◆第六話『81階の壁』
レオが部屋に踏み入った瞬間は実にわかりやすかった。聞こえてくる激しい連打音に腹の底まで届くような鈍い衝突音。大量の矢に続いて剣型の天使による突きを受けた音で間違いない。
盾を構えたままのレオが勢いよく弾き出されてきた。打ち合わせどおりあえて踏ん張らなかったのだろう。前回よりも後退した距離は大幅に伸びている。
剣型の天使がレオを追いかけて通路から飛びだしてきた。相変わらずの凄まじい速度だ。床からわずかに浮遊した格好で一気に肉迫。片手に持った長剣を突き出し、レオを再び弾いた。
前回は敵による2度の突きで破壊されたレオの盾だが、今回はヒビも入っていない。どうやら強化石を硬度強化に入れ替えた効果があったようだ。
みたび敵がレオへと接近し、突きを繰り出そうとしていた。
「ラピスっ!」
アッシュはスティレットとソードブレイカーを構え、天使の右側面へと駆け出す。合図に応じて、ラピスが敵を挟んだ向こう側から駆けてくる。側面から挟みこむ形だ。
敵がレオに突きを繰り出した、直後。アッシュはラピスとともに同時攻撃をしかける。が、こちらの刃が敵の体に届くことはなかった。
スティレットの切っ先を左掌で、ラピスの槍の穂先を剣の腹で受け止められた。本当に全身が鉱物でできているようだ。
がりがりと金属のこすれる音が鳴る中、アッシュは即座にソードブレイカーで敵の左手を下方から弾いた。足を踏み込んで空いた敵の脇腹へとスティレットを突き出す。が、敵はこちらへと向きなおり、今度は剣で弾いてきた。
完全に届いたかと思った一撃だ。まさか防がれるとは思わなかったが、おかげで敵はラピスに背を向ける格好になった。
その隙を逃すまいと、ラピスが槍を伸ばすが――。
「なっ」
敵が瞬時に横回転し、剣で受けてみせた。竜巻のようにおそろしく早い回転だ。アッシュは驚愕で止まりそうになった体を動かし、再び攻撃を繰り出すが、ラピス同様に剣で防がれてしまう。
「ちぃっ」
アッシュは思わず舌打ちしてしまう。
両側面からつけば楽に攻撃が届くと思ったが、どうやらそう簡単にはいかせてくれないらしい。その後もラピスとともに連撃をしかけるが、与えられてもかすり傷程度と状況は芳しくはない。
「そのまま固定でっ!」
ルナの声が飛んできてから間もなく。
ガンッ、と音をたてて敵の頭部にルナの矢が命中。いままさに回転をしようとしていた敵の体勢を歪ませた。
アッシュは眼前に迫った敵の剣をソードブレイカーで押し上げながら懐にもぐりこみ、スティレットを突き出した。迎えられたのは硬質な感触。刃の半分程度だけだが、なんとか刺し込めた。
反対側からはラピスの槍が豪快に敵の胸を貫いていた。属性石の個数の差か、彼女のほうがすんなりと刺さっていたようだった。
これまでの魔物ならこの時点で消滅していただろう。だが、天使にその気配はない。それどころか腕を振りかぶり、こちらの背に剣を突き刺そうとしていた。
アッシュは転がるようにして離脱。示し合わせたようにラピスも離脱していたのを確認後、起き上がりざまに叫ぶ。
「クララッ!」
「うんっ」
すでに準備していたクララの手から放たれた《フロストバースト》が敵に激突。破砕音とともに弾き飛ばした。
あちこちに氷片をつけた格好で敵は倒れたが、いまだ起き上がろうとしていた。そんな敵へと重厚感ある足音を鳴らしながらレオが接近、飛びかかりざまに剣を突き立てた。
それが決め手となり、敵の体が無数の燐光と化した。
風に吹かれた砂のように消えていく。
「本当にこれで雑魚とは思えないね……」
レオが立ち上がり、剣を鞘に収めなおした。
全員が同じ思いのようで相槌の代わりに嘆息していた。
ラピスが通路のほうを向きながら横目で見てくる。
「とりあえずアッシュの考えが間違ってなかったことは証明されたわね」
「ああ。ただ、戦い方に関してはまだまだ改善の余地はありそうだけどな」
単純に1体を処理するまでに時間がかかりすぎだった。いくら9等級の敵だからといっても雑魚は雑魚。あの敵をスムーズに倒せるようにならなければ突破は見えてこない。
と、ルナが「それなんだけど」と切り出してきた。
「立ち位置を変えたいんだけどいいかな? こっちからだと弾いたときのことを考えちゃって撃ちにくくてね」
「ああ。どのあたりだ?」
「できれば側面の、少し奥側かな」
言いながら、ルナが右方へと移動する。
最初に示した部屋内の天使が反応する範囲には入っていないが、かなり際どい場所だ。
「ここならアッシュやラピスに射線が被らないからさ」
「ただ、ちょっとぎりぎりだな。俺が最初に示した範囲もおおよそだから絶対に安全ってわけじゃない」
「やめとく?」
「……いや、やろう。早い段階で天使の特性を把握しておくに越したことはない」
了解、とルナが弓を軽く掲げて返事をした。
通路前で待機するレオが振り返る。
「もう1回ぐらい余分に弾かれて戦線を下げるかい?」
「たしかにそれなら安全だが、そこに時間をかけてもな」
「中にはたくさんいるからね」
レオも処理時間は気にしていたようだ。
と、後ろでひとり待機するクララから「アッシュくーん」と呼ばれた。
「あたしも移動したほうがいいかな?」
「一度様子見したほうがいいな。反応しなかったらルナと同じ場所で頼む」
「はーい」
そうして配置が決まったのち、レオが再び天使を連れてきた。
アッシュはラピスとともに先ほどと同様に挟撃をしかけ、敵を固定。その間にルナが《レイジングアロー》を放ち、敵を盛大に弾き飛ばした。転がった敵にアッシュはラピスとともに飛びかかって追い討ちを決める。
すぐさま振り返るが、仲間に慌てた様子はない。
通路のほうを見ながらレオが戦闘態勢を解く。
「大丈夫! 中の敵は反応してないみたいだ!」
「じゃあ、あたしも移動だね」
どこか嬉しそうに駆け足で移動するクララ。
大方、ひとりでの待機が心細かったのだろう。
「にしてもルナが《レイジングアロー》を撃てる分、早く倒せるな」
「っていっても連続して撃つのはちょっと厳しいけどね。いまのペースなら5体に1回ぐらいって思っておいてくれると助かるかも」
「了解だ」
順調に戦術が固まっている。
このまま細かいところを改善していけば81階の突破も遠くないはずだ。
そう思いながら、アッシュはレオへと目で合図を出した。頷いたレオが通路の中へと入っていくと、やけに早く戻ってきた。
「もう湧きなおしてたっ!」
つまり最初に倒した1体分が部屋内に復活したということだ。
これまでの階層とは段違いの早さだ。
アッシュは内心で驚きつつもラピスとともに敵への挟撃をしかける。
「検証しながらだったとはいえっ、時間的に鑑みてもいまの火力じゃ突破は厳しそう……ねっ!」
「素直に装備が整うまで粘るしかなさそうだな……っ!」
剣型だけではない。
まだ目にしていないが、部屋の中には弓を放つ敵もいるのだ。
後衛組の攻撃が命中し、敵がフラつく。その隙を逃さずにアッシュは敵に飛びかかって脳天をスティレットで刺した。ラピスのほうは敵の腹を槍で貫いている。互いの得物を引き抜くとと同時、敵が消滅をはじめる。
「まさか入口でこうも足止めされるとはな……」
対面に立っていたラピスが槍をくるりと回したのち、石突を床にこつんと当てた。口元に笑みを浮かべながら訊いてくる。
「つまらない?」
どんな答えが返ってくるかわかっているようだ。
アッシュは「いいや」と口にして続ける。
「むしろやる気が出てくるな」
ここは9等級階層の入口も入口。
この先には、さらに難しい場所がまだまだ待っているのだ。
いったいどんな場所で、どんな敵が待ち受けているのか。
考えるだけでも気分が高揚してやまなかった
「そんじゃ突破するときのためにも、たくさん狩っていまのうちに慣れとくとするか……!」





