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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【光輝なる軌跡】第一章
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◆第五話『リベンジ・81階』

「ち、違いますからね。決してウルは暇ではないのですっ」

「……まだなにも言ってないんだけどな」


 慌てて弁明してくるウルを前にアッシュは苦笑していた。


 翌日。

 朝の空気が陽射しで暖かくなってきた頃。

 アッシュは仲間とともにクエストを受けにきていた。


「うぅ、どうしてこうもアッシュさんと出会うのでしょうか。い、いえ、決していやというわけではないのです。むしろウルとしては嬉しいのですが、こうも何度もばったりしてしまうと……」


 言葉どおり嬉しいのか恥ずかしいのかわからないといった様子で身悶えるウル。それでも仕事中ということを思い出してか、よし、と気持ちを切り替えていた。


 ただ、平常に戻ったところでべつのことが気になりだしたようだ。「それにしても」と口にして、おそるおそるこちらを窺ってくる。


「いつにも増して仲良しさんですね」


 予想していた言葉だった。


 いま、受付前の席にアッシュはクララとともに座っているのだが、その距離が問題だった。昨夜の浜辺と同じようにぴったりとくっついているのだ。


「……本当にね。どうしてそんなにべったりなの?」


 そう言ってきたのは後ろに立つラピスだ。

 底冷えするように低く聞こえたのはきっと気のせいではないだろう。


「だって兄妹だもん。仲がいいのは当然だよ」

「兄妹って……あなたたち、血は繋がってないでしょ」

「そういうのは関係ないよ。それにアッシュくんだってお兄ちゃんになるって言ってくれたもん」


 ね、とクララが無邪気な笑みを向けてくると、腕を抱く力をぎゅっと強めてきた。それにあわせてラピスの眉間に皺が寄ったのは言うまでもない。


「まあ、いいだろ。ってか、みんなにとってもクララは妹みたいなもんだろ」

「…………そうね。わたしの妹……でもあるのかしら」


 一転して表情を和らげるラピス。

 そのよそでしれっとルナが言う。


「うん、クララはボクの妹だね」

「……ルナ?」


 問い返したラピスにルナが「ん?」と首を傾げる。おかしいことはなにも言っていないといった様子だ。なぜか――いや、理由について心当たりはあるが、いつの間にやら2人による無言の戦争が勃発していた。


 そんな空気を読んでか、レオがラピスとルナを遮るように前に出てきた。幼い子に話しかけるように優しげな顔で言う。


「それじゃ僕も兄ってことだね。クララくん、いくらでも甘えていいからね」

「ええ、お兄ちゃんはアッシュくんだけでいいよ」

「そ、そんな……っ」


 隙をついて兄の立場を獲得しようとしていたレオだが、あっけなく撃沈していた。その場で両手、両膝をついて「僕のなにがいけないんだっ」と本気で嘆いている。


「あはは……本当にアッシュさんたちのチームは賑やかですね」

「悪いな。朝っぱらから騒がしくて」


 いまばかりは胸を張って自慢のチームと言うのはためらわれた。


「あ~……とりあえず赤の81階で手頃なクエストがないか、教えてくれないか?」

「入口ですよね」

「やっぱりこっちの情報は筒抜けなんだな」

「すべての挑戦者の動向を細かく把握しているわけではありません。ただ、アッシュさんたちの場合はアイリスさんが頻繁に確認しているので……」


 いったいどれほどの頻度で確認しているのか。

 べつに問題はないが、この様子ではほかのミルマにも進行状況を詳細に知られているに違いない。


「じゃあ、あの剣型(ファイタータイプ)の天使が対象のクエストを教えてほしい」

「えっとですね……1000体討伐で武器交換石と10万ジュリーが報酬となっているクエストがあります。繰り返し受注可能ですが、武器交換石の報酬はおひとり初回のみなのでご注意ください」

「せ、せんたい……」


 隣に座るクララが愕然としていた。

 昨日、やっとの思いで1体倒したところだ。

 無理もない反応だった。


「わかっちゃいたが、楽にはくれないよな」


 とはいえ、現状では9等級の武器交換石入手が急務だ。

 受けない理由はない。


「じゃあ、それを頼む。みんなもいいな?」


 そう確認したところ、ルナからはやけに明るめの声が、ラピスからはやけに低い声が返ってきた。そして最後にはレオのかすれた声が続く。


 いまだかつてない混沌とした、この状況。

 ……本日の狩りが不安でしかたなかった。



     ◆◆◆◆◆


「あ、残ってたね」


 81階の転移門をくぐるなり、クララが指差した。

 そこには昨日の戦闘で放り投げたハンマーアックスが落ちていた。次の部屋に繋がる門前に落ちているので問題なく回収できそうだ。


「ま、いまじゃこの階層で狩ってるのも俺たちだけだしな」


 唯一、島に残っている挑戦者でシビラだけがこの場に立ち入る資格を持つ。が、いまの彼女には9等級で狩れるメンバーがいないため、8等級を主戦場としている。


 事実上、常に貸切といった状態だ。


 アッシュはハンマーアックスを拾う。

 回収できたのは嬉しいが、この得物では天使相手についていけない。決して軽い武器ではないので戦闘に支障が出ないよう携帯せず隅に置いておいた。


「僕のほうは属性石の回収だけかな」


 レオの盾は当然ながら破壊されたままだった。


 傷や、多少の破損ならばジュリーを払いさえすれば装備は修復してもらえる。だが、今回のレオの盾の場合は完全に壊れてしまっているので修復は不可能だった。


「さて、またこの場に戻ってきたのはいいけど、どう攻略するかだね」

「とてもじゃないけど、あの10体をまとめて相手になんてできないものね」


 ルナに続いてラピスが門の先へと険しい目を向けた。


「ああ、それについてはたぶん問題ない」


 どういうこと、といった顔を全員から向けられた。

 アッシュは昨日の戦闘を思い出しながら説明する。


「レオが向こう側に踏み入った際に釣れたのは剣型の1体だけだったろ。おそらく敵ごとに感知範囲が決まっていて、そこに侵入者が来たら反応する仕組みだ。充分な距離をあけてやれば問題ない」

「でも、昨日も結構離れてたけど、追加で一気に来たよね?」


 クララが難しい顔をしながら訊いてきた。

 その点についても考察はすんでいた。


「おそらく侵入者を感知する範囲と、ほかの天使が攻撃を受けたときに反応する範囲はべつだ。後者のほうがかなり広いうえに連鎖して反応するんだと思う。一気に10体が反応したのもそれが理由だ。でもってその範囲だが、おそらくこの辺りだ」


 アッシュは門から大股1歩分を開けて立った。

 それを見て、ルナが「たしかに」と頷く。


「アッシュとラピスが攻撃したときは反応しなかったけど、ボクが次の部屋側の壁に敵を押しやったあと、クララの攻撃が当たったたときには反応してたね」

「ああ。だから、充分に門から離して攻撃するように全員が注意する必要がある。最初の部屋がこんだけ広いのも、そうしたことを踏まえてだろう」


 初めは厳かな雰囲気を演出するためのものかと思っていたが、本当は意味があったのだ。


「それから敵の攻撃パターンについてだ。レオの盾を壊した攻撃は俺とラピスが接近戦をしかけたときは放ってこなかった。つまり一定の距離が離れていないと使ってこない」

「じゃあ、わたしたちは基本、敵と接近して戦えばいいのね」


 ラピスの確認にアッシュは首肯する。


「となると……僕のほうは部屋から敵を釣るとき、突きを下手に耐えないよう弾かれたほうがよさそうだね。そのほうがスムーズにここまで敵を連れてこられそうだ」

「1番きつい役目だが、頼む」

「盾が壊れないことを祈っててくれると助かるよ」

「もし壊れたらまた撤退だ」


 回避ができる場所なら釣り役を名乗り出るところだが、あいにくと門をくぐった先は狭い通路となっているため、不可能だ。盾持ちのレオに任せるしか手段はない。


 こうした場所を見るたびに思うが、ひとりで攻略することを前提としていない。神アイティエルの意図が透けて見えるようだ。


「相変わらずだけど、ほんとよく見てるね」


 ルナが感心したように言った。

 そのそばではクララが「すごいでしょーっ」と胸を張っている。どうしてクララが誇らしげなのかは置いておくとして。


「……まあ、癖みたいなもんだ」


 アッシュはおどけながら言った。


 幼い頃から戦闘を繰り返してきたこともあり、味わった敗北は少なくなかった。そのおかげか、戦闘中に自然と敵を観察するようになっていた。いまや、それが大きな力となっているのは間違いない。


「とりあえず部屋の中にいるだろう弓型に関しては後回しだが、もしこっちに顔を出してきた場合はいつでも撤退できるように各自準備しておいてくれ」


 全員が頷いたのち、準備万端といった様子で身構えた。


 アッシュはレオに向かって頷く。


「そんじゃ頼むぜ、レオ」

「了解っ」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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