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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【覚醒の矢】第二章
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◆第一話『足りない背中』

 洞窟でありながら聖堂にいるような、そんな静謐な空間の中――穢れのない真白な鱗に包まれた地竜が慟哭をあげ、地に伏した。


 本日の狩場は白の塔79階。


 いましがた3体同時に出現した地竜のうち2体を倒したところだった。仕上げとばかりに残った1体を処理しようとした、そのとき。


 地竜の体を2種の光が包み込んだ。

 1種は《プロテクション》

 もう1種は《マジックシールド》だ。


 さらに白き光が地竜の足下に浮かび上がり、魔法陣を描き出す。その中であれば治癒効果が上昇するうえに微量の回復効果を持つ――《サンクチュアリ》だ。さらに《ヒール》の光が地竜を包み込み、その身に刻まれていた幾つもの傷が瞬く間に塞がる。


 勢いづいた地竜が正面に構えていたレオを突き飛ばす最中、ラピスに続いてクララによる報せが飛んでくる。


「アッシュ、鳥脚型追加!」

「飛竜もきてるよ!」


 アッシュは地竜の背に飛びかかり、手に持ったスティレットを鱗と鱗の間に刺し込んだ。それを支えに体を固定しつつ、辺りを見回す。


 背後から3体の小型竜が向かってきていた。

 どれも鳥脚型の竜だ。


 全高は人の2倍程度。だらりと垂れただけの細く短い前足の代わりに、2本のたくましい足――後ろ足だけでその身を支えている。


 基本的な攻撃は突進と噛みつきだが、《プロテクション》と《マジックシールド》の魔法を使うこともできる。先ほど地竜にそれらをかけたのもこの鳥脚型だ。


 そして《サンクチュアリ》と《ヒール》を使用したのは、いまも頭上を旋回中の飛竜だ。行動パターンはほかの塔の飛竜とほぼ同じだが、白の塔の飛竜は回復系統の魔法を使うこともあって非常に厄介な存在だった。


「レオはそのまま地竜、クララはその援護! ラピスは俺と鳥脚! ルナは飛竜を――」


 アッシュは自然と動いた口を閉じた。

 舌打ちをしたのち、続きを言いかえて叫ぶ。


「飛竜は俺が受け持つ! クララ、ラピスの援護も頼む!」

「わ、わかった!」


 アッシュは前線から離脱し、背負っていた弓を手に取った。

 購入したのではなく、余っていた8等級の交換石から作ったものだ。


 右耳につけたイヤリングを弾き、矢を生成。弦に添え、引き絞り――放つ。が、飛竜が頭を静めるようにして勢いよく加速、軌道を変更したために虚空を貫くだけに終わってしまう。


 だが、こちらに注意を向けてくれた。アッシュはそのまま矢を放ちながら飛竜を仲間から離していく。赤の塔の飛竜よりは小さく威力も低いが、ここの飛竜も火球を放ってくる。それらを身を投げてまろぶようにして躱していく。


 これまでに放った矢の本数は7本。

 そのうち、飛竜の飛膜に当たったのは2本のみだ。


 飛竜が素早く当てにくいこともあるが、なによりはばたきによって生じる風に矢の勢いを減衰させられるのが面倒だった。はばたきのタイミングを見極めつつ、敵の動きも予測しなければならないのだ。


 視界の中では、仲間が次々に竜たちへと攻撃を浴びせていく。ラピスにいたってはすでに2体の鳥脚型を倒していた。レオもクララとともに地竜を追い詰めている。


 前線で戦っていたときでは見えなかった光景だ。

 焦りが指先に募り、矢がブレはじめる。


 ――こんなにも難しいことをやってのけていたのか。


 アッシュは脳裏に浮かんだ言葉を奥歯を噛みしめることでかき消した。目の前の飛竜だけに集中し、矢を射つづける。


 それから飛竜を落とせたのは、仲間たちがほかの竜を倒し、クララによる《フレイムバースト》が命中したときだった。片翼を失った飛竜が不恰好に地面へと激突する。


 多くの土煙が巻き上がる中、ラピスとレオが揃って突撃していく。アッシュも弓を背負いなおしながらスティレットを抜き、飛竜へと飛びかかる。


 ラピスが3撃、レオが1撃を入れたあとだったこともあってか、敵の脳天に刺し込んだその一撃が決め手となった。飛竜が低い呻き声をあげながらよろめき、翼とともに腹を地につけると、その姿を四散させた。


「いやぁ、相変わらず白の飛竜には手を焼かされるね~。ただでさえタフな竜に回復なんて、ほんと神様もタチが悪いよ」


 レオがおどけた調子で言いながら剣を鞘に収めた。


 そんな彼の呑気な空気をどこか遠くに感じながら、アッシュは右手に持ったスティレットをじっと見つめる。


 昔はそれなりに使っていた弓だが、久しぶりに使うとなかなか手に馴染まない。近接武器と併用している分、余計に時間がかかりそうだ。


「アッシュくん……」


 クララのか細い声が聞こえてくる。


 彼女のほうを見れば、なにか訴えかけるような目で迎えられた。それが息苦しく感じてアッシュはとっさに視線をそらしてしまう。


 と、進路の先に横目を向けたラピスと視線が交差した。


「どうする? もう少し先に進む?」

「いや、時間的にもちょうどいいし、そろそろ折り返そう」

「……それがよさそうね。時間が余ったら入口で狩ればいいし」


 おそらくいまは昼過ぎといった頃だろう。

 いまから帰れば夕刻までには入口に辿りつけるはずだ。


 そうしてレオを先頭に来た道を戻りはじめる。



 赤の塔80階に挑戦したあの日から5日。

 強化のため、各塔の79階で装備収集の日々が続いている。


 変わり映えはない。

 ただひとつのことを除いて。


 アッシュは最後尾から仲間の背中を眺める。


 クララ、レオ、ラピス。

 いくら瞬きをしても変わることはない。


 そこにルナの背中は映っていなかった。



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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