◆第四話『2等級の階へ』
11階の踊り場で踏破印を刻んだのち、入口の門をくぐった。
視界が白一色に覆われ、先がまったく見えなくなる。
歩いてよいものかと悩んでいると、一気に視界が色づいた。
青々とした草で埋め尽くされた大地。
それらを見守るように伸びた幾本もの大樹。
まさしく大森林とも言うべき光景が目の前に広がっていた。
「すごぉ……」
「これは驚いたな……」
「見て、空もあるよっ」
クララが興奮したように天を指差す。
樹冠によって隠れているが、よく見ればその先には青色が見える。
「塔の中にあって塔じゃないって奴か」
てっきり10階までの遺跡のような場所が続くかと思っていた。
もしかするとこれまでが入門編で、ここからが本番なのかもしれない。
「さすが神様だね」
「こんな塔を建てて魔物も生み出すぐらいだしな」
挑戦者に救済という名で様々な道具を配る余裕もあるぐらいだ。
いったいどんな姿かたちをしているのかと改めて興味が湧いてきた。
「よし、進むか」
綺麗に舗装された道はない。
だが、剥げた地面のおかげでどこへ向かえばいいかはわかりやすかった。
問題はそこかしこに存在する地面の隆起と沢山の木々だ。
魔物にとって身を隠せる場所があまりにも多すぎる。
と、どこからか葉擦れの音が聞こえてきた。
早速お出ましのようだ。
「来るぞ、構えろ」
スティレットとソードブレイカーを抜いた。
クララを背にしながら耳を澄ます。
「数は……3。いや、4だ。1体はおそらく遠隔武器持ちだ。遠くで少し動いてから止まってる」
「よ、よくわかるね」
「目と耳が良いのが自慢なんだ。もしクララが遭難したら見つけてやるからな」
「ありがと……って、その前に遭難しないよっ」
こちらが気づいたからか、敵は音をたてるのも厭わなくなった。
葉擦れの音が大きくなる。
来るッ!
左右の隆起から1体ずつ魔物が飛びだしてきた。
その姿は人型でありながら肉がまったくない。
「スケルトンかっ」
どちらもファイター型で両手に握った長剣を振り下ろしてくる。
相手には落下の勢いが乗っている。
無理に受ける必要はない。
アッシュは即座に後方へと飛び退く。
と、先ほどまで立っていた地面に交差するようスケルトンの長剣がドスッと打ちつけられた。当然ながら敵の顔からは外したことによる悔しさなどいっさい感じとれない。
着地後の硬直を逃さず、1体の胴体を思い切り蹴り飛ばした。
残った1体の首をソードブレイカーで切断。
さらに両手首も切断しようとした、瞬間。
正面から風を纏った矢が飛んできた。
とっさにソードブレイカーの腹で弾いたが、予想以上の衝撃に思わず顔が歪んだ。
アッシュはそばのスケルトンに後ろ蹴りをかましたのち、後退する。
「正面奥の茂みに弓がいるから気をつけろ」
「りょ、了解」
クララを左手で制しながら、さらに後ろへと下がる。
最初に蹴り飛ばしたスケルトンが体勢を立て直し、ゆっくりと距離を詰めてくる。
スケルトンは試練の塔でも出現する魔物だが、こちらのほうが大きい。
大の大人ほどもある。
「にしても厄介な奴が来たな」
「あんまり強そうには見えないけど……もう1体倒しちゃったし」
「それがそうじゃないんだよ」
首を飛ばされたスケルトンが頭部なしの状態で立ち上がった。
もう1体とともに剣を構えながらにじりよってくる。
「えぇっ、それでも動くの!? 頭ないよ!?」
大抵の魔物は首を飛ばせば倒せるが、スケルトンは違う。
「こいつらハンマーで胴体を粉砕してやればすぐに倒せるんだが、そうじゃない場合は頭と四肢を胴体から切り離さないと倒れねぇんだよ」
「しゅ、執念深いんだね……」
「骨だけになっても動いてるぐらいだしな」
そんな軽口を言ったとき、スケルトンの間を縫うように矢が飛んできた。
先ほど同様、ソードブレイカーで弾く。
その間にファイター2体が距離を詰めてきた。
首なしは剣を振り下ろし、もう1体は薙ぎを放ってくる。
アッシュは自ら前へ出た。
首なしの一撃をソードブレイカーで受け、勢い任せに弾き飛ばす。
さらに薙ぎを空振りしているもう一方へと体を向け、その手首へとスティレットを見舞う。が、ガリッと削るような音を鳴らすだけで貫けずにそれてしまった。
肉ならともかく、やはり骨のような細いものを貫くのは容易ではないか。
休む間もなく敵から切り返しが繰り出される。
アッシュは回避しつつスティレットを収めると、ソードブレイカーを右手に持ち替えた。
敵の首、両腕、最後に両脚へと淀みなく刃を流し、解体する。
目の前のスケルトンがカラカラと音をたてて崩れていく。
1体がただの骨となった直後、首なしが突きを繰り出しながら向かってくる。
全身骨だらけのせいか、動くとカタカタと音が鳴るので反応しやすい。
限界まで近づいてから剣を躱し、敵の両手首を切断した。
剣を握った骨の手が地面へと落ちる中、アッシュは敵の裏側へと回り込む。
屈みながらソードブレイカーを横に払い、その両脚を胴体から切り離した。
分断された四肢や頭部とともにスケルトンの体が消滅していく。
2体のファイターを葬った。
あとは奥のアーチャーのみ。
そう思った直後、3本の風の矢が向かってきた。
飛び退いて躱しながら飛んできた方向を見やる。
「……増援かよ」
1体しかいなかったアーチャーが3体に増えていた。
しかも、左右からはカサカサと葉擦れの音が近づいてきている。
おそらくファイター2体だろう。
ファイターの処理に時間がかかれば、またアーチャーが増えてしまう。
とはいえ、現状の武器ではファイターをすぐに処理するのは難しい。
となれば取れる選択肢はひとつ。
逃げるしかない。
「いやぁああああっ!」
ふいにクララの悲鳴が聞こえてきた。
振り向くと、杖をブンブン振り回す彼女が目に入った。
いったいなにに怯えているのか。
ぱっと見ではわからなかったが、視線を少し下げた瞬間に理解した。全長が人間の胴体ほどもある青紫色の芋虫が、うねうねと地を這いながらクララに向かっている。
「今度はクロウラーか……!」
「芋虫無理! 芋虫無理!」
クララはなりふり構わずフロストアローを放ちはじめる。
ここは緑の塔。
おそらくクロウラーは青の属性への耐性が高いと思われるが、効果がないわけではないらしい。
その皮膚にプチッと小さな穴があいた。
紫色の液体がどろりと流れ出てくる。
「ひぃぇぇ……っ」
よほど芋虫が嫌いらしい。
クララは気絶寸前といった様子で青ざめていた。
このままでは本当に倒れかねない。
またも飛んできた風の矢を避けながら、アッシュは構えた鞭でクロウラーを弾き飛ばした。放心状態のクララのもとまで向かい、その手を引いて入口の門へと走る。
「観光は終わりだ。一旦逃げるぞ!」