきた壁によって退路が塞がれた。
「アッシュくん、前を見てくれ!」
レオの切羽詰まった声が飛んできた。
促されるまま視線を前へと戻すと、正面の壁に描かれた天使5体の絵がぐにゃりと歪み、手前側に飛びだしていた。
まるで粘土のように柔らかな体を持ったそれらは壁から離れ、地面に下り立ったのを機に艶を持ちはじめる。その質感は、これまで戦ってきた天使と相違ない。
「か、壁から出てきたっ」
「こういう趣向は初めてだね……っ」
驚愕しつつ、身構えるクララとルナ。
ラピスとレオも慌てた様子で戦闘態勢に入る。
そんな中、アッシュはひとり平然としていた。
いまも高みから見ているかもしれない神アイティエルへと、呆れと嫌味を吐きだしながら得物を構える。
「……こんなことだろうと思ってたぜ」





