◆第八話『変わらぬ場所』
「アッシュくん、今日は一段と憂鬱そうな顔だね」
緑の塔への道中、レオが顔を覗き込むようにして言ってきた。
「慣れてくると作業感があるだろ。だから、どうしてもな」
アッシュはそう愚痴をこぼした。
気を抜けば死が待っている相手だ。もちろん油断することはないが、それでも進むことはせず、ただ金策のために狩りをするというのはどうにも緊張感に欠ける。
「こういった地道な狩りも大事よ」
隣に並んだラピスがそう言った。
彼女はひとりで塔を昇っていたこともあり、等級ごとに装備の最大強化、またオーバーエンチャントは当たり前だったという。だからこそ誰よりも資金稼ぎの重要さがわかっているのだろう。
「わかってはいるんだけどな。訓練と思ってやるしかないか」
「あたしとしては大歓迎だけどね」
先行するクララが両手でガマルをかかげていた。両の親指でガマルのふっくらした腹をぷにぷにと押さえている。心地良さそうな顔をするガマルだが、「グェェ」という嗚咽にも聞こえる声のせいで台無しだ。
「クララの場合はジュリー目当てだろ」
「うんっ。飛竜が500ジュリーで、地竜が450ジュリーも落とすんだもん。属性石も1日で大体5個ぐらいは出るし、もうがっぼがっぽだよ」
初めの頃は竜種も1日で50体ほど狩るのがやっとだった。だが、いまでは装備が整ったことや竜相手の戦闘に慣れたこともあり、150体近くは狩れるようになった。大幅な進歩だ。
「でも、やっぱ刺激が欲しいな」
「……80階には挑戦しないよね」
急にクララがぴたりと足を止めた。
不安げな顔で俯いたまま、ぼそぼそと口にしはじめる。
「前に挑戦したとき、火力不足って言ってたし。それに……いまは4人だし」
「……クララ」
「ルナさん置いていくなんて、あたしいやだよ。だってずっと一緒だったんだもん。これからも――」
振り返り、震える声で懇願してくるクララだったが、途中で言葉を止めた。こちらの後方に視線を向けながら、信じられないといった様子で目を瞬かせる。
「ルナ……さん?」
その言葉を聞いた瞬間、アッシュはラピスやレオとともに慌てて後ろを確認する。と、こちらに向かって走ってくる銀髪の女性が映り込んだ。《レガリア》シリーズの軽装に、雪のごとく白い肌。なにより弓を背負っているし、間違いない。
クララの言うとおりルナだ。
彼女はそばまでくると、両膝に手を置いて息を整えはじめた。その様子からもよほど急いで走ってきたことがわかる。
「よかった……ミルマから緑の塔に向かってるって聞いて追いかけてきたけど、なんとか間に合ったみたいだね。リフトゲート使うと、何階かわからなくなるから」
そうしてつらつらと話すルナ。
呆然とするこちらのことなどお構いなしだ。
「俺たちを探してたのか?」
そう問いかけると、ルナは「うん」と頷いた。
ようやく息を整え終えたのか、彼女は顔をあげた。
以前、中央広場でばったり出会ったときとは違う。
目をそらすことなく、真っ直ぐにこちらを見ている。
「チームを抜けたことで……少しだけ話を聴いてほしいんだ。いいかな」
ルナからは決意のようなものを感じた。
世間話をしにきたわけではない。
アッシュは大事な話であることを瞬時に悟った。
こちらが頷いたのを確認してから、ルナは緊張をほぐすように深呼吸をした。やがて勇気を振り絞るように両手に拳を作ったのち、ゆっくりと語りはじめる。
「初めのうちは、ただ惨めな思いをしたくないって気持ちだけだったんだ。みんなが自分の役割を十二分にこなしてチームに貢献する中、ボクだけは全然こなせてなくて……それが恥ずかしくて居たたまれなくて、チームを抜けたいなんて思いはじめたんだ」
ルナから吐露されたのは仲間への嫉みだった。
人間誰しも抱いておかしくはないものだが、それを抱いた対象に話すなんて怖くてとてもできないことだ。
逃げだしたい気持ちを抑えるように彼女は再び深呼吸をしたのち、話を続ける。
「けど、敵が強くなってきたら役割をこなせないことが、そのまま仲間の大怪我に繋がるようになってきて。そうなったらもう、惨めな気持ちなんてどうでもよくて。自分の力不足のせいで仲間が傷つくことが、ただただ怖くてしかたなかった……!」
ルナは震える唇で自身を咎めるように声を荒げた。
その声はよく響いた。
静かだった辺りにも、この心にも。
「だから、チームを抜けたんだ。全部、我が身可愛さからだ」
「そんなこと――ッ!」
クララが否定せんと声をあげようとしたが、アッシュは手を出して制止する。どうして、と抗議の目を向けられるが、首を振った。いまはルナにすべてを吐き出させるべきだと思ったのだ。
「でも、こうしてチームを抜けてわかったんだ。……ボクが一番怖かったのはみんなと一緒に狩れなくなることだって」
それを自覚したときの痛みを感じてか、ルナが胸元の服を右手で強く握りしめた。くしゃくしゃになった服と同じように彼女の顔もまた苦しげに歪む。
「アッシュたちと離れてからマキナたちに誘ってもらって一緒に狩りをしてた。とてもいいチームだった。文句なんてない。けど、どうしたってアッシュたちのことを思い出してしまうんだ。アッシュなら、クララなら、レオなら、ラピスならこう動くって……!」
それはこちらも同じだった。いまでもルナありきで作戦をたててしまっているときがある。時折、いないルナに向かって指示を出してしまうときもあったぐらいだ。
「飛竜を落とせなかったり、地竜にほとんど損傷を与えられなかったり……8等級でもこんな状況だ。これから先、もっともっと足を引っ張ってしまうかもしれない。それでも……それでも……っ」
ルナはなかなか次の言葉を出せずにいた。全身を震わせながら、何度も口を開けては閉じている。それでも最後には矢を射るように、力強くその言葉を放った。
「どうかお願いだ! ボクをきみたちのチームに置いてほしい……っ!」
自ら抜けて、また戻りたいという。見ようによっては都合がいいともとれる行動だ。どれだけの勇気が必要だったかはかり知れない。
クララとレオが見るからに安堵したように顔を綻ばせていた。ラピスも変化に乏しいが、かすかに口元が緩んでいる。
そんな中、アッシュはひとり表情を崩さずにいた。
「チームに置いてほしいだって? 冗談じゃないな」
「ちょ、ちょっとアッシュくんなに言ってるの!?」
慌てて詰め寄ってくるクララ。ラピスやレオも声には出さないまでも、クララと同じことを思っているのが目で伝わってきた。
「やっばり……そう、だよね。都合がよすぎるよね」
ルナはというと落胆どころではなく、頭が真っ白といった様子だった。顔を俯かせ、目はうつろになりかけている。
なにやら勘違いをさせてしまったようだ。
アッシュは息を吐きつつ、わかりやすく説明する。
「そうじゃない。俺はルナがチームを抜けたなんて一度も本気にしてないってことだ」
「それって……」
「あの日から、ルナはずっと俺たちの仲間のままだ」
不安に満ちていたルナの顔が一気に明るくなっていく。だが、最後のところでいまだ信じられないのか、瞳は揺れたままだ。そんな彼女にアッシュは安心させるように微笑む。
「おかえり、ルナ」
「……ただいま」
恐る恐るといった様子ながら、ルナもまた笑みを浮かべた。せき止めていたものが決壊したように、その目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちていく。
まるでルナの決意や勇気を褒め称えるようにそれらを照らす陽射し。きらきらと輝く涙に彩られたルナの笑顔はなにより美しく見えた。
「ルナさぁぁぁぁん!」
「うわっ、ク、クララ!?」
「よかったよぉおおおおっ!」
クララが体当たりをかますようにルナに抱きつくと、泣き喚きはじめた。ルナ以上に涙を流し、ルナ以上に顔をくしゃくしゃにしている。大げさといえなくもないが、それだけルナのことを心配していたということだ。
ルナも初めこそ驚いていたが、すぐさま嬉しそうにクララを抱きしめていた。
その2人の微笑ましい光景にレオが安堵する中、ラピスが呆れたように息をつく。
「さっきあんなこと言ってたけど……アッシュ、ルナがいないとき、ずっと心ここにあらずって感じだったから」
「おい、ラピス。なに適当なこと言ってんだ」
「たしかに戦闘中もルナくんがいないのに名前呼んだりしてたね。ルナ、飛竜を頼む! って感じで」
「レオまで余計なことを……」
その話を聞いてか、いまだクララに泣きつかれたままのルナがはにかみながら悪戯っ子のような笑みを向けてきた。
「アッシュはボクがいないとダメだからね。胃袋のほうもボクがいなくて恋しくなってるんじゃないかな」
すっかりいつもの調子を取り戻したようだ。
つい最近、話した際に感じた気まずい空気なんてない。
これでこそルナという感じだ。
「うんうん。ルナくんも僕と同じで、アッシュくんにとってはなくてはならない存在だからね」
「……やっぱりわたしも料理を頑張ったほうがいいのかしら」
しれっとレオが好き勝手言っている横で、ラピスが真剣になにかを呟いている。
賑やかな光景が戻ってきたという感じだ。
アッシュは晴れ晴れとした気持ちで中央広場のほうへと足を向ける。
「そんじゃ、ひとまず装備を変えに一旦戻ろうぜ」
「え、このまま緑で狩らないの?」
ようやく落ちついたらしいクララが目をこすりながらそう訊いてきた。すでに緑の塔にほど近い場所まできている。このまま緑の塔で狩るのもいいが――。
「ちょうど雑魚狩りにも退屈してたところだし、そろそろいいだろ」
アッシュは挑戦的な笑みを戻ってきたばかりのルナに向けた。
「……リベンジだね」
「いけるか、ルナ」
「もちろん。準備運動はばっちりだよ」
いまは正午過ぎ。服のかすかな汚れからも先ほどまでマキナたちと狩りをしていた可能性は高い。ただ、疲れはまったく見られない。それどころか力が溢れているといった様子だ。
アッシュは頷いたのち、島の西端へと目を向けた。
そこに聳える塔を見つめながら声をあげる。
「行くぜ、赤の塔80階……!」





