◆第六話『初めてのチーム戦』
くすんだ空を彩る無数の星々。普段なら首が痛くなるほど見上げてようやく視界一杯に映るそれらも、いまはただ横に目を向けるだけで多くを映すことができる。
だが、あいにくといまは星を眺めながら会話に花を咲かせたり、酒を楽しんだりなんてことをする余裕はいっさいなかった。
「急げ! 湧きがぎりぎりだ!」
アッシュは叫び、仲間たちを急がせる。
赤の塔、71階から72階へと通じる柱廊を上がっているところだった。すでに一度突破した階ではあるが、ラピスがまだ突破できていなかったこともあり、再度挑むことになったのだ。
どどど、と慌しい足音を鳴らしながら3体の魔物が飛びだしてきた。
全高は人の2倍ほど。鳥脚類のように太い二の足で立ち、細い前足をぶらぶらとさせた竜種だ。ほかに特徴的なのは爬虫類のような鋭い目や艶のある鱗ぐらいか。
地竜や飛竜に比べるとかなり小柄だが、その分だけ俊敏だった。
3体の敵は最前線に立つレオへと瞬く間に接近すると、頭頂部での頭突きを繰り出しはじめた。一撃入れては後退、入れ替わりながら3体が同様の攻撃をしかけてくる。
「ぐっ……!」
レオは盾で完璧に防いでいるものの、衝撃だけは殺しきれないようだった。一撃受けるたびに手前側へと押しやられていく。
「レオ、2体そらせ!」
こちらの指示に従い、レオが盾を巧みに操って敵2体の突進をそらした。塔の外側――右方に陣取ったこちらに1体、塔の内側――左方に陣取ったラピスに1体の形だ。
敵がレオの背後をつかないよう、アッシュはすぐさま距離を詰めた。敵もこちらに狙いを定めたらしい。よだれつきの獰猛な牙を覗かせ、食い殺さんと口を開いて襲いかかってくる。
接近する直前に敵の進路から外れ、ハンマーを横腹にぶち当てた。鈍い音と肉がへこんだ感触。これ以上ないぐらいの手応えだ。しかし、敵はよろめいただけで倒れはしなかった。体勢をたてなおし、すぐに飛びかかろうとしてくる。
相変わらずの耐久力に乾いた笑いをこぼしそうになるが、これが初戦闘ではない。アッシュは即座に敵の脳天にハンマーを叩き落とした。敵が顎を床につけ、べたんと貼りつく。
さらに追加で攻撃を浴びせることはできるが、倒すまでにおそらくあと3発は必要だ。ならばとアッシュは後退し、叫んだ。
「クララッ!」
「うんっ」
後方で控えていたクララから放たれた極太の《フロストレイ》が敵の胴体に命中。厚い鱗に防がれて肉を貫くことはできなかったが、しまいには押しやるようにして敵を弾き飛ばした。
まるで糸切れた人形のようにころころと転がった敵が倒れ、消滅していく。
アッシュは急いで塔の内側――ラピスのほうを確認する。
いまだ彼女は敵と交戦中だった。敵の攻撃を華麗に躱しながら、反撃を受けないときだけを選択し、ウィングドスピアで着実に攻撃を加えている。71階とはいえ、ひとりでずっと竜種相手に戦ってきただけのことはある。
このまま問題なく処理できるだろう。
だが、進むにはやはり遅い。
彼女の後方へと視線を向ければ、渋い顔で弓を構えているルナが映った。ラピスが目まぐるしく立ち位置を変えることもあり、なかなか矢を放てないようだ。
結局、ラピスはひとりで倒してしまった。
彼女の槍によって貫かれた敵が消滅していく。
レオもまた対峙する敵の口に長剣を突き刺し、倒しきっていた。剣を抜き取りながら、彼は切羽詰ったように叫ぶ。
「追加、地竜だ!」
凄まじい揺れを感じた。
空気を震わすような咆哮も聞こえてくる。
壁向こうから飛びだしてきたのは、レオの言葉どおり地竜だった。地竜の横幅は柱廊と同程度。前から壁が迫ってきているようなものだ。無視して進むなんてことは絶対にできない。
「詰めるぞ! ブレスを吐かせるな!」
アッシュはラピスとともに前方へと駆ける。その最中、一足先に肉迫したレオが敵の口内や目に向かって長剣で突きを繰り出していた。
敵は頭部を振り回しながら、その大きな前足で応戦。レオは盾でなんとか防いだものの、あまりの衝撃に弾き飛ばされていた。
レオと入れ替わる形でアッシュはラピスと同時に敵へと肉迫。その頭部へと一撃、さらにもう一撃を加えた。互いに肉まで徹すことはできなかったが、充分な損傷を与えられたらしい。敵がもがき苦しむように暴れはじめた。
敵ががちがちとなりふり構わずに噛み付き攻撃を繰り出してくる。たまらずアッシュはラピスと一旦離れる。その間にクララが《フロストバースト》を敵の頭部にぶつけた。まばゆい閃光ののちに無数の氷片が弾けるように飛び散る。
たまらず呻いた敵が左前足を折り、体勢を崩した。かなり弱っている。これまでの経験からしておそらくあと一撃で沈むだろう。
ラピスもそう判断したらしい。
矛先を敵に向けながら、即座に駆けだしていた。
「危ないっ!」
ルナの叫び声が聞こえた直後、ラピスの目の前を矢が通りすぎていった。急停止したラピスが体勢を崩し、その場で倒れ込んだ。
ルナの放った矢は敵の口内へと突き刺さった。それがトドメとなり、敵はその姿を薄れさせ、ついにはジュリーと化した。
ルナがラピスのもとへと慌てて駆け寄る。
「ごめんっ。大丈夫!?」
「え、ええ……」
ルナの手を借りて起き上がるラピスの顔は曇りに曇っていた。一見してルナのミスにも思える先ほどの攻撃だが、もとを辿ればラピスのミスだ。その理由をおそらくラピス自身もわかっているのだろう。
アッシュは助言を口にしようかと悩んだが、すぐにすべての思考を遮られた。前方、後方からまたも魔物の足音が聞こえてきたのだ。
「前からもう1体、地竜だ!」
「アッシュくん、後ろからちっちゃいの5体!」
レオに続いてクララが叫んだ。
アッシュは思わず舌打ちしてしまう。
ラピスが加わり、チームの火力自体は大幅に上がっている。このまま戦っても充分に処理できる可能性はあるが……。
先ほど――いや、本日の狩り中、何度も目にした連携の失敗が脳裏にちらついた。
いまは危険を冒してまで進むときではない。
アッシュは一瞬でそう判断し、指示を飛ばした。
「全員、すぐに飛び降りろ! 撤退だッ!」





