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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【光輝なる軌跡】第一章
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◆第八話『クララ・ベッドイン』

 なにか相談事でもあるのだろうか。

 そう思っていたが、予想外の言葉が返ってきた。

 アッシュは目を瞬かせながら問いかける。


「いきなりどうしたんだ?」

「……眠れなくて」

「今日もたくさん戦闘したんだ。体も疲れてるだろうし、目を瞑ってたらそのうち眠れるだろ」


 少し突き放すように言ってみたが、裏目に出たようだった。

 クララがガマル枕を潰すようにぎゅっと抱きしめ、その口をわずかに尖らせる。


「お風呂上がったあと、お話ししようと思ってたらいなかったから……」

「今回が初めてじゃないだろ」


 それこそチームを組むようになってから何度もしていることだ。いまになって気にするようになったのは、間違いなく兄と慕ってくるようになったことと関係があるのだろう。


「しかたないな」


 アッシュは嘆息しつつ毛布を持ち上げた。


 途端、クララが先ほどまでの暗がりでもはっきりとわかるほど笑みを弾けさせた。たたっ、と歩み寄ってくると、ガマル枕をセット。そそくさとベッドにもぐりこんできた。


 そこにためらいはいっさい見えない。


「……普通は男相手にこんなことするもんじゃないぞ」

「うん、わかってる。アッシュくんだからだよ」


 ガマル枕に預けた頭をこちらに傾けてきた。

 弾んだ声のとおりその顔は浮かれに浮かれている。


「それに兄妹だからね」

「兄妹でも、この歳で一緒に寝る奴はいないと思うけどな」

「そうなのかな? それならそれでいいや。あたしがしたいだけだもん」


 開き直ってこにこと笑みを浮かべるクララだったが、その顔がわずかに崩れた。


「ちょっとお酒のにおいがする……」

「そりゃあ飲んできたからな」

「たくさん?」

「2杯だけだ。明日も狩りがあるからな」

「だったら飲まなきゃいいのに」


 もっともな意見だ。

 しかし、翌日に支障が出るほど飲んではない。

 それに――。


「息抜きだ息抜き」

「ログハウスにいると休めないの?」

「そういうわけじゃない。ただ、時々べつの空気を吸いたいって思うだけだ。バカやってる奴らを見るのもなかなか楽しいしな」

「あたしはもう酒場はいいかな……ちょっと汗臭かったし、なんかむわっとしてたし。あ、でもおいしいもの食べに行くときは呼んでね」

「ちゃっかりしてるな」

「えへへ」


 ジュラル島は広くないため、女性に好まれる店はそう多くない。


 お馴染みの《スカトリーゴ》にケーキ屋の《アミリア》。席は少ないが、昼限定で喫茶店として開いている《トットのパン工房》。それら3店舗ぐらいだ。


 とくに《アミリア》は女性挑戦者から絶大な人気を得ている。たしかに品目は頻繁に変わるが、特段甘いものが好きなわけではない身としては謎だった。


 ふとクララがくすりと笑みをこぼす。


「……なんか変な感じだね。出会ったときは、まさかアッシュくんとこうして一緒に寝るなんて思いもしなかったよ」

「いまでも杖に握手させられたのは覚えてるからな」

「うぅ、そのことは忘れてよ……でもでも、アッシュくんが馴れ馴れしすぎるのもいけないと思うんだよね」

「俺のせいなのか」

「うん、アッシュくんのせいですっ。ま、まあ……そのおかげでチームを組めたわけでもあるけど」


 クララは少しおどけた様子で言ったのち、ついと目をそらした。


 当時の彼女は〝1年以内に10階を突破しなければならない〟という挑戦者に課せられた条件を達成できず、島を追い出されそうになっていた。大方、そのことを思い出しているのだろう。


 ダリオンとのいざこざやらも含め、あの頃のことを振り返っていたからか。なんだか懐かしい気持ちが湧き上がってきた。


「もうあれから結構経つな」

「……うん。ほんと、あっという間だった気がする」


 本当に充実した日々だった。

 それこそ世界各地に点在する試練の塔を制覇して回っていたときとは比べ物にならないほどだ。


 赤の塔だけではあるが、81階に到達。残すところあと20階となったが……実際はこれからなのだろう。それほどまでに立ちはだかる敵の壁は高く、厚い。


 気づけば頭の中で天使との戦闘が始まっていた。そのまま激しい撃ち合いへと発展するが、「ふわぁ~」とクララの可愛らしいあくびによって早々に中断することになった。


 クララが少し呻きながら、こぼれそうな涙ごと目をこすっている。


「眠いなら早く寝ろよ」

「そうする~」


 言いながら、さらにクララが身を寄せてきた。


 小柄で華奢なこともあってか、狭苦しい感じはいっさいない。ただ、女性特有の柔らかさと、温もりだけは寝衣越しに伝わってきた。


 少し前なら幾つか離れた年下でも意識していただろう。だが、いまは彼女から向けられる〝家族愛〟のためか、そういった感情は湧かなかった。


 彼女の前髪がはらりと一房垂れ、その長い睫毛にかかる。鬱陶しそうに彼女は手でかきあげるが、うまく引っかからずにまた落ちてきた。


 アッシュは代わりに指でそっとすくいあげる。そのまま向こう側へと運んだところ、彼女に手を掴まれ、頭に手を置いておいてとばかりに促された。


 しかたないな、と思いながら彼女の頭を優しく撫でる。

 と、どうやら王女様はお気に召したようだ。


 目は閉じたまま心地良さそうに顔をほころばせていた。それから静かな寝息が聞こえてくるまで、そう時間はかからなかった。


 一緒に寝たいなんて言い出したときは驚いたが……。

 こんなにも無防備な寝顔を見せられてはなにも文句は言えなかった。



     ◆◆◆◆◆


「――ッシュ、アッシュ。もしかしてまだ寝てるの? そろそろパン工房に行く時間だけど……」


 翌朝。

 目覚めを手伝ってくれたのはラピスの声だった。


 アッシュはむくりと半身を起こした。

 大して抵抗なく、まぶたを持ち上げる。


 窓からはカーテン越しに朝陽が射し込んでいる。

 いつもより少し長めに寝てしまっていたようだ。

 ただ、そのおかげもあって体の調子はかなりよかった。


「開けても大丈夫?」

「ああ」

「……どうしたの。いつもならもっと早く起きてるのに」


 そんな心配する声とともにラピスが扉を開けて部屋に入ってくる。


 後ろでひとつに結われた髪に寝癖はいっさいなく、服の乱れもない。早朝とは思えないほどばっちりと決まっている。顔もまたいつもの彼女らしく凛としていたが、ベッドを見た瞬間にすべてが崩れ去った。


「え…………えっ? クララっ!?」

「んぅ……ラピスさん? おはよぉ~……」


 ベッドに小さく丸まっていたクララがのそのそと起き上がった。その髪にはラピスとは対照的に間抜けな寝癖があり、ちょこんと揺れている。


 彼女の寝癖を撫でつけてなおしたいところだが、そんなことをすればいまも向けられている槍のような視線に鋭さが増す気がしてならなかった。


 しまったな、と思いながら改めてラピスのほうを見ると、予想どおりの底冷えするような真顔で迎えられた。


「ねえ、アッシュ……どういうことか説明してもらえる?」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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