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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【光輝なる軌跡】第一章
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◆第十一話『初めての感覚』

 離れれば決まって突きを繰り出してくる剣型の天使だが、接近時の攻撃に法則性はなかった。


 それだけを見て取っても8等級階層までの魔物とはまるで違う。むしろ自立した思考を持つ人間のようであったが、そうした手合いとの勝負ほど心躍るものはなかった。


 眼球を捉えんと迫る剣の切っ先。アッシュはソードブレイカーを振り上げて弾き、さらに踏み込んだ。がら空きになった敵の腹へとスティレットを突きこむ。


 が、甲高い金属音が鳴り響いただけで貫いた感触はない。敵がおそるべき早さで剣を引き戻し、割り込ませたのだ。


 ――本当に楽しませてくれるッ!


 戦闘の訓練相手としてこれ以上の存在はない。

 血肉沸き踊るような感覚を存分に味わいながらも冷静に足を運び、なめらかに敵の背後へと回り込んだ。あとを追って敵が振り返った、瞬間。


 その後頭部へとルナの矢が命中。ぱりぱりと音をたてて表面を瞬時に凍らせた。そこへラピスが即座に槍を突き刺し、貫いた。さらに引き抜き、首を飛ばす。


 ぎぎぎ、と体を軋ませながら敵は振り返ろうとするが、途中で力尽きたように崩れ落ちた。


 ラピスが噛みしめるようにもらす。


「これで12体目……!」

「レオッ!」


 アッシュは叫んだ。

 すでに門前で待機していたレオがクララとルナを伴って通路の中へと入る。と、ほどなくして中から多様な衝突音が幾つも響いてきた。


 敵の弓型天使による一斉射撃。

 クララの《フロストバースト》。

 そしてルナの矢が入り乱れているようだ。


 アッシュはラピスとともに門のそばまで急いで向かった。


「状況は!?」

「クララくんが《フロストバースト》を撃った! 敵はまだ生きてる!」

「こっちは1体倒した!」


 レオに続いてルナの声が返ってきた直後――。

 通路内にクララが戻ってきた。

 おそらく魔力回復のために一旦退避したのだろう。


「クララ、焦るなよ! しっかり回復するのを待て!」

「う、うん……っ」


 クララが魔力回復に努める間にもルナが着実に敵を沈めているようだった。2体目……そして3体目の報告が飛んできたとき、クララもまた部屋の中へと戻っていく。


「もどかしいわね……」


 隣で待機中のラピスがそう口にした。

 いまにも動き出したい気持ちを抑えるためか、必要以上に槍を強く握っている。


「……だな。ラピス、後衛組が弓型を排除したらすぐに入るぞ」

「ええ」


 こちらも同じ想いだった。

 後衛組を信用していないわけではない。

 ただ、仲間のために動けないことが苦しかった。


 この気持ちは後衛組が役割をこなしてくれたあと、己の役割をこなすことで発散するしかない。そう自身に言い聞かせたとき――。


 《フロストバースト》を放ち終わったクララがまた通路に戻ってきた。荒めに息を吐きながら、真剣な表情で魔力回復に努めている。


「……2発でも倒しきれないのか」

「近接よりも魔法耐性が高い可能性もあるわね」


 ラピスが口にした考察は充分にありえた。

 これまでの階層でも出現した弓型や魔術師型などの遠距離型は、近接型に比べて魔法耐性が高かったのだ。天使型が同じであってもなんら不思議ではない。


 ただ、それでも単体攻撃力の高い《フロストバースト》だ。属性有利も考慮すれば3発目で仕留められるだろう。


 問題は時間だ。

 すでに処理し終えた剣型がいつ湧きなおしてもおかしくない。


「5体目!」


 ルナが予定していた数の天使を倒したようだった。しかし、彼女はそれでも攻撃の手を緩めなかったらしい。


「魔法を受けた敵、もう死に体だったみたいだ! クララ、10体分!」

「だったらもういけるよ!」


 即座に部屋に戻ったクララが残った敵に《フロストバースト》を放ったようだ。硝子を割ったようなけたたましい破砕音が部屋内から聞こえてくる。


「アッシュ、ラピス!」


 ルナから合図が飛んできた。

 どうやら弓型を倒し終えたようだ。


 アッシュは先んじて通路内を一気に駆け抜け、部屋へと飛び出した。ほぼ同時、少し先の虚空にすぅと影が現れはじめた。それは瞬く間に輪郭を伴い、色を持つ。


 現れたのは剣型の天使。

 すでに湧きなおしが始まったようだ。


 アッシュはレオと後衛組の間を駆け抜け、敵へと飛びかかりながら叫ぶ。


「レオ、頼む!」

「行ってくる!」


 重量感ある金属音を鳴らしながら、レオがそばを通り過ぎていく。行かせまいと敵が剣を伸ばそうとするが、割り込むように銀閃が煌いた。参戦したラピスが槍を差し込んだのだ。


 最初の部屋で引き狩りをしていたときとは違い、後衛組は充分な距離が稼げない。もし後衛組に標的が移れば一巻の終わりだ。つまり前衛組で敵の注意を完全にひきつける必要がある。


 アッシュはラピスとともに連撃をしかけた。隙をつくようにルナの矢が敵の胸部を凍らせると、次なる矢が激しい風を伴って敵の体を弾き飛ばし、消滅させた。ルナの《レイジングアロー》だ。


「時間がない! レオが戻るまで連発するよ!」


 まさにルナの言葉とおりだった。

 すでに次なる剣型天使が湧きなおしていた。


 さらにルナのほうへと移動を始めようとする。

 アッシュはラピスとすかさず割って入り、こちらに意識を向けさせた。


 そうしてなんとか限界のところで3体目を処理した、そのとき。


 部屋の奥――次なる部屋へと通じる門から鋭い音が幾つも聞こえてきた。矢が盾に当たった音だ。数はこの部屋と同じく20本程度か。


 どうやら安全地帯は存在しないようだ。


 さらに部屋中に響き渡るほどの重い衝突音が聞こえてきた。これまでに聞いた剣型の刺突音よりも大きな音だ。


 その威力を示すかのように通路からレオが弾き出されてきた。跳ね転がりながら部屋の中央まで戻ってくる。


「レオっ!」

「ぐっ……なんて突きだ……!」


 相当な衝撃を受けたようだ。

 レオが盾を支えにふらふらと立ち上がる。


 重装備で固めたレオをここまで弾き飛ばすとは、いったい敵はどんな姿をしているのか。その疑問にすぐさま答えるように次なる部屋から敵が飛びだしてきた。


「今度は槍型か……っ!」


 剣型よりもひと回り大きいが、基本形は同じ。ただ、その手に持たれていたのは槍だった。しかも長い笠のついた馬上槍とも言われるランスだ。


「レオさんっ」


 クララがレオへと《ヒール》をかけた。

 瞬間、まるで見計らったかのように剣型が湧きなおした。


 アッシュは慌てて剣型に攻撃をしかける。が、無理矢理にでもクララを倒さんと勢いを止めようとしない。


 思った以上に《ヒール》への反応が凄まじい。


 ルナが《レイジングアロー》を放ち、剣型を弾き飛ばした。おかげで充分な距離は稼げたが、代わりにルナは膝をついていた。少なくない数の《レイジングアロー》を連発で撃ったこともあり、体力が限界にきているようだ。


 そうして剣型の相手をしている間にも槍型に動きがあった。その身よりも長いランスを逆手に持ち、穂先を床へと向けている。


「みんな下がって!」


 とっさに前へと出たラピスもまた槍の穂先を床に向けた。ほぼ同時に突き立てられた2本の槍。敵の槍からは火炎が、ラピスの槍からは氷が迸り、互いに衝突し、相殺する形となった。


 巻き込まれた剣型が消滅する中、アッシュは得物を収めながら叫ぶ。


「今回はここまでだ! 引くぞ!」


 ルナのそばに急いで駆け寄り、肩を貸した。

 クララに続いて通路へと駆け込み、最初の広間へと撤退する。


「ラピス、レオ! クララを!」


 先ほど剣型の天使が《ヒール》に異常なほど反応していた。槍型の標的もクララに移っている可能性は非常に高い。そうした考えからの指示だったが、一向に槍型は出てこなかった。


「……こないわね」

「よ、よかったぁ……」


 ラピスが槍を下ろす中、クララがふにゃふにゃと崩れ落ちた。


「ありがと、ルナさんっ」

「クララが無事でよかったよ。……ありがと、アッシュ。もう大丈夫だよ」


 離れたルナがその場に座り込んだ。

 額に滲んだ汗を拭いながら、ふぅと息をつく。


 アッシュは通路を改めて覗き込む。

 相変わらず敵の姿は見えないが、気配はある。

 1部屋目の天使たちが続々と湧きなおしているのだろう。


「どうやら槍型が追ってくるのは1部屋目までみたいだな」

「深追いしてこないなんて……まるで統率された軍みたいだね」


 レオが困惑まじりに言った。


 9等級階層に挑みはじめてから、まさに同じように思っていた。


 今後、この統率された天使たちがどのような形で待ち受けているのか。考えただけでも恐ろしく、また楽しみなことこのうえなかった。


「にしてもまた次の部屋もとんでもない敵が待ってるな。レオが吹き飛ぶってどんな突きだよ」

「僕も驚いたよ。あんなのは初めてだ」


 斬ることもできる剣型の長剣とは違い、槍型のランスはまさに突きに特化したもの。その特性もあってか、威力は段違いのようだ。


「安全地帯もないし、殲滅速度を上げるしかないね」

「全員、9等級の武器じゃないとまず厳しいでしょうね」

「となると、突破はまだまだ先になりそうかな」


 今後の展望を話し合うルナとラピス。


 そんな中、アッシュは左手に作っていた拳を解いた。握っていた小さな宝石を軽く上に放り投げたのち、ぱしっと掴んで全員に見せつける。


「つっても、もう1個はあるけどな」

「い、いつの間に?」


 クララが誰よりも大きく目を見開きながら訊いてきた。


「さっき剣型が落としてたみたいでな。撤退時に拾っておいた」

「おぉ~~~っ! じゃあと3人分だね。あ、でもレオさんの盾とアッシュくんのソードブレイカー分も考えれば、あと5個か」


 まだまだ途方もない数を狩る必要があるだろう。

 だが、着実に強くなっている実感はあった。


 装備だけではない。

 純粋な基礎能力も間違いなく上がっている。


 これまでの階層では得られなかった感覚だ。

 いつもは同じ敵と戦っていれば襲ってくる飽きも最近はあまり感じない。


 自身の限界に近い相手と戦っているからだろうか。

 いずれにせよ、成長するにはこれ以上ない場所であることは間違いない。


 アッシュは武器交換石を強く握りしめる。


「幸い1部屋目での狩りは安定してる。時間はかかるかもしれないが、ここでしっかりと強化していくぞ」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
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登場人物紹介
― 新着の感想 ―
[良い点] ここにきて遂にハクスラが重要になってきましたな
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