◆第四話『ルナはいま』
互いの名前を呼び合ってからすぐに沈黙が訪れた。
ルナのほうは居心地が悪そうに目をそらしている。
飄々として、隙あらば悪戯をしかけてくるいつもの彼女はそこにはいない。
――なにか話さなければ。
そんな衝動に駆られ、アッシュは無理やりに言葉をひねり出す。
「あ~……元気してたか」
「……うん。そっちは、どう?」
「まぁ、ぼちぼちだ」
「ご飯はちゃんと食べてる?」
「夕食でクララが少してこずってるが、なんとかやってくれてる」
「クララなら大丈夫だよ。覚えるの早いし、なによりやる気があるから。すぐに上手くなるよ」
他愛もない会話を交わす。
少し距離を感じるのは、おそらく気のせいではないだろう。
彼女の心境を考えれば無理もないかもしれない。
とはいえ、少し前まで自然と話していた仲だ。
この牽制し合うような空気がもどかしく感じた。
いまは幸いひとりだ。
彼女を誘って狩りに行くのもいいかもしれない。
そうすればまた以前のように自然な会話ができるかもしれない。
早速とばかりに声をかけようとした、そのとき――。
ばたん、と委託販売所の扉が開けられた。
「ルッナたーん!」
飛び出てきたのは小柄な女性挑戦者。
片側で結った髪が特徴的な、マキナだ。
彼女は勢いを殺さず、飛び込む形でルナに抱きついた。
「っとと、危ないよ。マキナ」
「そんなこと言いつつも、ちゃんと受け止めてくれるあたりルナたんは飛び込みがいがあるね……!」
ルナの白い腕に頬をすりつけはじめるマキナ。
まるで飼い主に甘えるペットのようだ。
ただ、妙にマキナとルナの距離が近い。もちろん以前から知り合いではあったが、ここまで親密ではなかったと記憶している。
と、ルナの腕に頬ずりしていたマキナが、こちらを見るなりきょとんとして「あっ」と声をあげた。
微妙な空気の中、さらに委託販売所から後続が現れた。ユインにレイン、ザーラ。マキナチームのメンバーだ。ユインが目をぱちくりとさせたのち、丁寧に頭を下げる。
「アッシュさん。こんにちは」
「よっ。チームで来てたんだな」
「はい。昨日、2つも武器交換石がとれたので余った分を売りにきたんです」
マキナチームは現在5等級。そして同階級の武器交換石は約9万ジュリーで合計18万ジュリー。4人で割れば悪くはない稼ぎだ。
「ルナとは中で会ったのか?」
「えっと、そういうわけでは……」
ユインが歯切れ悪く答えながら目をそらした。
なにやら微妙な空気が流れはじめたとき、ルナが1歩前へと出てきた。
「実は、いま彼女たちと一緒に狩ってるんだ」
「……そういうことか」
ルナとマキナの距離が近づいていたように見えたのも、それが理由だったというわけだ。おそらく組みはじめたのは昨日今日ではないのだろう。
「うちも弓だからさ、勉強させてもらってるよ」
「さすがって感じよね。女の子なのに惚れちゃいそうだもの」
ザーラとレインにそう手放しで称賛され、ルナが少し困ったように言う。
「2人とも言いすぎだよ。そんな大したことはしてないのに……」
「いいえ、ルナさんはすごいです。こうしてまた一緒に組んで、改めてそう思いました」
ユインが力強く断言する。
と、マキナがルナの腰に後ろから抱きついた。
そして脇から力んだ顔を出し、宣言してくる。
「ってことだからアシュたん。ルナたんはいまやうちの子です!」
マキナの格好からはルナを手放さないという意志をひしひしと感じた。
ルナがチームを抜け、ログハウスを出てからというもの、ひとりで無茶をしていないかと気が気でなかった。だが、目の前の光景を見る限りどうやら問題はなさそうだ。
「……そうか。ルナをよろしく頼む――って、俺が言うのもおかしな話か」
アッシュは自嘲気味に言って、肩をすくめた。
ルナは反応に困った様子で眉尻を下げ、力なく笑んだ。
「それじゃ、これから狩りにいくところだから」
「了解だ。気をつけてな」
「……うん、またね」
そう言うと、ルナは心なしか急くように背を向け、歩きだした。ユインとレイン、ザーラも軽い挨拶をしたのち、あとに続く。
「またねー、アシュたん!」
場違いに明るい声をあげたマキナも仲間たちのもとへと合流する。
少しの間だけ彼女たちの背中を見送ったのち、アッシュは反対側に歩きだした。とくに目的地は決めていないが、いまは彼女たちから離れるほうに意識が向いているのかもしれない。
自分のことながら他人事のようにそう考えていたときだった。
「待ってくださいっ」
後ろから制止の声が飛んできた。
振り返った先、そこに立っていたのはユインだった。
「……ユイン? どうした」
「どうした、じゃないです」
冷静に努めようとしながらも、その声には苛立ちが混ざっていた。彼女は瞳に怒りを宿して話を継ぐ。
「どうして言ってあげないんですか? 戻ってこい……その一言をルナさんはきっと待っています」
それを言うためにわざわざひとり追いかけてきたというわけか。思っていた以上にルナのことを考えてくれているらしい。ただ、応じるかどうかはべつだ。
「言ったところでルナは戻らない」
「それでも、言葉にしないと伝わらないこともあると思います」
「そういう問題じゃないんだ」
戻ってこいと言うのは簡単だ。
優しい言葉をかけるのも簡単だ。
しかし、それで本当にルナのためになるのか。
いまのままルナがチームに戻ってきたとしても、彼女の抱えた問題が解決するわけではない。彼女自身が納得して戻ってこなければ、きっと同じことを繰り返すだけだ。
少なくとも彼女が問題の中身を〝実力不足〟として見ている限りは間違いない。
「アッシュさんがこんなに薄情な人だと思いませんでした」
ユインはくしゃりと顔を歪め、下唇を噛んだ。
悲しさと悔しさが入り混じった瞳でこちらをひと睨みしたあと、彼女は振り返ってマキナたちのもとへと走っていった。
自分の考えが間違っているとは思わない。だが、それでも親しい友人から嫌われるような言葉をもらうのは、やはりくるものがある。
「……思った以上にきついな」
そうぼやきながら、アッシュは人知れず大きなため息をついた。





