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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【光輝なる軌跡】第一章

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◆第九話『9等級の弓』

 居間にて、朝食の時間を迎えていた。


 テーブルの中央には大きなバスケット。

 中に入っているのは《トットのパン工房》で購入してきた焼きたてパンだ。


 それから全員の前にはルナが作ってくれた調理パンが置かれていた。縦に刻まれた割れ目にはたっぷりの野菜と燻製肉が挟んである。


 一口かじればしゃきしゃきとした新鮮な野菜の歯ごたえと、燻製肉からじゅわっとあふれ出す濃厚な油。そしてそれらを包み込むパンのふわっとした触感とかすかな甘味。


 簡素ながら絶妙なバランスで整えられたその一品は、朝の腹であっても平らげるのは実にたやすかった。


 アッシュは誰よりも早くに調理パンを食べ終えたのち、ふぅと一息ついた。なんとも幸せな一時だが、あいにくと阻害するものがあった。それはいまも隣から突き刺さっているラピスの視線だ。


「……いつまで怒ってるんだ」

「べつに怒ってないわ」

「そのわりには眉間に皺が寄ってるぞ」


 ラピスがむっと顔を歪ませ、睨んできた。

 誰のせいとでも言いたげだ。


 そんな剣呑な空気が流れる中、クララが困ったように眉尻を下げる。


「無理言ってお願いしたのはあたしだから……あんまりアッシュくんを責めないで」

「そうだとしても許可したことには変わりないわ」


 朝、起こしにきてくれたときからずっとこの調子だった。いまや日課となったクララと3人で通う《トットのパン工房》。その道のりもいまと似たような空気にずっと支配されていた。


 そんなラピスとは違い、ルナのほうは平然としていた。バゲットにジャムを薄く塗りながら、いさめるような優しい声音をもらす。


「まあまあ。クララはアッシュのこと、本当の兄みたいに思ってるみたいだから」

「だからって一緒に寝るなんてありえないわ」


 断固として強い姿勢を崩さないラピス。

 クララが頬張っていたパンを嚥下したのち、視線を落とす。


「アッシュくんも言ってたけど、やっぱりそうなんだ。あたし、兄妹いなかったから、そういうのわからなくて……」

「……わたしもいなかったけど」

「俺もいない」


 全員の視線がルナに集まった。

 ルナが目をぱちくりとさせ、答える。


「ボクは姉がひとり。そんなに大きな村じゃなかったから年下の子たちの面倒はよく見てたかな。2、3歳ぐらいの男の子と一緒に寝たこともあるし」

「それぐらいの子ならまったく問題はないわ」


 ラピスがそう言い切ったときだった。

 ぽかんとしたクララが純粋な質問を投げかける。


「どうして問題ないの?」

「そ、それは……」


 ラピスがたじたじになっていた。

 普段、戦闘ではめったに怯むことのないラピスとあってなかなか新鮮な光景だ。


 目を泳がせながら口をぱくぱくとさせるラピス。

 しまいには、ぎりりとこちらに鋭い目を向けてきた。


「……どうして俺を睨む」

「全部、アッシュが悪いのよ」


 自ら望んだことではないとはいえ、クララをベッドに迎え入れたことは事実だ。ここは甘んじてラピスの怒りを受け入れよう。


 そう心に決め、嘆息しながら対面のクララを見やる。

 と、すでに口論に興味を失くしてパンにかじりついていた。


 相変わらずこちらまで顔が綻んでしまうほど美味そうに食べている。


「ってクララ、また口にジャムついてるぞ」

「ん、どこ? ここ?」

「いや、もう少し右だ」

「ん~……」


 クララは指先を口周りに当ててすべらせるが、一向にかすらない。


 アッシュはテーブルに予め置いてあったクララ用の手拭をとり、身を乗り出した。むにっ、と柔らかな彼女の頬を歪ませながらジャムを拭いとる。


「ほら、とれたぞ」

「ありがと」


 にへら、と笑ったのち、またパンにかじりつくクララ。


 そんな光景を横目に見ながら、ルナが苦笑まじりにラピスへと言う。


「こんな調子だし、たぶん大丈夫じゃないかな」

「そ、そうね……」



     ◆◆◆◆◆


 81階に挑戦してから13日後。

 今日も今日とて訪れた赤の塔81階でアッシュは天使を相手に目まぐるしく剣を交えていた。


 相変わらず重く鋭い一撃だ。

 以前に比べればいくらかの余裕は出てきたものの、いまだ即座に仕留められるほどに効率化はできていない。隣で同じく得物を突き出すラピスもまた苦戦を強いられている。


 と、青に煌く残滓を引きながら、2本の矢がそばを翔け抜けていった。それらは敵の顔面と胸部に命中。破砕音を鳴らし、水をこぼしたように広がった青の光は人の頭大ほどの氷となって敵に付着する。


 その一撃は、天使1000体討伐のクエストを完了させた昨日、ようやく獲得した1個目の武器交換石で生成した9等級の弓によるものだった。


 これまでの青の属性矢と違うのは2点。

 対象に付着した氷が溶けるまで時間がかかること。

 そして――。


 敵が振り下ろそうとした得物を、レオが横合いから剣を割り込ませて防いだ。ここぞとばかりにアッシュは踏み込み、跳躍。敵の首もとに飛びついて頭部に付着した氷にスティレットを刺し込んだ。


 以前までとは違い、ほとんど抵抗なく深くまで刺さる。ラピスもまた胸部に付着した氷へと槍を突きつけ、穂先が背面から飛び出るまで貫いていた。


 アッシュは飛び退いて離脱する。

 と、敵がフラついたのちにくずおれ、早々に消滅をはじめた。


「やっぱり間違いないな」

「ええ。凍らしたところ限定だけど、硬度が大幅に低下してる」


 どうやらラピスも同意見のようだ。


 恐ろしいほどに硬くて傷をつけるだけでも一苦労だった天使の体。それが9等級の弓によって凍らせた箇所を介せば、明らかに少ない力で穿つことができた。


 おそらく弓の青の属性石9個の特殊効果は、対象の防御力低下で間違いないだろう。


「最初は大きな変化がなくて拍子抜けしちゃったけど……これは全体的な火力の底上げになるね。状況を見て自分でもしとめられるし」


 ルナは新調した弓を見ながら言った。

 その顔が満足そうなのはきっと気のせいではないだろう。


「ほかの属性の効果はまだわからないが、これだけでも充分な効果だな」


 以前までは近接攻撃で致命傷を与えるには多少の無茶が必要だったが、これからはもう少し余裕を持って狙うことができる。まさに必須といっても過言ではない効果だ。


「いいなー。あたしも新しい魔石ほしい……」

「そればかりは本当に運だよりだね」


 クララによる羨望の眼差しにルナが苦笑しながら答える。


 いまのところ9等級の魔石を入手できるクエストはない。狩場が限られている現状、レア種との戦闘も望めないため、雑魚から低確率で出すしかない状況だった。


 アッシュはいまだ覗いたことのない、敵が蔓延る部屋を見やる。


「ま、なんにしろこれなら殲滅速度も大幅に上がるし、やっと中を拝めそうだな」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
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