◆第十二話『新たなる血統技術』
結局、最後のゴブレットに炎が灯ったのは戦闘終了とほぼ同時だった。
実際の戦闘時間は短かったが、ほとんどが受けに回っていたからか。凄まじく長いときを過ごしたかのような、そんな感覚だ。
散らばった大量のジュリーのそばでラピスが片膝をついていた。いまにも倒れそうな体を突き立てた槍でなんとか支えている状態だ。
がしゃんと近くで金属音が鳴った。
見れば、レオが仰向けになって倒れていた。
「安心したら一気に痛みが……し、死ぬかも……」
微妙に冗談交じりの声だ。
とりあえず大丈夫だろう。
後ろを向いて後衛組を確認する。
クララは相変わらずうつ伏せで寝転んだままだった。「うぇ~」と苦しいのか気持ち悪いのかわからないようなおかしな声をあげているが、見たところ無事なようだ。
そのそばではルナが力尽きたように座り込んでいた。
天井を向きながら荒く息を吐いている。
全員、ボロボロでまともに立てないようだ。
アッシュは胸元に手を当てた。服の下にある《ドラゴンネックレス》。これがなければいまここに立てていたかわからなかった。それほどまでに敵の攻撃は激しかった。
それでも勝った。
勝って、全員が生き残った。
ついにアジ・ダハーカを討伐。
赤の塔80階を突破したのだ。
「とりあえず、みんなおつかれだ」
アッシュはその場に座り込むと、全員を見回しながら言った。
ひどく厳しい戦いだったが、誰一人欠けることなく突破できたのは大きい。アッシュは戦闘の光景を思いだしながら、「それにしても」と愚痴をこぼすように続ける。
「あの火球連発からの突進がやばかったな」
「あれで確実に盾役を潰すって感じだったのかもね」
「だとしたら厄介ってもんじゃないな」
盾役は敵の強力な攻撃を一手に引き受ける役割を持っている。いわばチームの生命線だ。その重要度はヒーラーと同等と言える。
「あんなのによく勝てたっていまでも思うよ~……」
クララが足をぱたぱたと上下に動かしながら気だるそうな声をあげる。もう起き上がる気がないらしい。
「ルナのおかげね」
そう言ったのはラピスだ。
勝利できたのはチーム全員で頑張ったからだ。
しかし、それでも今回の殊勲賞は間違いなくルナだろう。敵の弱点と思われる3つの頭部をすべて落としたのだ。
ほかの全員も同様に思っていたようだ。
ルナを称えるように笑顔で頷いていた。
ただ、当の本人は勝ち誇るわけでもなく、どこか呆然としていた。
「どうした、ルナ」
「いや……なんだか頭がふわふわしててね」
「なんだ、高揚してるのか」
「そうかも」
敵があまりに強大だったために、いまだ勝利を実感できないといった感じだろうか。などと初めはそう思ったが、ルナが弓を見ていることに気づいて違うと思った。
「あれってやっぱ血統技術だよな。マリハバに伝わってたのか?」
「わからない。でも、なんだか懐かしくて、温かくて……マリハバの風に似てるような気がしたよ」
マリハバに由来するものかはわからない。
ただ、そう口にするルナの顔はとても穏やかで、どこか嬉しそうだった。
「でも、名前がないと不便だよね。ほら、ルナさんに撃ってもらうときとか」
「お、クララ。なんかいい案でもあるのか?」
「ありませんっ」
自信満々に返された。
と、すかさずレオが人差し指を立てて案を出す。
「レイジングアローなんてのはどうだい? あの激しい風にぴったりだと思うんだけど」
「うん、いいね」
どうやらお気に召したらしい。
ルナは頷いたのち、弓を掲げると、誇らしげな顔で呟いた。
「レイジングアロー……ボクの新しい力だ」
◆◇◆◇◆
「アイリス、奴らが勝ったぞ」
ベヌスはあえて勝ち誇ったように言った。
館の自室でアイリスとともに、アッシュたちの戦闘を鑑賞していた。いつも見ているわけではないが、試練の階や、強力なレア種に挑戦する際は観ることにしている。
先日も黒の塔71階の中級レア種――アンフィスバエナ戦では、大いに楽しませてもらったところだ。
部屋の隅に立っていたアイリスはなにも言い返してこなかった。ただ、その頬はふて腐れたようにわずかに膨らんでいる。そしてその目は観ていたのでわかりますとでも言いたげだ。
アイリスは不満を吐きだすように息をついた。
それからいまも壁面に映しだされている、アッシュチームを見ながら口を開く。
「彼女はたしか血統技術を持っていなかったはずです。ベヌス様、まさか……」
「なにを勘違いしているのかはしらないが、我はなにもしていない」
どうしてアイリスがそのような思考に至ったかのは理解できる。ただ、そんな力を持っていないことは彼女も充分に知っているはずだ。
「神アイティエルは渇望するすべての人間を愛している。意図的に渡した力はひとつとしてない。……〝たったひとりの英雄〟を除いてな」
「つまり、始祖ということですか」
「何百年ぶりだろうな。発現したのは」
現存する多くの血統技術は遠い昔に発現したものばかりだ。
血統技術の発現する可能性は、強い素地と強い渇望があって初めて生まれる。才能ひとつでは語れないほどに険しい門だ。
「彼らの中でただひとりの凡人だと思っていましたが、彼女もまた選ばれた者でしたか」
「……お前はわかっていないな、アイリス。あの者は自らの意志で勝ち取ったのだ。高みへと至るための力をな」
彼女以上の実力者はジュラル島にも幾人か存在する。それでも血統技術を発現するに至ったのは、それほどまでに彼女の力を求める渇望が強く、清らかで、なにより美しかったからだ。
「ですが、わたしには彼らが9等級階層を突破する未来がまったく見えません。天使の庭……そしてその先に待ち受ける王国。間違いなくそこが人間の限界です」
たしかにアイリスの言い分もわかる。
9等級階層は8等級階層の比ではない。
竜種が可愛く見えるほどの難度だ。
ベヌスは映像を消したのち、視線を上げた。
その先に映る塔の頂――そのわずか下を見ながら、にやりと口の端を吊り上げる。
「なに、時間はたっぷりとある。お前が定めた人間の限界。我が定めた人間の限界。どちらが正しいか観てみようではないか」





