◆第六話『水竜の塔』
通路の先に待っていたのは巨大な空洞。
なにより目についたのは正面にそびえる岩の塔だ。
首が痛くなるほどまで見上げて、ようやくその頂を確認できるほどに高い。
外側には螺旋状の坂が巡っている。
どうやらあの螺旋坂を上るのが正規ルートのようだが……。
岩の塔は湖に囲まれる形でぽつんと立っていた。
いや、この場合は湖ではなく滝つぼといったほうが正しいのかもしれない。
岩の塔の頂と同程度の高さの壁面から滝が流れ落ちていた。
左右に1本ずつ。そして陰になっていて見にくいが、岩の塔の奥側にも1本。おかげで滝が水面を叩く音が絶えず轟いていた。腹をずっと揺さぶられているような感覚だ。
ここから岩の塔までは1本の道が繋がっている。
一応、幅は5人が並んでも余裕をもってとおれる程度だ。
「まさしくこの階の仕上げって感じだな」
アッシュは眼前の光景に気持ちがたかぶるのを感じた。
なんのへんてつもない空洞よりも、やはりこういった場所のほうが心が踊る。
「みんな、水の中に水竜がいるから気をつけて」
レオが水中を覗き込むように身を乗りだしながら言った。
湖面には滝が作りだす波とはべつの波が作られていた。
水中には悠然と泳ぐ3つの影が見える。
おそらくレオの言うとおり水竜で間違いないだろう。
水竜はいまのところ青の塔のみに出現している竜種だ。手足がなく魚類に近いが、その体はまるで蛇のように長い。以前、ベイマンズたちと討伐した中型レア種のシーサーペントの小型版といった感じだ。
「こ、これってやっぱり《ツナミ》使ってくるよね……?」
クララが不安な顔で訊いてきた。
だろうな、とアッシュは即答する。
と、案の定、彼女は「うぇぇ」と情けない声を出していた。
「でも、水竜が連続して《ツナミ》を放てないことは、これまでの戦闘でわかってる」
そう言ったのはルナだ。
アッシュは頷いたのち、自身の考えを話す。
「1度撃たせてから一気に駆け抜ける形がいいだろうな」
「出てから一旦引くってこと?」
「いや、それだとこの通路に《ツナミ》を撃たれるかもしれない。そうなったら逃げ場もないし終わりだ」
「じゃあ、どうするの……って、まさか」
「ああ。先に1人が先行して岩の塔まで行く。もちろんやるのは俺だ」
この方法なら1度目の《ツナミ》を空撃ちさせつつ、全員が岩の塔まで辿りつけるはずだ。
そうして説明を終えたとき、カンッと音が鳴った。
ラピスが意気込むようにして槍の石突を地面に打ちつけた音だった。
「それならわたしもいく」
「いや、ラピスはみんなと一緒にきてくれ。もしものときの近接火力は必要だ」
水竜以外にも水中に魔物が潜んでいないとも限らない。そのときのためにも、すみやかに敵を処理できる役が必要だ。
「…………わかった」
最終的には頷いてくれたが、その顔は見るからに不満そうだった。顔をそらし、頬もわずかに膨らんでいる。彼女なりに身を案じてくれたのだろう。その気持ちだけありがたく受け取っておいた。
「できれば盾の僕が引き受けたいところだけど……鎧がね」
レオがまなじりを下げながら長剣と盾を軽く持ち上げる。
重鎧は思った以上に重いらしく、彼の走る速度はクララよりも遅い。仮にレオが先行すれば間違いなく《ツナミ》に呑まれて水中に落とされるだろう。
「ま、適材適所って奴だ」
「うん……気をつけてね、アッシュくん」
「ああ。そんじゃ、《ツナミ》が収まったらあとに続いてくれ」
仲間から了解の声が返ってきたのを機に、アッシュは息を整えた。岩の塔へと続く道を見据える。得物は背負い、完全に走ることだけに集中する。
「――行ってくる」
アッシュは体をゆっくりと前へと傾け、倒れそうなる直前。地を思い切り蹴り、一気に加速した。自身の足音は滝の音でかき消されている。また岩の塔までの距離がそう短くないからか、走っているという感覚が薄れていた。
大量のしぶきがあちこちから飛んでくるため、自然と薄目になってしまう。狭まった視界の中、湖面の左側に2、右側に1つの影が浮かび上がった。どうやら早々に侵入者をかぎつけたらしい。
水竜がその上半身を湖面から勢いよく飛び出させ、咆哮をあげた。ただ姿を現しただけだというのに暴れた波が道へと押し寄せてくる。おかげでブーツの底がびしょびしょだ。
3頭の水竜は挨拶とばかりに顔を突き出し、体当たりをかましてきた。アッシュは速度に緩急をつけ、また蛇行しながらそれらを躱していく。
やがて中間を越えたとき、水竜たちが揃って道から距離をとった。さらに耳をつんざくような声で鳴きはじめる。呼応してすべての湖面が小刻みに揺れ、ついには水竜たちのすぐ目の前の水が大きくせり上がった。《ツナミ》だ。
シーサーペントの《ツナミ》に比べればかなり小規模だ。ただ、それでも跳躍で躱すことはできない高さを持っている。まさに水の壁だ。
水竜たちの制御を離れた《ツナミ》が両側から一気に迫ってきた。まともに食らえば水に呑まれるだけではすまないだろう。
滝の音は聞こえなくなり、波の音が辺りを支配する中、アッシュは全力でひた走った。先ほどまで温存していた力も振りしぼる。迫りくる脅威から湧き上がる危機感をも力に変え、加速する。
すでに《ツナミ》は触れたものすべてを呑み込むように倒れはじめていた。両側から迫る凄まじい圧迫感。もう間近まできている。視界の両端、目線の高さまで水が映り込む。
アッシュは道の終わりに辿りついた瞬間、前方へと頭から飛び込んだ。受身を取って地面を転がる中、後方から炸裂音にも似た激しい音が聞こえてきた。
さっと後方を確認する。道を呑み込んだ波がまだ食べたりないと癇癪でもあげるかのように暴れ狂っていた。呑み込まれていたら間違いなく命はなかっただろう。
ただ安堵する暇はなかった。1頭の水竜が体当たりを繰りだしてくる。アッシュは跳ね起きたのち、さらにまろぶようにして回避。岩の塔の螺旋坂を上がりはじめる。
逃さないとばかりにほかの水竜たちも追撃をしかけてくる。が、なんとか躱しきり、ついに水竜たちが届かない高さまで辿りついた。水竜たちは悔しげに咆えたのち、水中へと戻っていく。
諦めたのかと思いきや、地面が大きく揺れた。どうやら水中に埋まった岩の塔の下部へと何度も体当たりをかましているようだ。思わず倒れそうになるほど激しい揺れだが、この状況はかえって好都合だ。
アッシュは視線を道のほうへと向ける。
すでに仲間たちは岩の塔へと走り出していた。
「いまのうちだ! 早く!」
先頭にラピス、間にクララとルナ。
最後尾にレオといった陣形だ。
水竜以外の魔物が飛びだしてくる可能性を危惧していたが、どうやらその気配はない。ただ、彼らが道を走り抜けた、そのとき――。
新たな侵入者の存在に気づいたか、水竜たちが水中から顔を出した。
ラピスとルナが即座に牽制し、2頭をひるませた。
残った1頭の体当たりはレオが引きつけ、盾でいなす。
「急げ! 2発目の《ツナミ》がくるぞッ!」
仲間たちが螺旋坂を全力で駆け上る中、水竜たちが距離をとった。咆哮をあげ、《ツナミ》を生成。3方向から岩の塔めがけて放ってくる。
ラピス、ルナ。続いてクララがそばを通過し、安全圏まで辿りつく。だが、レオだけがひとり遅れていた。最後に敵の注意を引きつけたこともあるが、重鎧の影響が出ているようだ。
「あと少しだ、レオッ!」
彼の姿が見えた、瞬間。単純ながら凄まじい威力をもった水の集合体が岩の塔へと激突した。響く地鳴りのような音。まるで生き物のようにうねりながら岩の塔の下部を呑み込んでいく。
このままではレオが《ツナミ》にさらわれる――。
「アッシュ!?」
ラピスの制止の声が飛んでくる中、アッシュはとっさに坂を下り、アックスを地面に打ちつけた。それを支えに間近まで来ていたレオの手を掴む。
ほぼ同時、レオの体が水に波に包まれた。こちらにまで大量のしぶきが飛んでくる。腕がちぎれそうなほど引っ張られるが、なんとか手を離さずに凌ぎきった。
「2人とも、大丈夫!?」
身を案じるルナの声が聞こえてくる。アッシュは頭を振って髪についた水を落としながら、びしょ濡れ状態のレオへと声をかける。
「あ~……無事か?」
「今日ほど鎧を脱ぎたいと思ったことはないよ……」
「仲間を庇った勲章だ」
「それはありがたく受け取らないとね」
そんな軽口を交わしながらレオを引き起こした。が、すぐさま2人してフラついてしまう。先の《ツナミ》の影響ではない。単純に水竜たちがまた岩の塔へと体当たりをかましはじめたのだ。
「このままだと塔を壊されかねないな。さっさと上っちまおう」
全員で岩の塔を急いで駆け上がる。ラピスとともに先頭を走るクララが「あとはのぼるだけー!」と浮かれていた。緊張感がなさすぎるが、最大の難所と思われる水竜たちから逃れたこともあり、気持ちはわからなくもなかった。
やがて岩の塔を上がりきると、また1本の道が橋のように壁面にかかっていた。その先には塔外部へと出るための転移門が見える。
「やっぱここで終わりだったか」
「やっとだよー。長かったー……」
声はぐったり気味だが、クララの足はやはり軽いままだ。
そんな彼女に続いて全員で道を進んでいく。
やがて道の中間に差し掛かろうかというとき、ばしゃばしゃと激しい水音が聞こえてきた。誘われるようにして音の出所――右方の滝へと視線を向ける。と、アッシュは思わず目を疑ってしまう。
「おいおい、冗談だろ」
水竜が滝を昇っていた。その巨体からは想像もつかないほど機敏に体をくねらせながら滝の流れに逆らっている。ついには同じ高さまで辿りつくと、滝から弾かれるようにしてこちら側へと飛んできた。
「クララッ」
「ぐぇっ」
アッシュはクララの襟首を掴み、引き寄せながら飛び退いた。直後、視界の右端から水竜が飛び込んできた。道の上部を削り、逆側から湖へと落ちていく。
あまりに予想外の攻撃に思わず唖然としそうになったが、再び近づく気配がすぐさま意識を繋ぎ止めてくれた。
「もう1体、くるぞ!!」
今度は左方から。最後尾についていたラピスとルナのほうだ。彼女たちは揃って前進を選び、間一髪で2頭目の体当たりを躱す。が、安堵の息は誰からも漏れることはなかった。
右方から3頭目が迫っていた。
1頭目、2頭目は3頭目で仕留めるための囮――。
そういわんばかりに固まった箇所へと3頭目が体当たりをしかけてくる。直撃する軌道だ。ひとりなら躱せる自信はあるが……おそらくレオとクララは厳しい。
「みんな、僕の後ろに!」
レオも同じ判断に達したか、即座に水竜に向かって盾を構えた。だが、あの勢いをいなすのはいくらレオでも難しいはずだ。アッシュはラピスともにすぐさま斬撃を放つが、水竜に止まる気配はない。
クララも魔法を放とうとしているが、発動は間に合わない。このままでは全員、道から弾きだされてしまう。そうして落ちたあとのことへと思考が向きはじめたとき――。
ふわり、と柔らかな風がそばから吹いてきた。
誘われるようにしてそちらを見ると、ルナが矢を射ているところだった。
放たれた1本の矢が虚空を貫くように猛然と進み、水竜の頭部へと命中。ひどく鈍い音を鳴らした。通常の矢ではありえない。まるで面で叩いたかのような、そんな衝撃音だった。
水竜が呻き、体を大きくしならせる。そのままレオに激突するかと思われたが、その体はすっと空気に溶けるようにして消滅していった。
あまりに予想外の出来事に全員が唖然としていた。この空気を作り出したルナでさえ、きょとんとしている。ただ、いつまでもそうしてはいられない。アッシュは全員の背を叩くように声を張り上げる。
「また登ってくる前に渡りきるぞ!」
そうして道を渡りきり、転移門前までなんとか辿りついた。
まだ息は整っていないが、気になることがあってしかたなかった。
「さっきの、どうやったんだ?」
「ええ、属性攻撃じゃなかった」
アッシュはラピスとともにルナへと問いかけた。
ルナが困ったように眉尻を下げながら、弓と自身の手を見ながら答える。
「実はボク自身もよくわからなくて。とっさに手が動いて、撃ったら……」
「いずれにせよ、ルナくんの一撃がなかったら今頃また水浴びをしてたかもだよ」
「突破できたのはルナさんのおかげだね!」
レオに続いてクララが手放しに称賛を送る。当のルナはというと、無意識に放った一撃だったからか。くすぐったそうに笑いながらも少し困惑気味だった。
「あ、でねでね。みんな、これ見て!」
クララが気持ち悪いぐらいに顔を緩ませながら、背中に隠していたあるものを見せつけてくる。大方、戦利品で交換石やら属性石でも見つけたのだろう。そう思っていたのだが――。
「それって……まさか魔石か!?」
「うんっ! さっきのが落としたの!」
属性石や交換石とは比べ物にならない高価な品だ。
クララの顔が緩みきるのも無理はなかった。
ラピスが顎に手を当てながら魔石をじっと見る。
「青の塔の8等級魔法だと《ツナミ》ね。ほとんど売りに出ないから相場はあってないようなものだけど、たしか半年前ぐらいに見たときは200万ジュリーだったわ」
「おぉぉぉお~~~っ!」
クララが爛々とさせながら感嘆の声をあげる。
そもそも8等級に到達した者が少ない状況だ。
ただ売りに出されていない可能性もあるが、入手率の低い魔石となれば高価なものであることは間違いなかった。
「とりあえず塔内部はこれで終わりだが、まだ塔外部が残ってる。油断せずに攻略して今日中になんとか帰還しようぜ」
「おー!」
現金という言葉はクララのためにあるのだろう。
そう思うほど、先頭を歩く彼女の足取りは軽かった。





