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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【瑠璃の憧憬】第二章
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◆第一話『甘いものが好き』

 漂ってくる甘い匂い。

 明るめの色合いで彩られた室内。


 極めつけには目に入るのがミルマや女性挑戦者ばかり、とそこは相変わらず男にとって最悪に居心地の悪い空間だった。


 昼食時、アッシュはケーキ屋の《アミリア》を訪れていた。

 もちろんひとりではない。


 対面の席にはシビラが座っていた。彼女は果実とクリームがたくさん載ったタルトを頬張っては、落ちるのではないかというほど頬を緩ませている。


 アッシュはくすりと笑みをこぼす。


「本当に幸せそうに食うな」

「む、昔から甘いものが大好きなんだ……」


 フォークを持った手を止め、恥ずかしそうに目をそらすシビラ。


「わたしのような女が、と思うかもしれないが」

「べつに誰がなにを好きだっていいだろ。もし気になるなら今後はそういう感じで周囲に認知させりゃいい。お堅いシビラはもういないんだろ」

「……わたしには無理かもしれない」


 シビラは顔を赤くして首を振った。

 いったいどんな人物像を思い描いたのか。


 この照れようから察するにソレイユの垢抜けた女性陣あたりか。たしかに彼女たちのような振る舞いをシビラがしていたら違和感があるかもしれない。……結局のところ人それぞれという奴だろう。


「しかし、よかったのか?」


 シビラが少し申し訳なさそうに言った。


「ん、なにがだ?」

「いや、支払いの件だ」


 そのことか、とアッシュは納得した。

 今回の支払いはこちらが持つと伝えている。


「アルビオンの解散後、残ったメンバーのために再結成して色々頑張ってるだろ。だから、ご褒美って奴だ。ま、部外者の俺にそんなことされても嬉しくないかもだけどな」

「そんなことはないっ」


 シビラが身を乗り出し、声を張り上げた。

 あまりに突然だったこともあり、アッシュは思わず目をぱちくりとしてしまう。ほかの客も何事かとこちらに目を向けている。


 注目を浴びてか、シビラも自身の勢い余った行動を顧みたらしい。羞恥心に身悶えながら座りなおすと、今度はか細い声で気持ちを伝えてくる。


「その……素直に嬉しいと思った。きみのそういう気遣いが……」


 彼女のそばに寄り添って支えることはできないが、できる範囲で彼女の役に立てればと思っていた。反応を見る限り、どうやら少しは力になれたようだ。


 と、なにやらシビラがもぞもぞしながら上目遣いでこちらを見ていた。


「その、褒美ついでに頼みたいことがあるのだが……」

「無理な願いじゃなければべつに構わないが」

「あ、頭を撫でてほしいんだっ」


 アッシュはまたも目を瞬いてしまった。

 改まってなにを言い出すかと思えば頭を撫でてほしいとは予想外も予想外だ。


「あ~……そんなことでいいのか?」


 こくりと頷き、そのまま俯くシビラ。

 耳も首も尋常ではないほど真っ赤だ。


「じゃ、こっちに少し傾けてくれ」

「わ、わかった……っ」


 アッシュは傾けられた彼女の頭にそっと手を置く。


 同じ人間のものとは思えないほど柔らかくなめらかだ。あまりに肌触りが良いものだから壊れ物を触っているような気分だった。髪の流れに添ってゆっくりと撫ではじめる。


「じ、自分で言っておいてなんだが……この歳になってまで頭を撫でられるのは……は、恥ずかしいものだな」

「やめるか?」

「い、いや! ……続けてくれ」


 初めこそがちがちに硬直していたシビラだが、次第にほぐれ、しまいには安心したように穏やかな笑みを浮かべていた。


 いったいどうして彼女がこんなことを願ってきたのか。


 それは幼い頃になくしたという兄に関係しているのではないかと思った。周囲の模範的な存在であろうとずっと気を張っていることも関係がありそうだ。


 きっと誰かに甘えたかったのだろう。


 そんなことを思っていると、がんっと石を叩くような音が外から聞こえてきた。アッシュはすぐさま店の窓から外を覗いてみる。が、なにも異変を見つけられなかった。いったいなんの音だったのか。


 ふと視界の端でシビラが物欲しげな目をしていた。先ほどの物音で無意識に手を放してしまっていたが、どうやらそれが理由らしい。彼女は必死な顔で懇願してくる。


「ま、またお願いしてもいいだろうか……っ」

「こんなことでいいならいつでもいいぞ」

「本当かっ!?」


 弾けるような笑みを浮かべたのち、彼女は「やった!」とひそめた声で歓喜していた。頭を撫でるだけでこれほど喜ばれるのも複雑な気分だが、彼女が幸せならいいかと思うことにした。


 と、どこかから視線を感じた。アッシュは再び窓越しに外を探ると、向かいの建物の角に立つ金髪の挑戦者――ラピスを見つけた。


 彼女は目が合うなり、びくっと驚いたように路地に引っ込んでしまう。

 戦闘時さながらの機敏な動きだ。


 ラピスをチームに勧誘し、断られたのが3日前。

 それから口を利いていない。

 というより避けられているのだ。


 そんな状態とあって、彼女がわざわざこちらを見ていたとは考えにくい。


 きっとたまたま通りかかったのだろう。

 そう、思っていたのだが……。



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もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
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