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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【覚醒の矢】第一章

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◆第一話『緑の塔77階』

 脈動する緑線が巡った岩壁のあちこちから、多くの葉をつけたたくましい枝が生えていた。陽の光もない。風もほとんどない。そんな洞窟の中でありながら、まるで森の中にいるような不思議な場所だった。


 緑の塔77階――。


 試練の間よりもひと回り大きな広場の中、アッシュはラピスとともに凄まじい勢いで迫りくる隆起に向かっていた。


 間近まできた隆起が持ち上がると、地中側から蹴破られるようにして破裂。茶褐色の鱗を持った竜が姿を現した。


 緑の塔のみに出現する土竜(どりゅう)だ。

 大きさは地竜と同程度。

 胴体部と不釣合いに大きい頭部が特徴的だ。


 土竜は指の間にみずかきのついた手ををびたんと地面に叩きつけると、その大きな口を開いた。尖った牙ではなく、丸みを帯びた岩のような歯が覗いている。


 土竜の咆哮には人間の平衡感覚を混乱させる特殊な効果がある。身をもって体験して得た知識だ。


 アッシュは敵が地中から飛び出るのにあわせ、背後に回り込んでいた。


 咆哮をあげさせまいと首の付け根へとハンマーを力の限り叩きつける。どんっと重い衝撃音とともに土竜が頭部を揺らし、咆哮の構えを解いた。すでに5撃目とあってひどく効いているらしい。


「ラピスッ!」


 こちらが叫ぶよりも早く、ラピスはすでに攻撃態勢に入っていた。あごを地につけた土竜の上空へと跳躍で到達。落下の勢いを利用し、ウィングトスピア特有の左右の突起が許す限り土竜の肉へと穂先を突き刺した。


 土竜がその口を天井へと向け、腹に響くような慟哭をあげる。弾かれたラピスが地面に下り立ったと同時、土竜はその姿をジュリーへと変貌させた。


 彼女がチームに加入してから約1ヶ月。すでに連携面に不安はいっさいなかった。むしろ同じ近接組として最高の相性と言えるほどに成長していた。


「次だ!」

「ええっ!」


 アッシュはラピスとともに土竜の戦利品に目もくれず駆け出す。


 残り2体の竜と戦闘中だった。


 1体は中央付近でレオが対峙している岩竜だ。


 四足で歩き、体型は亀に近い。鱗がない代わりに外皮を岩で覆っている。とても硬く、物理攻撃ではほぼ徹すことはできない。


 後回しにしたのもそれが理由だ。ただ、火力も相当なものでクララに《ヒール》をかけてもらいながらレオには持ちこたえてもらっている。


 もう1体はいまも上空を飛び回っている飛竜だ。

 塔の特性にあわせて苔のような緑に彩られた鱗を持っている。


 もっとも厄介な敵であることからルナに広場の端へと引きつけてもらっていた。ついでに翼膜に矢を撃ちつづけてもらい、落とせればといった感じだ。


 飛竜は地上に落ちるまでなかなか攻撃できない。

 そのため、先に岩竜の排除を優先することにした。


 岩竜との距離を縮めながら、アッシュは指示を飛ばす。


「クララ、右前足に《フレイムバースト》3発! いけるか!?」

「うん、すぐいけるよっ!」

「レオ! 一旦後退だ!」


 あえて大声で指示を出していたかいがあったようだ。敵の頭突きを盾で受け、弾かれたレオがそのまま飛び退くようにして離脱する。


 間髪容れずにクララによって放たれた3発の《フレイムバースト》が敵の右前足に連続して命中。轟音を鳴らし、辺りの地面を抉った。まともに受けた敵が呻きながら右前足を折り、その巨体を傾ける。


 アッシュはその隙を逃がさずに敵の左側面から接近。敵の体と地面の間へとハンマーをもぐりこませ、咆哮をあげながら振り上げた。鈍い音を鳴らし、敵の巨体がわずかに浮き上がる。


 と、岩の外皮ではなく柔らかそうな腹が覗いた。だが、敵の巨体はすぐに下がっていく。このままでは攻撃する機会が失われる。そう思った瞬間、こちらの意図を読んでいたのか、レオが割り込むようにして盾で支えてくれた。


 ずしりとレオの足が地面にめりこむ中、べつの影が飛び込んでくる。ラピスだ。彼女が疾走の勢いのまま敵の腹をぐさりと突き刺した。敵は悲鳴のような呻きをもらすが、まだ消滅していない。


 アッシュはその場で体を横回転しながらアックス側へと持ち替え、刃を敵の腹へと深く抉りこませた。ぐちゃっと肉を斬った感触を覚えてから間もなく、視界に映っていた敵の体が消えはじめる。


 岩竜を倒した。

 残るは飛竜のみ。


 息つく間もなく近接組が揃ってルナのほうへと目を向けた、そのとき――。


「ごめん! そっちに向かった!」


 クララが3発の魔法を放ったからか、あるいは味方の竜を失った怒りからか。相手をしていたルナを無視して飛竜がこちらに向かってきた。


「クララ、こっちにこい!」

「うわぁぁ~~~っ」


 飛びこんできたクララを抱き止める。


 もともとこれから飛竜を相手にしようとしていたところだが、その距離が問題だった。緑の塔の飛竜は一定以上の距離が離れていると、ある魔法を撃ってくるのだ。


 飛竜が耳をつんざくような咆哮をあげながら翼をはばたかせた。叩かれた空気から可視化された緑の風が生まれ、旋風となってこちらに向かってくる。7等級の魔法――《トルネード》だ。規模は属性石8個以上であることは間違いない。


 さらに敵はおまけとばかりに追加で2つの《トルネード》を生成。合計3本のトルネードがまるで踊るようにうねりながらこちらに迫ってきた。


「みんな、僕の後ろに!」


 レオが迷うことなく盾を地面に打ちつけて《虚栄防壁》を展開。《トルネード》を受ける。がりがりと光膜を削るような音が鳴りつづける。かすかな風こそ届いているが、肌をきりつけるような風はいっさいない。


 対して《虚栄防壁》のあちら側では凄惨な光景が広がっていた。地面が抉られ、多くの礫が宙を舞っている。その威力を証明するかのようにレオの顔が苦しげに歪みはじめる。


「ぐっ……」

「レオさんっ!」


 クララが慌てて《ヒール》をかけ、レオがなんとか持ちこたえる。


 やがて緑の旋風で遮られていた視界が晴れる。

《トルネード》が止んだのだ。


 上空では飛竜がいまだ悠々と飛んでいた。

 先の《トルネード》で調子づいたか、まるで勝ち誇ったように咆えている。


 と、奥の岩陰に隠れていたルナがここぞばかりに矢を連続で射た。その4射目が飛竜の飛膜に命中したとき、ついに飛竜が落下をはじめた。どしんと地鳴りのような音を鳴らして不恰好な体勢で地上に落ちる。


 すでにアッシュはラピスとともに地を蹴っていた。敵が体勢を整えれば地上でも厄介な攻撃をしてくる。レオの《虚栄防壁》を飛び出て瞬く間に敵へと肉迫。互いに頭部へと集中攻撃を決め、一気に仕留めた。


 敵の消滅を確認したのち、すぐさま全員がレオへと駆け寄った。彼は先の《トルネード》を受けた損傷がひどいようで片膝をついている。


「レオ、無事か?」

「クララくんにヒールしてもらって少し楽になったよ。ただ、ちょっとだけ休ませてもらえると嬉しいかな……」

「了解だ。ただ、ここだとまた湧くかもしれない。少しだけ進むぞ」


 アッシュはレオに肩を貸しながら広場をあとにして先を急いだ。幸いにも次に到達した細い通路には魔物の姿がなかった。全員で壁に背を預けるようにして座り込む。


 多くが安堵の息を吐く中、ルナだけが悔しげに下唇を噛んでいた。弓をぐっと握りしめながら苛立ちまじりに言葉をもらす。


「ごめん、ボクのせいだ。ボクがもっと早くに飛竜を落とせていたら……」

「いや、俺の判断ミスだ。鈍重な岩竜は後回しにして途中からクララも飛竜を落とす方向で動いてもらうべきだった。悪い」


 ルナは指示どおりに動いてくれただけだ。

 決して彼女の失敗ではない。


「じゃあさっきの構成と出くわしたら、あたしも飛竜でいいのかな?」

「状況によりけりだ。あんまり攻撃しすぎてクララに標的が向いても困るからな。飛竜がもし突進してきてもルナなら躱せるが、クララだと……な」

「それだとあたしがとろいみたいじゃん~! ま、まあ実際にそうだけど~……」


 ぶー、とクララが口を尖らせる中、ラピスが険しい顔つきで自身の槍を見つめていた。


「76階から本当に別物ね。ひとりのままだったらどう足掻いても突破できてなかったわ」

「どの敵も硬いし、体力もすごいからね。僕ひとりだと1体倒すだけで陽が暮れるよ」


 レオが苦笑しつつ冗談まじりに言う。


 さすがに陽が暮れるは言いすぎだが、実際に1体倒すだけでも一苦労だった。まだそれほど数を倒していない敵もいるので処理を高速化できる余地はある。が、それでも限界はあるだろう。


「とりあえず今回は間違いなく野営コースだな」


 そう告げると、クララが「うぇ~」とあからさまにいやがる声をあげた。そんないつもどおりな彼女の姿に場が和む中――。


 ただひとり、ルナだけが晴れない顔をしていた。



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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