◆第九話『3姉妹の連携』
「レオ、右に流してくれ!」
「了解!」
けたたましい咆哮をあげながら猛進してきた黒肌の地竜がレオの盾によって弾かれ、進路を右方へとわずかにずらした。
アッシュは前へと駆けだし、敵の左前足の膝へとハンマーをぶちかます。ごんっと鈍い音が響いた。当てた直後は手放さない程度に極限まで力を抜いて衝撃を殺す。
そばを通り過ぎた敵が少し先で体勢を崩していた。
腹を地面にこすりつけるようにしてすべっていく。
「ラピス!」
こちらが指示を出すよりも早くラピスは敵の横腹へと接近していた。勢いのままウィングドスピアをぐさりと突き刺す。一撃では浅いようだったが、彼女は素早く引くと、華麗な手さばきで槍を旋回。もう一度、抉り込んだ。
黒い地竜が怒り狂ったように足をばたつかせ、低い唸り声をあげた。
途端、アッシュは体がだるくなった。見下ろせば、足が無数の影の手によって掴まれている。《ゴーストハンド》だ。地竜からほど近い場所にいる近接組――レオとラピスも《ゴーストハンド》に捕まっている。
「任せて!」
クララの《ディスペル》によって、ラピスの《ゴーストハンド》がすぐさま解除される。ラピスは先ほどこじ開けた敵の肌に追撃をするのかと思えば、その場から退避。新たな傷をつけんと敵の背中へと飛びかかっていた。
入れ替わるようにしてルナの矢が先ほどラピスのつけた傷に突き刺さっていく。ルナの矢では地竜の硬い鱗を突破することはできない。ゆえに場所を譲ったのだろう。
その間にアッシュはクララに《ゴーストハンド》を解除してもらった。すかさず敵の背後から接近し、後ろ左足のつけ根へとアックスで斬りかかる。4撃見舞ったところでレオも到着し、逆側の後ろ右足へと攻撃開始。
まもなく黒い地竜はずしんと重々しい音を鳴らして地にひれ伏した。その巨体を薄れさせ、すっと空気に溶け込むように消えていく。
ラピスがチームに加わってから10日後。
赤の塔76階まで攻略したのち、試しにと黒の塔71階に挑んでいた。
構造はほぼ赤の塔と同じ。違うのは壁や地面に血脈のごとく張り巡らされた線が紫色なことぐらいだ。そんな色が灯となっているからか、辺りは禍々しい空気で満ちていた。
「上からちっちゃい飛竜、5体きたよ!」
クララの焦った声が響き渡る。
それは人2人分程度まで縮小した飛竜そのものだった。ぱたぱたと翼を細かくはばたかせながら上空を素早く飛びまわっている。
小型飛竜たちは斬撃では届かない高さを維持しながら口を大きく開け、紫色の液体――毒を吐き出してきた。
アッシュは危なげなく回避する。先ほどまで立っていた地面に毒が付着し、じゅぅという音とともに白い煙を出した。避けるのはたやすいが、当たれば無事ではすまない攻撃だ。油断はできない。
アッシュはハンマーアックスを背負いなおし、腰裏の剣帯からスティレットを抜いた。すかさず光の笠を放ち、1頭を撃墜。その間にクララも《フレイムレイ》で撃墜していた。
残りは3頭。いまも飛び交いながら毒を吐いているが、ルナの矢が翼膜を射抜いた。小型なこともあり、穴ひとつでも飛行を維持できなかったらしい。3体が体勢を崩しながら、ゆるやかに墜ちてくる。
その落下先へとラピスが素早く移動し、槍で裂くようにして一閃。2体を瞬く間に倒してしまう。残り1体が苦し紛れに毒を吐き出す。が、ラピスに触れる直前で光の膜によって消滅した。
弾いたのはなにかの魔法でも血統技術でもない。彼女が耳に装着している毒無効の効果を持つ《スコーピオンイヤリング》だ。
ラピスが最後の1頭の口へと穂先を繰り出し、貫いた。悲鳴をあげることすらままならぬまま、残った1頭が消滅していく。
いまの戦闘前にも地竜5頭、飛竜2頭と連続で戦っている。全員の様子を見ても疲労がたまっているのは明らかだ。このまま一息つきたいところだが、ゆっくりしていれば再び湧いた魔物に囲まれる可能性がある。
「疲れてるだろうが、もう少し進むぞ!」
◆◆◆◆◆
しばらく進むと、大穴に行きついた。
かなりの規模だ。少なくとも飛竜が悠々と飛びまわれるほどには広い。深さも相当なものだが、霞がかかっていて底は見えなかった。
幸いにも大穴の縁辺りには魔物は湧いていなかったので一旦そこで休憩をとることにした。全員が疲れたように息をつきながら、その場に座り込む。
「それにしても、さっきのは見事だったね。おかげで僕の攻撃する暇がなかったよ」
レオがそう称賛の言葉を口にした。
アッシュは「ああ」と同意する。
「ほんと最初とは見違えるぐらいよくなった」
初めはどうなるかと思われたラピスと後衛組の連携だが、いまやあのときの心配が冗談に思えるほど抜群の連携を見せていた。
「ま、ラピスとはこれぐらいやれるってボクは最初から思ってたけどね」
「うんうん、なんたって3姉妹だしっ」
ラピスを挟むようにして座ったルナとクララが揃って得意気にそう言った。
アッシュは首を傾げる。
「……3姉妹?」
「よくわからないけど、そういうことになった……みたい」
そう答えるラピスは照れつつも、まんざらでもない様子だ。
彼女たちの関係が目に見えて変わったのはチームを組んで初めての狩り後――ログハウスで一緒に風呂に入ってからだ。おそらく、あのときになにかきっかけとなることがあったのだろう。
そんな彼女たちの仲睦まじい光景に触発されてか。
レオが決意に満ちた顔を向けてくる。
「アッシュくん、これは僕たちも負けてられないね」
「競うな、手を伸ばすな」
ばしんと叩き落す。
痛がるレオを無視して、アッシュは今日の方針を相談する。
「妨害魔法は鬱陶しいが、意外と順調に進めてるよな。このまま今日中に突破しちまおうって考えてるけど、みんなはどう思う?」
「もし長引いたとしても日をまたぐことはないと思うし、わたしは賛成」
ラピスがそう答えると、ほかのメンバーも賛成の意を示した。
「ま、多少無理してでもやっぱり帰れるなら帰りたいよね」
「ええ、お風呂もあるし」
「ふかふかベッド!」
ルナが苦笑しながら言うと、ラピスとクララが力強く頷いていた。たしかに体を休めるという点に関してはログハウスに分があるが……それ以上に女性陣としては様々な理由から野宿を避けたいようだ。
「それじゃ、あと一息頑張っていこーうっ」
そうしてクララが意気揚々と声をあげて立ち上がったとき。
岩柱の陰を移動するようにして、小型の飛竜が猛然と突撃してきた。奇声とともにその口を開け、毒液を吐き出す――。
「危ないっ!」





