◆第七話『ベヌスの館』
レオと別れ、ベヌスの館へと入った。
外形からわかっていたが、中は委託販売所を遥かに凌ぐ広さだ。
あしらわれた多くの木材、あちこちに置かれた観葉植物。
それらのおかげで煉瓦造りでありながら温かみを感じる内観となっている。
正面には委託販売所同様、受付が幾つも置かれていた。
そのうち3箇所ではいまもミルマが挑戦者の対応中だ。
受付区画の両脇には2階へと続く階段があるが、どちらにもミルマがひとりずつ立ちふさがっている。
ベヌスの館というぐらいだ。
もしかすると、階段の先は館の主へと通じているのかもしれない。
「な、なんだかすごい立派で圧倒されるね」
「ほら、行くぞ」
無駄に怯えるクララを伴い、空いていた端の受付に向かった。
置かれていた丸椅子に二人して座る。
受付のミルマは熱心に机に向かっていてこちらに気づいていない。
それにしても――。
二つに括られたこの髪型、見覚えがあるような……。
「もしかしてウルか?」
「って、うわぁ。アッシュさん……!?」
顔を上げた受付のミルマは、やはりウルだった。
ひどく驚いたようで目を瞬かせている。
「び、びっくりしました……」
「悪いな。驚かすつもりはなかったんだが」
ウルは胸に手を当てながら呼吸を整えている。
そんな彼女を見ながら、ふと疑問に思ったことを口にする。
「なあ、前々から気になってたんだが……ウルって暇なのか?」
「ひ、ひどいですっ。暇じゃないですっ」
「じゃあどうしてここに?」
「うっ」
ウルは途端に俯くと、口を尖らせながらぼそぼそと語りはじめた。
「新人さんが来ないとすることがないので……でもでも、代わりに色々なところでお手伝いをしていますよっ!」
「つまり雑用ってことか」
「そうですけど、身も蓋もない言い方しないでくださいぃ……」
頬を膨らませて威嚇してきたウルだが、その目でクララを捉えるなり相好を崩した。
「っと、挨拶が遅れました。こんにちは、クララさん」
「こ、こんにちは……」
初対面でもないのに相変わらずの人見知り具合。
二人では間が持たなさそうだ。
早速、本題に入る。
「ここでクエストを受けられるって聞いたんだが、間違いないか?」
「はい、ここで間違いありません」
「なにか受けられるクエストで良いのはあるか?」
「そうですねー……」
ウルは机の下をがさごそと漁りはじめる。
「アッシュさんは来られたばかりですし、1等級のクエストですよね」
「いや、赤と緑は2等級入りしたぜ」
そう答えた途端、ウルが勢いよく顔を上げた。
「すごいですっ。多くの方は10階で1ヶ月は足踏みするのに……!」
「……1年近くかかった人もいるけどね」
ぼそりとそう零すクララを無視して話を進める。
「っても、どっちもまだ11階だけどな。できればその辺りのクエストはないか?」
「でしたら……こちらのクエストはどうでしょうか。緑の塔12階に大量発生しているバクダンキノコの討伐です」
ウルは表紙に「2」と記された書物を机に置くと、ぱらぱらとめくり、紫色の傘を持った巨大なキノコが描かれたページを開いた。
「バクダンキノコ……聞いたことのない魔物だな」
「戦闘能力はあまり高くないですけど、周囲にはスケルトンやクロウラーもいますから、そこが問題かもです」
たしかにスケルトンは厄介だ。
昨日の敗走もあってか、クララは「だ、大丈夫かな?」と怯えている。
「ちなみに報酬は?」
「10体ごとに100ジュリー。100体討伐すればさらに2000ジュリーと緑の属性石1つが追加で支払われます」
そうウルが返答した途端、クララの目が輝いた。
「やろう、アッシュくん! お金一杯だよ!」
「驚くほど現金だな」
旨味があるのは事実だ。
できるなら挑戦したいが、危険がないと言えば嘘になる。
あとで2等級の交換石で斧を入手する予定だ。
それでスケルトンの処理速度は上がるとは思うが……。
どうしたものかと悩んでいると、何者かが顔を割り込ませてきた。
「へぇ~、バクダンキノコ狩りかー」
「うわぁっ」
クララが驚いて飛び退いた。
そんな彼女を見て、闖入者が苦笑する。
「ごめんごめん、驚かせちゃったね」
銀色の長い前髪、耳から垂れる六芒星の飾り。
それらの特徴からすぐに闖入者がルナだとわかった。
昨日とは違い、白色の細弓を背負っている。
マリハバの得意武器だ。
「いきなりだな」
「そのわりには驚いてなかったように思うけど」
「森の匂いがしたからな」
「つまりマリハバの匂いだ」
ルナはどこか得意気に言ったあと、にっと笑う。
「やっ、昨日ぶりだね」
「まさかこんなに早く再会するとはな」
「今日はチームの活動が休みでね。暇してたからクエストでも受けようかなって」
言って、ルナがちらっと視線をそらした。
その先にはクエスト紹介の書物がある。
「さっききみたちが説明を受けてたクエスト、実はボクも気になってたんだよね。良かったら一緒に受けてもいいかな?」
「俺は構わないどころか歓迎だ」
なにしろ戦力に不安があったところだ。
いまだ呆けたままのクララをちらりと見やる。
「クララは?」
「う、うん。アッシュくんがいいなら」
これで問題はないが、ただひとつ気になることがある。
「けど2等級のクエストだぜ。いいのか?」
「赤、青、緑、白、黒。ボクの到達階だ。問題ないだろう?」
「意外だな。もっと上だと思ってた」
「これがボクの実力さ」
ルナからは熟練の戦士という印象を受けていた。
だからこそ上位陣に食い込んでいると勝手に思い込んでいたのだが、まさかあまり変わらない成績とは。
「ま、そういうことならちょうどいいな。よろしく頼む」
「うん、よろしく」
ルナと握手を交わす。
思った以上に細くて長い指だ。
弓を射るせいか指先の皮膚は硬いが、それ以外は柔らかい。
妙な心地良さに違和感を覚えつつ手を離した。
小首を傾げるルナから目をそらし、クエストの話を進める。
「けど討伐数なんてどうやって証明するんだ? 倒したら消滅しちまうだろ」
「こちらの契約書に左手を置いて、あとは印を押していただければ左手の甲に討伐数がカウントされていきます。簡単に破棄できますので、試しにどうぞです」
言われたとおり差し出された契約書に左掌を置いた。
用意された赤い印肉を使ってさらに右手の親指で印を押す。
と、左手の甲に光の線で「0」と浮かび上がった。
踏破印と同じようで、しばらくすると数字は見えなくなる。
「まったく便利なもんだな」
「すべてはアイティエル様のお力です」
そう口にするウルは、まるで自分のことのように誇らしげだ。
「はいはーい、あたしもやりたーいっ!」
元気よく名乗り出たクララに続いて、ルナも契約書に印を押していく。
その最中、ウルは説明を続ける。
「こちらは繰り返しで受けられるクエストです。ただ、2回目以降は追加報酬から属性石が外れるので注意してくださいね」
「何回ももらえたらうま過ぎるしな」
それでもおまけでジュリーをもらえるならお得だ。
場合によっては複数回挑戦してみるのもありかもしれない。
と、ルナも契約書に印を押し終わったようだ。
ウルが契約書の最終確認をしたあと、飛び切りの笑顔を向けてきた。
「ではみなさん、クエスト頑張ってくださいっ」





