◆第三話『久方ぶりの再会』
「うぅ、ありがとうございます……っ」
「気にするな。ちょうど暇してたところだしな」
正午を過ぎた頃、中央広場にて。
アッシュはウルの買いすぎた食材――というよりクルナッツの実を代わりに運んでいた。
ルナが抜けてから約2週間。
ほとんど休日なしで狩りをしていたこともあり、本日は久しぶりにチームの活動を休みにしていた。
初めは仲間とともに一緒にうろつくことも考えたが、あまり気が乗らなかった。おそらくほかのメンバーも同じ気分だったのだろう。示し合わせたわけでもなく、それぞれが別行動をとっていた。
そうして中央広場をうろついていたところ、クルナッツ顔のミルマがおぼつかない足取りで歩いていたのを見つけた。ここまでがウルと出会った経緯だ。
ふいにウルが歩を早めて前に出ると、くるりと振り返った。顔を覗き込むようにして無邪気な笑みを向けてくる。
「アッシュさん、お昼まだですよね。よかったらこのままウルのおうちにきませんか? お礼にご馳走させてくださいっ」
「お礼って荷物を持っただけだぞ?」
「では、ウルがアッシュさんとお話しをしながらお食事したい、ではダメですか?」
こういうことを真っ直ぐに言えるところがウルのいいところであり魅力だ。アッシュは知らずうちに纏っていた遠慮を捨てて、ふっと笑う。
「じゃあ、甘えさせてもらうとするか」
「ありがとうございます!」
「振舞う側だってのに、おかしな奴だな」
「それだけ嬉しかったのですっ」
こちらまで自然と笑顔になってしまうような、そんな弾けるような笑みをウルが浮かべたときだった。彼女の耳がぴくぴくと小刻みに揺れた。
おそらくミルマの交信があったのだろう。ウルが虚空に向かって「わかりました」と応じた。どんな内容かはわからないが、その沈んだ表情から察するにあまりよくないことらしい。
「どうした?」
「その……新人さんがくるみたいで……」
「あ~、ってことは時間がないか」
「はい。すでに船に乗ってジュラル島に向かっているそうです」
ジュラル島の海域に入れば察知できるのか。
それとも船頭がなんらかの手段で出発することを伝えているのか。
いずれにせよ急遽仕事が入るのはなんとも面倒そうだ。
思っていたより案内人の仕事は楽ではないらしい。
ウルが見るからにしゅんと肩を落としていた。耳は前に垂れ、先ほどまで揺れていた尻尾は飾りもののように元気を失くしている。
「ウルから誘ったのに……本当にごめんなさい。このお詫びはいつか必ずします!」
「ま、こういうときもある。気にするな」
「いいえ。ウルの気がすみませんっ」
「じゃあ、そのうちな」
「はいっ」
◆◆◆◆◆
荷物を運んだのちにウルと別れた。
去り際、ミルマ特有の挨拶――両手を握り合ったのは言うまでもない。
またぶらぶらと中央広場をあてもなく歩きはじめる。昼時ではあるが、あまり腹は空いていない。先ほどウルの誘いを一度断ったのもそれが理由だった。
人の流れや動きを見るのも嫌いではないが、退屈だと感じてしまう。こうなればひとりで魔物と戯れるか。そんなことを考えていると、視界の端――《スカトリーゴ》の客席に見慣れた後ろ姿が映り込んだ。
肩にかかる程度の髪に《ソル》シリーズの防具に身を包んだ女性剣士。シビラだ。対面の女性と2人で席についている。
アッシュは《スカトリーゴ》のほうへと向かった。
客席と通りとを区切る柵に両腕を乗せ、少し身を乗りだす格好で声をかける。
「よっ、シビラ」
「アッシュ……?」
こちらを向いたシビラが驚いた顔を見せる。
どうしたのかと言いたげだ。
「べつに用はないんだが、シビラの姿が見えたからさ。昼飯食い終わって、まったりってところか」
「そのとおりだ。そっちは……休みのようだな」
ああ、と頷いたのち、アッシュはシビラの対面に座っている女性へと視線を向けた。
年齢は20歳ぐらいか。
身長は女性として高くもなく低くもなくといったところ。
背にかかる程度の柔らかそうな髪を両側で結っている。
あどけない顔立ちに加え、身につけた装備が《フェアリー》ローブなこともあってか、どこか儚げな印象だ。
ふと彼女の椅子にかけられた杖が目に入った。
白の魔石と7個の属性石が埋め込まれている。
「……もしかしてこの前話してたギルドの?」
「ああ。リトリィだ」
シビラの紹介に応じて、女性――リトリィが体をびくっと震わせた。ぎぎぎ、と金属のこすれる音が聞こえてきそうな、ぎこちない様子でこちらに振り向く。
「はっ、初めまして! りりりり、リトリィ……です」
「俺はアッシュだ。よろしくな」
「……し、知ってます!」
「ん、話したことあったか? ってああ、シビラから聞いてるのか」
「いえっ! 島で……あなたのことを知らない人はいないと思う、思い、思いまます!」
とりあえず緊張していることだけはわかった。
シビラが苦笑しながら優しく声をかける。
「落ちつけ、リトリィ。アッシュは悪い奴ではない」
「わ、わかってはいるのですが、初対面の人相手では、どうしてもっ! はぅ……」
ついには顔から赤みを消し、全身から力を抜くリトリィ。どうやらクララとはまた違ったタイプの人見知りのようだ。
「聞いてたとおりシビラと違って大人しそうだな」
「む……その言い方だと、わたしがうるさいみたいではないか」
シビラが聞き捨てならないとばかりに眉根を寄せる。
「そういうんじゃない。ただ、初対面のときに剣で斬りかかってきそうな感じだったろ」
「あ、あれはアッシュたちが騒動を起こしたからで――くっ、あの頃はわたしも色々とその、融通が利かなかったんだ。わ、忘れてくれ……」
過去を思い出してか、恥じるようにして顔を赤く染め、目をそらすシビラ。本当にいまの彼女は初対面の頃とは別人のようだ。角がとれて、雰囲気からして柔らかくなった。アルビオンに人がゆっくりと集まりだしているのも頷ける。
「お、おふたりは仲が……いいんですね」
リトリィがぼそりとそうこぼした。
窺うような目で、こちらとシビラをちらちらと見ている。
シビラがまんざらでもない様子で聞き返す。
「そう……見えるか?」
「はい、とても。とくにシビラさんが好意を寄せていることは――」
「ああああぁあああっ!」
突然、シビラが大きな声をあげると、《ゆらぎの刃》を使ったのではと思うほどの素早さでリトリィの口を手で塞いだ。
あまりに大きな声だったこともあり、ほかの客やミルマから注目を集めてしまっていた。アイリスにいたっては人を射殺しそうな視線を送ってきていた。
「な、なにを言っているんだ、リトリィは。あは、あはははは」
「んぅう~~んぅ~~!」
シビラがリトリィの口を押さえ続けながら、乾いた笑みを浮かべる。
「っていうかそうやって焦るほうが怪しまれるって気づいたほうがいいぞ」
「そ、それもそうか……って、ここで頷いたらそうだと言っているようなものではないかっ。いや、違うわけではないんだが、いや、ここで違うというのは、そういう意味ではなくて、いや、ここで否定すれば、でも、あぁっ!」
シビラの頭が破裂しそうだ。
ただ、いまはそれよりも意識を失いそうなリトリィのほうが心配だった。
「とりあえず、手離してやったほうがいいんじゃないか」
「……あっ」
◆◆◆◆◆
アッシュはシビラとリトィリとの会話もほどほどに《スカトリーゴ》をあとにした。
リトリィは散々だったかもしれないが、おかげでいくらか気分が明るくなった。
いまでは島生活も短くはない。
中央広場を歩いていれば、高い確率で親しい知人と出会う。
今日はこうして偶然に出会った者と話す日にしてもいいかもしれない。そんなことを考えながら北側通りを歩いていたときだった。
右手側に建つ委託販売所。その扉が開かれ、姿を現した者を見たとき、アッシュは思わず目を見開いてしまった。
前は左側だけ目にかかるほど長く、後ろは短い銀色の髪。雪のように白い肌に、とても戦士とは思えない華奢な体。中性的でありながら、どこか色気を感じるその人物はこれから狩りにでもいくのか、細身の弓を背負っていた。
アッシュは努めて平然にその名を口にする。
「……ルナ」
「アッシュ……?」





