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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【瑠璃の憧憬】第二章
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◆第七話『ラピスの反省会』

「ラピス、少しいいか?」


 そう声をかけながら、アッシュは自室の向かい――ラピスの部屋の扉を小突いた。だが、しばらく待ってみても返事はない。


 塔から帰還するなりラピスが部屋に閉じこもってしまっていた。本日の狩りで連携が上手くいかなかったことが理由なのは間違いないだろう。


 もう一度、扉を叩いてみるが、やはり反応はない。


 チームに誘った身としての責任も感じているが、なによりただ彼女が心配だった。しかたない、と思いながらアッシュは勝手に扉を開ける。


「入るぞ」


 アッシュは中へと踏み入る。


 引越してきたばかりとあって中はあまり生活感がなかった。

 家具はベッドと棚。保管庫のみだ。


 2つの大きな鞄が床に置かれており、思わず踏みそうになった。中からは服やら雑貨やら色々なものが顔を出している。……どうやら荷解きはまだ終わっていないらしい。


 壁際に置かれたベッドの上で、ラピスは両膝を立てて座っていた。こちらを見るなり、彼女は逃れるように膝の間に顔を埋める。


 アッシュは答えのわかりきった質問をする。


「落ち込んでるのか?」


 ラピスが小さく頭を上下に揺らす。

 どうやら肯定らしい。


「初日からそうそう上手くいくもんじゃないだろ。あまり深く考えなくても大丈夫だ」


 そう声をかけると、ラピスは両腕で脚を引き寄せるように抱いた。やはり連携が上手くいかなかったことが理由で間違いないようだ。


「ラピスが入ったおかげで火力が大幅に上がったのは間違いない。その証拠に1日で突破できるかもってところまでいけただろ」

「でも、失敗してたら意味ないわ」


 どうやら励ましの言葉は裏目に出てしまうらしい。

 ラピスが顔を埋めたまま震えた声をもらす。


「……チームで狩るのがあんなに窮屈だなんて思わなかった」

「ずっとひとりで狩ってきたんだ。いきなり上手く連携しろっていうほうが無理がある」


 話を聞く限り、リッチキング戦のような突発的なものを除けば、ラピスはこれまでチームを組んだことがないようだった。そんな彼女が初回から最高の連携を見せていたら奇跡のようなものだ。


 とはいえ、それを言い訳にしたくないという彼女の想いも充分に理解できる。


 ラピスがかすかに顔をあげた。はらりと金の髪が一束垂れる中、ぼそりと質問を投げかけてくる。


「ねえ、どうしてあんな風に狩れるの?」

「それこそさっき言った時間のおかげだ。あそこまでチームとして一緒に狩りをしてきたから、あいつらがどう動くかは大体わかってる」

「だからって、ほとんど後ろも見ずになんて……」


 ラピスは自身でその光景を想像できないのだろう。

 悔しげに下唇を噛んでいた。


「ま、大事なのはあいつらを信頼してるかどうかかもな」

「信頼……」

「まだひとりでやろうって考えてるとこあるだろ」


 そんなことはないとばかりに抗議の目を向けてくるラピスだったが、すぐさま勢いをそがれたように視線を落とした。


「それは……少しある、かも」

「じゃ、まずはそこからだな」


 アッシュはラピスの正面に立ち、目線を合わせるように屈んだ。


「せっかく仲間になったんだ。ラピスもあいつらのことを信頼してくれたら、やっぱり俺も嬉しい」

「……うん」


 ラピスは幼い少女を思わせるような、か細い声で応じた。それから彼女はこちらに向かって手を伸ばしてくる。


「アッシュ。手、貸して」

「ん? べつに構わないが」


 言われたとおりに手を差し出すと、ラピスの両手に掴まれた。そのまま引っ張られ、彼女の額にそっと当てられる。


「あ~……それはなにをしてるんだ?」

「内緒」


 そう答えたラピスは目を瞑っていた。まるで祈りを捧げるようにじっと動かずにいる。と思いきや、にぎにぎと手の感触をたしかめはじめた。


「最近、甘えたがりが加速してないか」

「す、少しぐらいいいでしょ」

「少しでいいならもう充分だろ」

「だめっ。も、もうちょっとだけ……」


 悪戯心から手を引こうとしたが、勢いよく引き戻されてしまう。まるで駄々をこねる子どものようだ。アッシュはくすりと笑みをこぼし、さるがままでいることにした。


 そうして静かな時間を過ごしていると、扉がこんこんと叩かれた。


「少し話があるんだけど開けてもいいかな?」


 声の主はルナだ。

 アッシュは手を離したのち、無言でラピスのほうを見やった。


 彼女は少し怯えているようだった。やはり本日の狩りでの失敗もあり、ばつが悪いのだろう。助けをこうような目を向けてきたので、アッシュは力強く頷いて背中を押した。


「え、ええ」


 ラピスがこわばった声で返事をすると、かちゃっと扉が開けられた。ルナが顔を見せるなり、目をぱちくりとさせる。


「あれ、アッシュ?」

「ちょっと2人で話してたんだ」


 その言葉ですぐに察したらしい。

 ルナはなにも訊いてこなかった。


「……それで話って?」


 ラピスが急かすように言うと、ルナが扉をさらに開いて体を引いた。生まれた隙間からクララがひょこっと顔を出した。彼女の両手にはタオルが抱かれている。


「一緒にお風呂入らないかなって」

「お、お風呂?」

「うん、お風呂。昨日入ったと思うけど、ここのって大きいでしょ。だからたまにルナさんと一緒に入るんだけど、よかったらラピスさんも一緒にどーかなーって」


 言って、クララが緊張の面持ちを向ける。

 突然のことにラピスはどうすればいいのかと困惑しているようだった。


 親交を深めるいい機会だが、ラピスのことだからこのままでは断りかねない。アッシュは代わりに返答する。


「行くってさ」

「ちょ、ちょっとなにを勝手に――」

「断られたらどうしようかと思ってたからよかったよ」


 ラピスの言葉をさえぎるようにルナがそう言った。

 彼女のことだから間違いなく断らせないためだろう。


 ラピスが行き場をなくした気持ちをぶつけるようにこちらを睨んできた。アッシュは気にせず快活な笑みで応じる。


「ちょうどよかったじゃねえか。行ってこいよ」

「……うん」


 少しためらい気味だったが、どうやら行く気になったようだ。

 アッシュはクララたちと先に部屋をあとにすると、ラピスも慌てた様子ですぐに出てきた。見るからに急いで準備してきたといった様子だ。


「おっふろーっ! おっふろーっ!」

「ちょ、ちょっとっ。そんなに急がなくてもっ」


 クララに手を引かれ、戸惑いつつも浴場へと向かうラピス。ルナが微笑を浮かべながら後ろを歩いているが、まるで子を見守る親のようだ。


 と、彼女が急に立ち止まり「あっ」と声をあげた。振り返り、悪戯っ子のような笑みを向けてくる。


「アッシュ、覗いたらダメだからね」

「するわけないだろ」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
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