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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【精霊の泉】第二章

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◆第三話『悪戯妖精』

 呆けながら木を見上げていると、チェルフが腹を抱えながら独特な笑い声をあげた。

 どうやら馬鹿にされているらしい。


「あんのやろー」

「す、すごい煽られてるね……」


 チェルフを睨みつけていると、頭上になにか違和感を覚えた。

 手で探ってみたところ、掴んだのは一枚の葉だった。

 辺りにも葉がたくさん落ちている。


 と、チェルフが木の棒を円を描くようにくるりと振るった。

 連動するように落ち葉が一斉に浮き上がり、渦を巻くようにして天井へと舞い上がりはじめる。初めは柔らかだった風が、数瞬後には突風へと変貌した。


 足が床を離れ、体が徐々に持ち上げられていく。

 アッシュはとっさに近くの木の枝を掴んだ。

 が、クララは機を逸して、さらに上方へと押し上げられていく。


「こんなの知らないよ!? って、うわぁっ。アッシュくん!」

「掴まれ!」


 鞭の柄をクララ側へと投げて掴ませた。

 ぐいと手繰り寄せ、そのまま抱き寄せる。


 ほぼ同時、巻き上がる突風が止んだ。

 床に下り立ってクララを離す。


「あ、ありがと……死ぬかと思った」


 心底ほっとしたようにクララが息を吐く。

 ボサボサになったこちらの髪型を見てか、またもチェルフが大声で笑っていた。


「……遠距離戦は不利だな。近接戦で仕留めるッ!」

「気をつけて!」


 アッシュはスティレットを抜いて駆け出した。

 チェルフが近づかせまいと木の棒を振るい、幾本もの木を生やして牽制してくる。だが、木の棒を振るった瞬間さえ見逃さなければ避けるのは容易かった。


 足下に魔法陣が描かれるよりも早く回避行動を取り、次の足場へと移る。

 さらに走る速度を上げ、巻き起こる突風の範囲からも逃れていく。

 やがて手が届く範囲まで近づいたとき、チェルフの苛立った顔が見えた。


「悪戯っ子はとっちめてやらないとな!」


 順手に持ったスティレットで、その小さな肉体へと突きを見舞う。

 だが、まるで風に揺られた葉のようにひらりと躱されてしまった。

 先ほどまでの焦った顔は嘘だと言わんばかりに、チェルフが腹を抱えて笑う。


「キシシシシシシッ!」

「ちぃっ、ちょこまかとっ」


 続けて攻撃を繰り出すが、かすめることすらできない。

 それどころかチェルフはわざと接近を許していたようで、いとも簡単に範囲外へと抜けてしまった。これではスティレットが届かない。


「クララ、当てられるか!?」

「やってみる!」


 威勢の良い返事から間もなく、チェルフ目掛けてフロストアローが放たれるが、あっさりと躱されてしまう。


「ごめん、速過ぎて無理かも……!」


 チェルフが空中で踊ったあと、あっかんべーと舌を出した。


「キシシシシシシっ!」

「なにあれ、馬鹿にしすぎでしょー!」


 クララはがむしゃらにフロストアローを放ちはじめる。

 だが、そのどれもが踊りながら躱されてしまった。

 ついにチェルフがあくびをしはじめる。


「むか――ッ!」


 すっかりクララはムキになってしまったようだ。

 ただ、そんな彼女のおかげでアッシュは逆に冷静になることができた。


 あれほど素早い相手に攻撃を当てるなんてまともな方法では無理だ。

 なら――。


「あいつの周りに撃ち続けてくれ!」

「え、あえて外すの!?」

「そうだ!」


 アッシュはスティレットを仕舞い、今度は鞭を構えた。

 当のチェルフは首を傾げながら、こちらを興味深そうに見ている。


「よくわかんないけど、了解だよっ!」


 クララによってフロストアローが放たれたのを感じとった、瞬間。

 アッシュは鞭を繰り出した。


 たわみ、伸びきり、乾いた破裂音が広間に響き渡る。

 我ながら最高の一撃だったが、あっさりと避けられてしまう。


 だが、その避けた先にちょうどフロストアローが向かっていた。

 チェルフが慌てた様子で回避したのち、首を縮めて動揺しはじめる。


 ――鞭を繰り出せば敵は回避を選択せざるを得ない。そして回避した先に、あえて的を外して放ったフロストアローが偶然でも向かえば命中する可能性はある。


 分が悪い賭けかと思ったが、どうやら敵の様子を見るに狙いは悪くないようだ。


「もっとだ! 可能な限り撃ち続けてくれ!」


 次から次へと後方からフロストアローが飛んでくる。

 それにあわせてアッシュは鞭を繰り出していく。


 まだ攻撃はかすりもしないが、チェルフは大袈裟な回避運動をとるようになってきた。

 このままでは捉えられると思ったか、反撃に木を生やしては突風を巻き起こしてくる。


 だが、アッシュはそれらすべてを躱しながら攻撃を続けた。

 やはり木の棒さえ見ていれば当たる気がしない。

 と、悔しそうに顔を歪めたチェルフがクララのほうを向いた。


「クララ、来るぞ!」

「えっ」


 チェルフによって木の棒が振るわれ、クララの足下から木が飛びだした。

 クララは身を投げて間一髪で逃れるも、次の突風で体を持ち上げられていく。


 どうにかして止めなければ。

 その一心から、アッシュは鞭でチェルフを牽制する。


 だが、あっさりと回避されてしまう。

 やはり単発で捉えるのは難しいか。

 そう思ったとき――。


 チェルフの頭に氷の矢が命中した。

 氷の破片がぱらぱらと舞う中、チェルフがふらつきはじめる。


 アッシュは肩越しに後方を窺うと、クララが木の枝に掴まりながら右手を突き出しているのが見えた。突風に揺られながらという不利な体勢であるにもかかわらず、フロストアローを放ったのだ。


 すぐさま気持ちを切り替え、鞭を繰り出した。

 パシンと音をたててチェルフが吹き飛んでいく。意識を取り戻したか、空中で静止していたが、さらにもう一度鞭を打って壁際へと叩きつけた。


 ずるずると床へと落ちる最中、チェルフの頭部が膨れ上がろうとしていた。

 一定の傷を負ったからか、次の形態へと移ろうとしているのかもしれない。

 チェルフの顔がどんどん険しくなっていく。


 アッシュは鞭を放り投げ、スティレットを抜いた。

 そのままチェルフに接近し、勢い任せに顔面へと突き刺す。


 これまでの可愛らしい声が嘘のように野太い悲鳴があがる。膨らみかけた頭部が風船のようにしぼんでいき、ついにはシュポンと音をたてて体ごと消滅した。


 少しの間、本当に倒したのか不安だったが、チェルフが生み出した木々が消えていくのを見て、ようやく確信を持つことができた。


「あいたっ」


 掴まっていた木が消えたことで床に落ちたらしい。

 クララが尻をさすりながら涙目になっていた。


 アッシュはスティレットを収めると、息を吐いて体から力を抜いた。

 鞭を拾い、クララのもとへと向かう。


「よくやってくれた。最後の一撃、いかしてたぜ」

「じ、自分でもちょっと頑張ったかなぁ、なんて。えへへ」


 まんざらでもないようで、クララは嬉しそうに口元を緩めていた。

 クララに手を貸して起こしたあと、敵のいなくなった広間を改めて見渡す。


「しかし、意外とあっさりいけたな」

「まだなにかしようとしてたみたいだけどね」

「やれるときにやっとかないと赤の10階みたいに面倒なことになりそうだと思ってな」


 実を言うと、どんな風に強化されるのか気になって手を緩めそうになったのは内緒だ。


「でも、あたしももうちょっと貢献したいなぁ」

「なに言ってんだ。クララが一発目を当ててくれたおかげで倒せたんだろ」

「そうかなぁ」


 会話中に2体のガマルがジュリーを食い終わり、ゲップをかましていた。

 アッシュは残った緑色の宝石2つを摘み、1つをクララへと放る。


「そんなに気になるなら、それで今度は貢献してくれればいいさ」

「これってウインドアローの魔石!? すごい! ……もらっていいの?」

「約束したろ。魔石はクララのものだ」

「やたっ。ありがとう、アッシュくん!」


 弾けるような笑みで礼を言われた。

 フロストアロー同様、長い間、装備が変わることなんてなかったから余計に嬉しいのだろう。


「あとは緑の属性強化石が1つだ」

「お~、大収穫だね! アッシュくんつけるの?」

「保留だな。また必要になったら考えよう」


 自分で使うのもありだが、クララのウインドアローを強化するという手もある。

 今回のチェルフ戦で痛いほど感じたが、遠距離攻撃の手段が多いことに越したことはないからだ。


「ひとまずこんなところか。クララ、元気か?」

「え、ちょっと待って……もしかしてまだ進むの!?」


 冗談だよねと顔を引きつらせるクララ。

 アッシュは口の端を吊り上げながら、光射す出口のほうを見やる。


「この際だ。ついでに11階も覗いてみようぜ」




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