◆第十四話『瑠璃の笑顔』
「かんぱ~~~~いっ!」
その日の夜。
レオを招待してログハウスで食事会――もとい双頭の竜討伐の打ち上げをしていた。
塔から帰還した時間が遅く、外食できなかったというのも理由だ。
食卓にはルナがありあわせで作ってくれた料理が幾つか並んでいる。がっつりとしたものはないが、店が閉まっていて食材が買えなかったのでこればかりはしかたない。
「クララくん、すごいご機嫌だね」
先ほど大きな声で「乾杯」を口にしたクララを見て、レオが目をぱちくりとしていた。
あはは、とルナが苦笑する。
「今日は無理ないかも。属性石2個に武器の交換石も出たしね」
「うんっ、もうほくほくだよ。でもやっぱり目玉はこれだよね!」
クララは声を弾ませながら、1本のネックレスをかかげた。先端には放射状に広がった赤黒い棘のようなものを中に埋め込んだ琥珀色の結晶がついている。
「ドラゴンネックレス! 相場は大幅に上がって現在約1500万ジュリーですっ!」
相場を付け加えるあたりさすがはクララだ。
瞳が金で彩られていた。
ラピスがカップを机に置いて口を開く。
「効果は竜種によるすべてのブレスへの耐性ね。少しの間なら無効化できるみたい」
「8等級で戦うにはこれ以上ないぐらい最高の装飾品だな」
――もし自分が装備したら。
アッシュは竜種との戦闘を想定し、自然と興奮してしまった。
ほんの一瞬でもブレスを無効化できれば、その間に接近して敵に攻撃できる。つまり攻撃の機会が増えるということだ。8等級階層の攻略が格段に早くなるのは間違いない。
「で、問題は誰が使うかだね」
机に置かれた《ドラゴンネックレス》を見ながら、ルナが言った。
アッシュはチームの盾、もといレオへと目を向ける。
「ま、順当にレオじゃないか。一番炙られてるし」
「そう言われるかもとは思っていたけど……僕なら多少のブレスは耐えられるから近接2人のどちらかがいいと思うんだ」
こちらとラピスを交互にレオが見ながら言った。
たしかに、とルナが頷く。
「そのほうが危険度は下がるし、大胆な動きで攻撃の機会も増えるかもね」
「なら、無茶をしそうな人がつけるのがよさそうね」
ラピスがそう口にした途端――。
全員の視線が一斉にこちらに向けられた。
凄まじく居心地が悪い。
「……どうしてみんな俺を見る」
「だってアッシュくん以上に無茶する人っていないじゃん」
「だね。たぶん島中……いや、世界中を探してもいないかも」
クララに続いてルナが真顔で言ってきた。
世界規模はさすがに盛りすぎだ。
「ラピスも大概だろ」
「あの双頭の竜に挑む前の状況を思い出してもらえれば答えは出てると思うけど」
それを言われたらなにも反論できない。
アッシュは《ドラゴンネックレス》をまじまじと見ながら、うーんと唸る。
「いいのか? そりゃあ俺としては嬉しいけど」
「日頃、仲間でとったものだーって譲ろうとするアッシュが遠慮してどうするの」
ルナの言葉に、クララとレオがうんうんと頷く。
レリックに続いてのこの大物だ。
後ろめたい気持ちがないと言えば嘘になるが――。
ここで仲間の厚意を無駄にするのも違う気がした。
「じゃあ、使わせてもらう。ありがとな」
アッシュは《ドラゴンネックレス》を手に取り、さっそく首にかけてみる。つけたところでブレスを受けるまで変化はわからないが、むずむずしてしかたなかった。
「こういうの、あんまつけないから違和感しかないな……」
「そのうち慣れるわ」
ラピスはそう言うが、慣れる気がしない。
当分は戦闘時以外、外しておくことになりそうだ。
「これでアッシュくんと僕は炙られ仲間だね」
「いやな仲間だな」
ドラゴンネックレスでも無効化できるのはほんの少しの間だけという。退避のタイミングを見誤って焼肉にならないように注意したいところだ。
ふとラピスが左の太腿辺りの服をつまんできた。
机の下でほかの仲間には見えない格好だ。
アッシュは潜めた声でからかうように言う。
「どうした? また甘えたがりが発症か?」
「そ、それもなくはないけど……少しだけこうさせて」
俯いた彼女の顔は妙にこわばっていた。
いったいどうしたのか。
そうして静かに見守っていると、彼女が意を決したように声をあげた。
「あのっ、みんなに改めて言いたいことがあるの」
その声にすっと場が静まった。
全員から注目を浴びる中、ラピスが深呼吸をしたのち、ゆっくりと話しはじめる。
「今日は本当にありがとう。あなたたちのおかげでわたしは大事なものを手放さずにすんだ。本当に……感謝してもしきれないわ」
言いながら、彼女は空いた手を胸元に当てた。
そこには彼女の母の形見である首飾りがある。
残念ながら紐は代用品となってしまったが、飾りの瑠璃色の結晶はそのままだ。
ルナとレオが優しい笑みでラピスの言葉を迎える中、クララが口を開く。
「落とした原因を作っちゃったあたしが言うのもなんだけど、ラピスさんはもう仲間だからね。仲間が困ってたら助けるのは当然のことだよ」
「お、クララも言うようになったな」
「でしょー! ま、アッシュくんの受け売りだけどね」
えへへ、と照れつつも悪戯っ子のようにクララ。
調子がいいのは相変わらずだが、言いたいことはすべて彼女が言ってくれた。
ラピスも気持ちを伝えられて満足したようだ。
安堵したように息をついていた。
ふとルナがなにか思い出したように「あっ」と声をあげた。
「そういえばラピスの歓迎会やってないよね」
「じゃあ、これが歓迎会みたいなものかな?」
クララが首を傾げながら言うと、レオが勢いよく身を乗り出した。
「それはいい提案だね! てことは今日はたくさん飲まないと――って、あれ。そういえば僕、歓迎会をしてもらっていないような……」
「そんじゃ、もっかい乾杯するか!」
「ア、アッシュくん!」
「うんうん、もっかいしよっ!」
「クララくんまで!」
涙目のレオを見て、クララが無邪気な子どものように笑う。
「あははっ。冗談だよ。レオさんも一緒にだね」
「ク、クララくん~~~っ!」
今度は嬉し泣きをするレオ。
その騒がしいさまにアッシュはクララやルナと一緒になって笑う。控えめではあるが、ラピスもくすくすと一緒になって笑っていた。
「じゃあ、レオさんとラピスさん! あたしたちのチームにようこそっ!」
クララの声で改めてカップがかち合わされた。
試練の間に入れるのは5人。
つまりこのメンバーで塔の頂を目指すことになる。
このチームで果たして辿りつけるのか。
そんな疑問はいっさい湧かなかった。
実力だけではない。
仲間として互いを信頼し合えている。
これ以上ないぐらい最高のチームだ。
「アッシュ」
ふとラピスに呼ばれ、彼女のほうを向いた、そのとき――。
これまで見たことがないほど眩しく、弾けるような笑みで迎えられた。
「誘ってくれてありがとう。わたし、このチームに入れてよかった……っ!」
 





