◆第六話『スキュラの棲家』
その洞窟には少し冷たく、しっとりとした空気が満ちていた。
散在する泉から光が漏れ、青く染められた岩肌。
水面が揺らぐたびに岩肌を彩る光も踊り、まるで水中にいるかのような幻想的な景色が広がっていた。
翌朝からルナはマキナチームとともに狩りにきていた。
塔の色は青。
階は47だ。
「左はわたしがやる! ユインちゃん右よろしく!」
「了解です!」
頭部が馬の人型魔物――シレノス2体を前にして、マキナとユインが即座に駆けだした。
その最中、どちらのシレノスも小瓶を口につけようとしていた。小瓶に入った酒を飲めばシレノスは凶暴化する。
ルナは右側、ザーラは左側のシレノスの小瓶を射抜き、割った。シレノスが飛び散った酒で顔を濡らす中、前衛組が飛びかかる。
マキナの得物は正統的な長剣。敵の右膝を刻んで体勢を崩させると、高さを落とした首を二撃で斬り飛ばした。
普段の条件反射的な会話からは想像もつかないほど洗練された剣さばき。何度目にしても見事としか言いようがない。
ユインのほうもすでに敵を沈黙させていた。彼女の得物はクロー。甲から伸びた3本の鉤爪で敵の腹を突き刺していた。引き抜くと同時に敵が両膝をつき、前のめりにどさりと倒れる。
一時期、ともに狩っていたこともあり、ユインの実力はよく知っている。ただ、記憶よりも大幅に成長しているように感じた。
小柄な2人の前衛によってシレノスが速やかに排除された、その直後。奥の通路から1体のシレノスが追加で飛びだしてきた。肩にはピグミーが乗っている。
ピグミーが《フロストウォール》を出し、シレノスが酒を飲む時間を稼ぐというのがこの組み合わせの厄介なところだ。ただ、結局のところシレノスに酒を飲まれなければ問題はない。
ルナは誰よりも早くに反応し、シレノスの小瓶を射抜いた。さらにピグミーを射抜こうとするが、すでにその額に矢が刺さっていた。ザーラの矢だ。
シレノスが怒り狂ったように近場のユインへと斧を振るって斬撃を放つが、地面からせり上がった《ストーンウォール》によって防がれた。
「危ない危ない」
生成したのはレイン。
おっとりした声に反して素早い対応だ。
攻撃が不発に終わったシレノスへとマキナ、ユインが両側からすぐさま肉迫。交差する形で得物を突き刺し、処理していた。見事としか言いようがない連携だ。
ザーラやレインも反応速度は悪くないどころかかなりいい。マキナチームは50階で詰まっているそうだが、実力のほうは充分に足りている。きっとそう遠くないうちに突破できるだろう。
この広間に侵入してからというもの、増援に次ぐ増援でなかなか落ちつけなかったが、ようやく途絶えたようだ。敵の足音は聞こえてこない。
「2つのとんがりってここだと思うんだけど……」
全員が息をついて得物を下ろす中、マキナだけが端の壁へと歩いていく。なにやら円錐形状の岩が2本あるところできょろきょろとしている。
ザーラが奥の通路へと足を向けながら叫ぶ。
「おーい、マキナー。なにしてるんだー? 先、行くぞー」
「ちょっと待ってー! ……えーと、あったあった! みんなこっちきてー!」
全員で首を傾げながら顔を見合わせたのち、マキナのもとへと向かった。全員が揃ったところでマキナが得意気に笑んだのち、半歩下がる。背後にあった岩場に顔以外が埋め込む形になった。
ユインが目をぱちくりとしながら言う。
「隠し通路……ですか」
「ふふん、実は昨日マスターに教えてもらったんだよね。スキュラって言う小型のレア種らしいんだけど、ちょっと行ってみない?」
マキナの提案にザーラが躊躇うことなく返答する。
「うちは構わないよ。なにしろいまならルナもいるしね」
「そうね。挑戦するならいまがいいかも」
続いてレインも賛同する。
ユインも反対ではないようでこくりと頷いた。
その後、こちらの顔を覗き込むようにして訊いてくる。
「どうですか? ルナさん」
「うん、みんなが行くならもちろん」
そもそも一緒に狩らせてもらっている身だ。
中型ならまだしも小型のレア種相手に断るつもりはない。
「じゃ、決まりってことで!」
そうして意気揚々と声をあげたマキナに続いて隠し通路を進んでから間もなく、レア種の棲家らしい広間に辿りついた。足を踏み入れずに全員で顔を出して中を窺う。
広さは試練の間を4分割したぐらいか。
中央には人が余裕を持って入れる程度の泉が見える。周囲の壁に沿う形で同規模の泉が等間隔に6つ配置されている。いまのところ敵の気配はない。
「周りに6つの泉があるでしょ。あそこから雑魚が出てくるらしいんだけど、それらを倒したら、あの中央の泉から本体が出てくるんだって」
そう説明してくれたマキナにルナは確認する。
「つまり雑魚を倒して出現させた本体を攻撃、でいいのかな」
「そうそう、それの繰り返しみたい」
「ざっくりとした説明ですね」
ユインが目を細めながら言うと、マキナが逃げるように顔をそらした。
「ほかにも幾つか聞いた気がするけど……忘れた」
「わ、忘れたって……」
「だって酔ってたんだからしかたないじゃんー!」
たしかに昨夜のマキナは酔いに酔っていた。
いや、昨夜だけではなく飲むといつものことか。
ユインが諦めたようにため息をついたのち、簡単な作戦を立案してくれる。
「とりあえず本体の出現場所と周りの泉までが遠いですから、わたしとマキナさんは本体に張りつきでしょうか。幸い弓が2人いますし、雑魚はお任せする形で」
妥当な作戦だろう。
ザーラが軽く弓を持ち上げて応じる。
「うちはそれで問題なし。ルナは?」
「こっちもいいよ。半々で受け持つ形かな」
「だね」
6箇所ならわからなかったが、3箇所程度なら問題なく対応できるだろう。上手く位置どれば視野にもなんとか収まる。
「わたしは入口近くで待機する形でいこうかしら。ちょうど泉もないし」
「それでよろしくお願いします」
レインの位置も決まり、全員が戦闘準備を始める。
「でも事前情報が少ないとちょっと不安ね……」
「レア種やるのも久しぶりだしなー」
「小型ですから、きっと大丈夫です」
「まー、退路はあるしなんとかなるなる」
マキナたちはひどく緊張しているようだ。
そんな中、ルナはひとり落ちついていた。
アッシュとチームを組んでからというもの、ほとんど事前情報なしで戦ってきたからだろうか。最近なんて8等級階層の中型レア種に挑んだところだ。あれに比べれば――。
と、ルナは慌てて頭を振った。
もうアッシュのチームを抜けたのだ。
比較なんてするべきではない。
自身のいやな部分をまざまざと感じ、思わず眉を寄せてしまったが……その瞬間をユインを見られていた。彼女から心配そうな顔を向けられる。
「ルナさん? どうかしましたか?」
「ん、あぁ、いや。なんでもないよ。少し考え事をしてただけ」
「そう、ですか」
あっさりと引いてくれたが、彼女の澄んだ目はこちらのずっと奥までを見透かしているような気がした。そうして後ろめたい気持ちが胸中で膨れ上がりはじめた、瞬間。
マキナが抜剣し、スキュラの棲家へと踏み入った。
「そんじゃ、行こっか……!」





