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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【覚醒の矢】第二章
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◆第十一話『それは猛り、すべてを弾く』

 迫りくる火炎の壁を前にして悠長に悩んでいる暇なんてなかった。


 撤退できないのなら。

 ――やるしかない。


 アッシュは一瞬の逡巡ののち、前へと駆けだしていた。ラピスもまた後ろをついてくる。彼女も同じ考えに至ったのだろう。


「左の頭を落とすぞ!」

「了解!」


 幸い敵の移動速度は遅い。2人して火炎の壁の前へと立つなり、青の斬撃を放ちはじめる。当たっても敵は頭部をかすかに揺らすのみ。ラピスの属性石9個分の斬撃であっても、瞬きをする程度で止めるには至らない。


「効いてない……っ!」


 ラピスが悔しげな声をもらす。

 それでもやるしかない。


 2人で一心不乱になってなおも斬撃を放ちつづけた。敵の頭部に衝突するたび氷片が散り、硝子が割れたような音を辺りに虚しく響かせる。


 徐々に入口側へと追いやられていく。敵の移動速度は遅いが、それがまた絶望を駆り立ててくる。募った焦燥感を腕に乗せ、ただひたすらに斬撃を放つが、やはり状況が好転することはない。


 このままでは壊滅は必至だ。ドラゴンネックレスで自分だけは火炎のブレスを耐え切れるが、ひとり生き残ったところで意味はない。


 それでも最悪の場合は自分が生き残るよりは誰かを――。

 そうして思考すらも壊滅のほうへと向きはじめたときだった。


「ボクがやるっ! 2人はクララとレオを!」



     ◆◇◆◇◆


 火球のせいで疼くような痛みに全身を襲われていた。

 不恰好に跳ね転がり、あちこちを打った痛みもあいまって自分の体ががらくたにでもなったかのように重かった。


 それでも幸い意識は残っていた。

 声を出すだけの気力は残っていた。


 ルナ・ピスターチャはアッシュたちに叫んで指示を出したのち、よろめきながら立ち上がった。近くに落としてしまった弓を拾い、構えなおす。


 近接攻撃を叩き込めるなら、アッシュやラピスのほうが火力は出せるだろう。だが、相手は飛んでいるうえに、狙いは高いところにある頭部。


 一撃の重みは斬撃による属性攻撃よりも、もともとの遠距離攻撃である矢に分がある。


 だが、これまでの敵との戦いの中で一度も有効な攻撃を与えられていない。よくて敵を軽く怯ませる程度といったところだった。


 それでもアッシュとラピスはなにも言わずに指示に従ってくれていた。アッシュがレオに肩を貸し、ラピスはクララを脇に抱える格好で左側へと移動しはじめる。


 こんな命のかかった状況の中、なんの確証もないのに信じてくれる。

 その信頼が心の底から嬉しく感じた。


 この広い世界の中で、彼らに出会えた。

 それが自分にとってなによりの幸運だ。


 もっと彼らと一緒にいたい。

 彼らと一緒に塔の頂にまで辿りつきたい。

 そのためにも、こんなところで死ぬわけにはいかない。


 力を望んだのは、チーム内における自身の力不足が惨めに感じたからだ。すべては自分のため。だが――。


 いまは違う。

 ただ、仲間のために力が必要だった。


 ルナは耳飾りを弾き、矢を生成。弦に添え、引きしぼる。腕や肩が悲鳴をあげるように軋むが、それでもなお引きしぼる。


 ――この身に流れるマリハバの血よ。どうかボクに力を。


 遠き故郷の誇りを胸に抱いた、そのとき。


 足下から緑色の風がふわりと巻き上がった。初めのうちは弱かったが、瞬きするうちに暴れ狂いはじめる。だが、不思議と温かく感じた。どこかマリハバの優しい風に似ているような気がする


 やがてそれは全身を包み込むように収束すると、腕へと流れ、ついには矢に纏わりついた。渦巻きながら、消えることなく覆いつづけている。


 これまでも時折、緑の風を纏った矢を放ったことはあった。だが、これほどまでに鮮明で、強い風ではなかった。


 どうしてこのような現象が起きたのかはわからない。だが、この力ならアジ・ダハーカの頑強な頭部でも弾き飛ばせるかもしれない。……いや、かもしれないではない。きっと弾き飛ばせる。


 ルナは指を開き、限界まで引いた矢を放した。矢が纏った風が原因か、まるで正面から叩かれたかのような圧に襲われ、思わず後方へ倒れてしまう。だが、決して目を閉じることはしなかった。


「いけぇええええ――――ッ!」


 虚空を穿ちながら猛然と突き進む、暴風に包まれた青き一本の矢。

 ルナは己の想いすらも矢に乗せんと叫んだ。



     ◆◇◆◇◆


 レオを広間の左側に移動させ終わったのと、視界の端を緑の風を纏った矢が翔け抜けたのはほぼ同時だった。


 矢は瞬く間に敵へと到達。衝突と同時に重く鈍い音を鳴らし、敵の右頭部を勢いよく弾いた。まるで巨大なハンマーで殴られたかのように揺れた頭部は、生気を失ったようにだらんとうな垂れる。


 以前にもルナは緑の風を纏う矢を放ったときがあった。だが、あのときよりも威力が格段に上がっている。血統技術の類だろうか。それともジュラル島の武器によるものか。


 いずれにせよ敵の右頭部が吐いていた火炎のブレスが止まり、広間の左側が安全となった。そばを通り過ぎていく火炎の壁を横目に見ながら、アッシュは叫ぶ。


「反転したら、またここも範囲内だ! ラピス、急いで移動を――」

「そのままで大丈夫!」


 遮ったのはルナの声だ。

 彼女は近くまで退避してくるなり、振り返りざまに弓を構えた。


 その射線の先では、入口側の壁付近に到達した敵が反転。再び火炎のブレスを吐きながら迫ろうとしている。このままでは火炎のブレスに焼かれることになるが――。


 ルナから放たれた緑の風を纏う青き矢が、轟音を鳴らして敵の左頭部に命中。またも沈黙させた。衝撃が中央の頭部にも突き抜けたか、敵がよろめくようにその場に着地。負傷した両脚で耐え切れずに崩れ落ちた。


「……すごい」

「この土壇場でモノにしたか……!」


 アッシュはラピスとともに感嘆の声をもらす。

 そんな中、そばではルナがまるで糸切れたように膝をついていた。


「ルナ!」

「ごめん、なんか朦朧として……」

「あれだけの威力、もし血統技術なら体力を消耗しないわけがないわ」


 そう言ったのはラピスだ。

 彼女の《限界突破》は体力のほぼすべてを使う血統技術だ。先ほどルナの放った攻撃が血統技術かどうかはまだわからないが、少なくない体力を使った可能性は高い。


 ルナの脱落は痛いが、それでも敵の頭を2つも潰すという充分すぎる仕事をしてくれた。トドメを刺すならいまを置いてほかはない。


 アッシュは肩を貸していたレオを下ろし、駆け出そうとした、そのとき。敵が力を振り絞るように猛った。そのまま踏ん張るように足裏を床に立て、ぐいと起き上がる。


「両脚潰したってのにまだ立つのかよ……っ」

「見て、もう再生してる」


 ラピスに言われて敵の両脚付け根を確認したところ、たしかに狂騒前につけた両脚の付け根の傷が再生した鱗によって塞がれていた。


 ゴブレットの炎は5つ。

 まだ撤退は選択肢にない。


 アッシュは舌打ちしたのち、ハンマーアックスを担いで走り出す。


「ラピス、ここで仕留めるぞ! 頭がひとつなら2人でもやりようはある!」

「ええっ!」

「俺が注意を引く! ラピスはもう一度脚を潰してくれ! さっき着地と同時に倒れてたところからして完全には治ってないはずだ!」


 2人して交差するように蛇行しながら、襲いくる火球を回避。敵との距離を一気に詰める。


 アッシュは正面に陣取ったのち、接近しすぎないように一定の距離を保ちつづけた。斬撃を放ち続けながら、敵の注意を引きつける。


 その間にラピスが敵の側面から肉迫。

 左脚の付け根へと突きの一撃から薙ぎを見舞う。


 青い煌きを虚空に残すほどの鋭い攻撃だったが、しかし敵の鱗を破砕するには至らなかった。甲高い金属音が響く中、ラピスの顔が悔しげに歪む。


「さっきよりも硬い……!」


 脚を潰せさえすれば敵の頭部も高さが落ちる。そうすれば直接攻撃を叩き込めるうえ、ラピスの《限界突破》を当てる機会も作れるのだが……どうやらそう簡単にはいかせてはくれないらしい。


 せめて、ほかの仲間が動ける状態であったなら――。


 そう胸中でねだったとき、金属の擦れる音と足音が聞こえてきた。ほぼ間もなく、そばを通りすぎた影が敵の正面へと躍りでる。


「ずるいよ、アッシュくん。敵の注意を引くのは僕の役目だ……!」


 影の正体はレオだった。

 彼はそのまま敵へと斬撃を浴びせ、注意を引きつけはじめる。


「レオ!? 無事なのか!?」

「正直言ってきついけど、クララくんのヒールのおかげで、なんとかね!」


 言葉どおり限界に近いようで顔が苦痛に歪んでいる。

 それでも動ける程度には回復したようだ。


 ちらりと後ろを確認すれば寝転んだままのクララが見えた。立てないようだが、どうやらレオにヒールをかける余裕はあったらしい。


 と、そのそばでルナが再び起き上がり、弓を構えていた。


「まだ、ボクはいける……!」


 おそらく先ほどの強力な攻撃をまた放とうとしているのだろう。


 とても放てるような状態には見えない。

 だが、ルナがいけると言ったのだ。

 だったら間違いなく放てるはずだ。


 ふいに風を感じた。

 ルナからではなく敵からだ。

 見れば、敵が翼をはばたかせていた。


「飛び立たせるな!」


 敵に飛ばれれば矢を当てにくくなる。ルナの状態からして、あの強力な攻撃は撃ててあと1回といったところだ。外せばあとはない。


 アッシュは即座にレオのそばを駆け抜け、敵に肉迫。前足による引っかき攻撃を避けつつ、敵の右翼へとアックス側で斬りかかる。が、とても飛膜に当たったとは思えない硬質の感触に迎えられた。


 翼と、そのはばたきによって生まれた風に遠くへと弾き返される。無残な結果に終わったが、一瞬の時間稼ぎはできた。


 右後方から激しい炸裂音を伴いながら、ラピスが一直線に敵へと突っ込んでいった。その手に握られた槍には稲妻のごとく明滅する光が宿っている。


 ルナがトドメを刺すと宣言した瞬間。ラピスは翼を破壊するため、すぐさま血統技術――《限界突破》を準備していたのだ。


 彼女の槍の穂先が、いまもはばたく敵の翼へと激突。まるで落雷のごとく轟音を鳴らし、敵の左翼を付け根からもぎ取るように抉った。


 その凄まじい衝撃に敵もたまらずふらついたが、倒れることなく踏みとどまった。ラピスの《限界突破》を受けてなお、立っていられるとはさすがだ。しかし、片翼を失ったいま、敵にはもう飛翔の手段はない。


「いけぇッ――ルナッ!!」


 アッシュは力の限り叫んだ。


 一拍の間も置かず、頭上を翔け抜けていく一筋の緑光。それは瞬く間に敵頭部へと到達すると、腹にまで響くような轟音とともに命中。氷片を織り交ぜた暴風を辺りに撒き散らした。


 広範囲に飛び散った氷片が、かすかな風に揺られてぱらぱらと舞い落ちていく。


 魔法と見紛うほど華美で神秘を残した1本の矢は……。


 静寂をもって対象の討伐を証明してみせた。



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