◆第二話『別れと出会い』
「……ごめん。簡単なものしかできなくて」
その日の夜。
食卓にはクララが作ってくれた料理が並んでいた。
大きく切り分けられた野菜たっぷりのスープに魚介類と野菜を煮込んだもの。あとはトットのパン工房のバゲットとジャムの計3品。たしかに品目は少ないが、量的には充分すぎるぐらいだ。
アッシュは魚肉をフォークでまとめて刺し、口に突っ込んだ。白身に濃厚な甘いタレがたっぷりと染み込んでいて美味い。後味の酸味もさっぱりとしていい感じだ。惜しいのはわずかに感じる臭みか。
とはいえ、クララはまだ料理を始めて間もない。
このあたりは愛嬌といったところだろう。
アッシュは口腔内を綺麗にしてから感想を述べる。
「充分だろ」
「ええ、それにとても健康そうだし。《スカトリーゴ》で食べるときは、どうしても好きなものばかり選んでしまうから助かるわ」
ラピスは小さな口でぱくぱくと食べていく。
言葉どおりその顔には不満などいっさい見られない。
ただ、当のクララはすべてをお世辞ととったようだ。
少し納得がいかなさそうな顔でもごもごと口を動かしている。
「いま思えば、ブランさんの料理ってすごく贅沢だったんだなぁって。ひもじぃっていっぱい言っちゃってたこと、今度謝ろうっと」
ブランの料理は特別に凝ったものはなかったが、味は安定していたし、なにより温かみがあった。自分で作るようになったことでクララもその良さに気づいたのだろう。
「にしてもラピス、最初はあんだけ張り切ってたのにえらくあっさり諦めたよな」
アッシュは隣に座るラピスへと言った。
ラピスがぴくりと眉を動かし、目をそらしたかと思うや、スープの具を口に含んだ。かすかに頬が膨らんでいるが、具によるものではなく、きっと意図的なものだろう。
「人に得手不得手があると再認識しただけよ」
「でも、あたしも最初はすごい下手だったよ。調味料濃かったり薄かったり。間違えたりもしたし、焼き加減もコゲコゲとか生焼けとかたくさん失敗して――」
「……これ以上、わたしを追い詰めないで」
ラピスが瞑想でもするかのように目を閉じた。きっと過去の自分を思い出しているのだろう。彼女が作る料理はお世辞にも料理とは呼べないものだった。
あはは、とクララが苦笑したのち、寂しげな表情でスプーンを皿に置いた。
「でも、あたしはやっぱりルナさんの料理が好きだな」
「……クララ」
「なにも出ていかなくてもよかったのに」
ルナはチームを抜けた日にログハウスからも出ていってしまった。もちろん止めようとはした。だが、「ここにいると苦しくなるから」と言われてしまったのだ。それ以上、引きとめることはできなかった。
クララが悲しげにため息をつく。
「ほんと、どうしてなんだろ」
「火力不足……でしょう」
ルナが脱退を決意した理由。
それにラピスは見当がついていたようだ。
こちらへと問いかけるように口にした。
アッシュは頷いて、応じる。
「ああ、ずっと悩んでた」
はっきりと認識できたのは以前に朝の訓練をしていたときだ。おそらく、実際はもっと前からだったのだろう。チームを抜けるきっかけとなったのは赤の80階戦において、有効な攻撃をほぼ与えられなかったことで間違いない。
「でもルナさんって、こう……全体を広く見てくれるっていうか、カバーとかもしてくれるし。あたしが危ないときとかも助けてくれるし。だから火力とかなくても――」
「ルナはそう思わなかったってことだ。いざというときに展開を変えられるような、それこそラピスのような一撃が欲しいって願ったんだろ」
だが、願っても手に入れられなかった。
だから、ルナは――。
「アッシュ、このままでいいの?」
ラピスが問い詰めるような声で言ってきた。
クララからも、もどかしそうな顔を向けられる。
だが、彼女たちが望んでいる言葉を口にするつもりはなかった。
「なんにせよルナ自身が納得できなくて選んだ道だ」
――いまは受け入れるしかない。
アッシュは自身に言い聞かせるように胸中でそう呟いた。
◆◇◆◇◆
ルナ・ピスターチャは中央広場をあてもなく歩いていた。
正午前とあってすでに狩りへと出発しているチームが多いのだろう。見かけるのはミルマのほうが多い。おかげでとても穏やかな時間が流れていた。
チームを抜けてから6日。
不思議とすっきりした気分だった。
全身が安堵しているような、そんな感じだ。
きっと知らずうちに気を張ってしまっていたのだろう。自分の力量を超えた者たちとともに行動していたから――。
ふと鍛冶屋が目について足を止めた。
とくに用事があってきたわけではない。ただ、青の属性石が余っている。以前、アッシュに止められたときに使わなかったものだ。
試しに挑戦してみるのもいいかもしれない。そんなことを思いつつポーチに手を伸ばしたが、途中でやめた。とくになにかを思ったわけではない。ただ、気持ちが乗らなかっただけだ。
そうして再び歩きだしたとき――。
「あれ、ルナたんじゃん」
後ろから覚えのある声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにいたのはマキナチームだった。
アッシュやクララとも深い交流のある人たちだ。
ルナは努めて自然に笑みを浮かべ、応じる。
「や、偶然だね」
「どうしたんですか? 浮かない顔をして」
笑顔を作ったつもりだったが、ユインにあっさりと見抜かれてしまった。彼女の無垢で真っ直ぐな瞳に射抜かれ、思わず目をそらしてしまう。
「アッシュの奴らは一緒じゃないのか?」
「今日は休みなのかしら」
ザーラに続いてレインがそう口にしながら周辺に目を向けた。彼女たちにとって、自分はアッシュと一緒にいることが当たり前なのだと改めて思い知らされる。
「まさか喧嘩でもしたとか! ――って、あ、あれ。もしかして当たっちゃった……?」
マキナの何気ない一言に思わず顔を歪めてしまった。
おろおろしだした彼女に、ルナは乾いた笑みを向ける。
「喧嘩ってわけじゃなくてね。実はボク、アッシュたちのチームを抜けてきたんだ」
彼女たちは揃って言葉を失っていた。
どう反応したらいいかわからないといった様子だ。
気まずい空気になることはわかっていた。
――この場から早く立ち去りたい。
そう思いながら早々に別れを告げようとしたとき、ずいっとマキナが顔を寄せてきた。くりくりとした目で覗き込んでくる。
「ってことはルナたん、いまひとりってことだよね?」
「う、うん……そうだけど」
次の瞬間、マキナがしんみりとした空気を吹き飛ばすような、からっとした笑みを浮かべた。こちらの動揺など構うことなく、さらに力強く手を引いてくる。
「じゃあ、わたしたちと一緒に狩りに行こう!」





