◆第二話『女30人寄れば』
「アッシュ、断られたんだよね」
翌日。朝一番に訪れた委託販売所を出て、レオとの待ち合わせ場所――赤の塔へと向かう道すがら、ルナがそう訊いてきた。
アッシュは「ああ」と頷いて答える。
「しかも微妙な空気でな。それからあからさまに避けられて話もできない感じだ」
「だとしたら、どうしてあんな風につけてくるんだろうね」
ルナと揃って肩越しに後ろを確認する。
少し離れたところの建物の角から、ラピスが顔を出してこちらを窺っていた。彼女は目が合うなり、慌てて路地の陰に隠れてしまう。
本日もラピスにあとをつけられていた。
昨日よりもかなり雑で、まるで気づいてくれと言わんばかりだ。
ルナが少し思案したのち、口を開く。
「クララ。ちょっとこっちにきてアッシュの腕、握ってみて」
ご機嫌な様子で前を歩いていたクララが振り返り、首を傾げる。
「え、どうして?」
「いいからいいから」
「う、うん……」
クララが促されるがまま隣に並んだ。
遠慮がちに腕をにぎにぎと掴んできたのち、うわぁと感嘆の声をもらす。
「やっぱり硬いね。でも、岩って感じでもないし、なんか不思議な感じ」
「ま、しなやかさもないとあの動きはできないよね」
いつの間にかルナも触っていた。
ただ、その触り方はクララのように掌だけではなく、両腕で抱き寄せる形だった。
「おい……感触たしかめるのに抱く必要ないだろ」
「そこはほら、愛情表現も兼ねてってことで」
言って、横目で後方を窺うルナ。
なにか得心がいったような顔をしている。
「……ふーん、なるほどね」
「なにがなるほどなんだ?」
「べっつに~」
ルナがとぼけるようにそっぽを向いた。
自分でも答えを知るため、アッシュはラピスのほうを見やる。と、怒っているのか悲しんでいるのか、よくわからない複雑な顔で迎えられた。
――そういうことか。
そうして漠然と理由を悟ったとき。
「アシュた~~んっ! とうっ」
どこからか覚えのある声が聞こえてきた。声のほうを見ると、顔面から飛び込んでくるマキナが映り込んだ。が、それも一瞬。「ごふっ」と呻き声をもらし、左方へと弾かれるようにして飛んでいった。
代わりにマキナを殴り飛ばした犯人――ユインが目の前にすたっと止まった。何事もなかったかのようにしとやかに頭を下げてくる。
「こんにちは、アッシュさん」
「あ、ああ。……いつもながら遠慮がない一撃だな。てかマキナの奴、泡ふいてるぞ」
「あのぐらいやらないと止まりませんから。大丈夫です」
はっきりと言い切るユイン。……マキナはオーバーエンチャントをするなら武器よりもまず防具を先にするべきかもしれない。
ユインの向こう側から、ぞろぞろと女性集団が歩いてくるのが見えた。総勢30人ほど。見知ったメンバーばかりなので、すぐに《ソレイユ》だとわかった。彼女たちが近くに立ち止まるなり、声をかける。
「ほとんど揃ってるな」
「これからギルドでレア種を狩りにいこうと思ってね」
そう答えたのは先頭に立つヴァネッサだ。
「この人数ってことは40階辺りか?」
「正解。ま、どこにあるかは教えられないけどね」
彼女は口の端を吊り上げ、意地の悪い笑みを浮かべる。
レア種を狩って得られる恩恵は大きい。
いくら親しい仲とはいえ、このあたりの分別はつけているというわけだ。
「ですが、2人きりでお酒も入ったら……わたくし、うっかり話してしまうかもしれません」
まるで祈りを捧げるような格好でオルヴィが言った。
いったいなにを想像しているのか、その顔は恍惚に染まっている。
隣に立つドーリエが呆れたようにため息をつく。
「オルヴィ、あんた溺れすぎだよ」
「ですが女は恋してこそだと思うのです」
「そのセリフ、ちょっと前のあんたに聞かせてやりたいよ……」
たしかに男を汚物のような目で見ていた頃のオルヴィでは考えられない光景だ。
「それじゃ、あたしたちは行くよ。アッシュ、またそのうち酒場で」
言いながら、ヴァネッサがくいと酒を飲むしぐさを見せる。と、はっと意識を取り戻したオルヴィが眉を逆立て、ヴァネッサに詰め寄る。
「ずるいです、マスター! いつもいつも2人きりでっ」
「わ、わかったわかった。今後はあんたも連れてくから」
「約束しましたからね」
あのヴァネッサも暴走したオルヴィには手を焼いているようでたじたじだ。そんな2人に続いてほかのメンバーたちも横を通り過ぎていく。
「それではみなさん、また」
「おう、頑張れよ」
ユインも頭を下げたのち、ギルドメンバーのところに合流する。そのそばにいた彼女のチームメンバーであるレインとザーラが振り返った。レインのほうは優しげな笑みとともに手を振り、ザーラのほうは投げキッスを放ってくる。
そんな中、道端で転んでいたマキナがはっと目を覚ましたかと思うや、ぴょんと跳ね起きた。その元気なさまからはユインに殴られた後遺症なんてまるで感じられない。
「ララたん、またね~」
「うん、またね~!」
マキナがぶんぶんと両手を振ったのち、ギルドメンバーのところまで走っていった。改めて見ても通りをほぼ埋め尽くすように歩く《ソレイユ》集団の姿は圧巻の一言だ。
「かしましいってもんじゃないな」
「まんざらでもない顔してたけどね、アッシュ。証拠にほら……彼女、涙目だよ」
クララが手を振って《ソレイユ》を見送る中、ルナが後ろを見るようにこっそりと耳打ちしてくる。促されるがまま振り返ると、ルナの言うとおりラピスが目を潤ませていた。心なしか頬も膨らんでいるように見える。
「もう1回、ちゃんと話したほうがいいんじゃないかな」
ルナが少し困ったように笑いながら提案してきた。
勧誘を断られた直後とはラピスの行動が明らかに変わっている。これはルナの提案に素直に従ったほうがよさそうだ。
「……悪い。先に行っててくれるか」
「了解。しっかりね」
ルナに送り出され、アッシュはラピスのほうへと歩き出そうとする。と、気づいたクララが目をぱちくりとさせながら訊いてくる。
「あれ? アッシュくんどこ行くの?」
「ちょっと用事ができたんだ」
そう言い残して、アッシュは早足でラピスのところへと向かった。接近に気づいたラピスが慌てて建物の角に隠れる。
「ラピス、そこにいるんだろ」
「……いないわ」
彼女の特徴とも言うべき金髪がかすかに陰から出ていた。いつもの卒がない彼女なら気づきそうなものだが、それだけ余裕がないということかもしれない。
「どうしてあとをつけてるんだ?」
「そんなことしてない。たまたま行く場所が同じだっただけ」
「そろそろ顔を見せたらどうだ?」
「いや」
声からも拗ねているのがありありと伝わってくる。
無理に距離を詰めることはできるが、それではすぐに逃げられる気がした。なにかいい方法はないかと考えたとき、ぱっと思いついたものを口にする。
「明日の夜、久しぶりに行かないか? もちろん俺の奢りだ」
夜の《スカトリーゴ》の誘いだ。
とはいえ、さすがに安直すぎたかもしれない。
そう思っていたのだが――。
ラピスがおそるおそるといった様子で出てきた。
こちらに顔を向けず、居心地が悪そうにそわそわしている。
その後もアッシュは辛抱強く反応を待っていると、ラピスが一瞬だけちらりと視線を向けてきた。
「……行く」





