◆第十一話『野営前の相談』
奥に進んでいくと、前方に右側へと曲がる分かれ道が見えた。
アッシュは人差し指を口元に当て、仲間に音を出さないよう指示を出した。ひとり先行し、分かれ道の先をこっそりと確認する。
中は空洞となっていた。
地竜や飛竜が絶妙に収まらない程度の大きさだ。
罠がないかと試しに足を踏み入れてみるが、なにも起こらなかった。天井は吹き抜けになっていないし、横穴もない。魔物が急襲してくる心配はなさそうだ。
「入って大丈夫だ」
そう声をかけると、仲間たちも空洞へと入ってきた。
レオとルナがあちこちを見回しながら中を観察する。
「ここは……安全地帯みたいだね」
「ボクもそう思う。魔物が暴れた形跡もないし」
2人の見解を聞いて、クララが期待に満ちた眼差しを向けてくる。
「ってことは休憩!?」
「嬉しそうだな」
「うっ……だってさっきの飛竜戦で色々疲れたんだもん~」
「ったく。少し早い気はするが、この先で休める場所があるかわからないし、今日はここで野営するか」
「やった!」
弾けるような笑みとともに元気な声をあげて喜ぶクララ。
相変わらずの現金な姿には苦笑するしかないが、こちらも休憩に嬉しさを感じないわけではなかった。たび重なる竜種との戦闘に思いのほか体力が削られていたからだ。
各々、身につけた装備の幾つかを外し、空洞の中央に座り込んだ。差はあれど全員が疲れたように息をもらしている。早い休憩とは言ったが、どうやら適切なタイミングだったようだ。
「さっきのところ、あの飛竜たちしかいなかったからよかったけど、地竜もいたら絶対やばかったよね」
言いながら、クララがポーチから取り出した魔石を地面に叩きつける。かっ、と光ったのちに現れたのはガマル枕。昨日、野営道具屋で彼女が購入したものだ。
「上のほうには、そういうところあるかもな」
「えぇ~……」
クララがガマル枕をぎゅっと両手で抱きしめる。
ガマル枕の顔が崩れ、さらに間抜け顔になっていた。
「それにしてもやっぱりきついね」
レオが防具を外しながら、そうこぼす。
ただ、言葉のわりに顔は充実したように笑んでいた。
先へ進むことを願っていながらできなかった。そんな時間がずっと続いていたこともあり、新たな地を踏めることがきっと楽しくてしかたないのだろう。
「ま、8等級の装備になればまだマシになるんじゃないか」
「だね。僕はちょっと防具に限界感じてるから帰還したら早速レガリアシリーズを購入するよ。あと武器もかな。強化しないとなかなか固定できないし」
敵の注意を引き、また攻撃を一身に受ける盾役はもっとも装備の質が求められる。8等級階層の敵の強さが規格外なだけに、さすがのレオも危機感を覚えているようだ。
ルナが自身の防具――《インペリアル》シリーズを摘みながら言う。
「結局、7等級の防具は揃えなかったし、さすがにボクたちもここで一式揃えたいね」
「俺は《レガリア》シリーズでいくつもりだ。ルナは?」
「ボクも同じでいこうと思う。《ソル》シリーズの俊敏性向上も捨てがたいんだけど、やっぱりいまは少しでも火力が欲しいから」
同じ考えだった。
8等級階層で思い知っているのが、攻撃の機会がそう多くないということだ。ゆえに攻撃を加えられるときにしっかりと損傷を与えたかった。
「手に入れた7等級の防具交換石を全部売れば揃えられるかもな」
「《レガリア》の一式で大体140万ジュリーだったね」
「最近、あんまり買ってないし、いけるっちゃいけるな」
いま、ガマルの胃袋には180万ジュリーほど入っている。クララもルナも大体、それに近い金額を持っているはずだ。
クララが片頬を吊り上げながら言う。
「あたし、昔にそんな額聞いてたら卒倒してたかも……」
「ベルグリシ戦の報酬もでかかったしな」
言いながら、レオに視線を向ける。
と、彼はにっこりと笑った。
「やっぱり1番硬い盾を目指してる身としては、こういう装備は欠かせないからね。僕もホクホクだったよ」
言って、レオはベルグリシネックレスのある胸元をとんとんと叩く。
本心から思っているようで大量の出費を気にも留めていないようだった。
もちろん、あれで彼の残金が潰えるとは思えない。なにしろ島で一番金持ちと言われているぐらいだ。むしろまだまだ残っている可能性のほうが高い。
「でも、さすがに資金は貯めやすいよね。すでに3個も属性石出たし」
「うんっ、がっぽがっぽだよ!」
ルナの言葉に乗る形でクララがポーチからいつの間にやら出した赤の属性石を見せつけてきた。ほぼ同時、きゅぅ~、と気の抜ける音が鳴った。クララが顔を真っ赤にしながら自身のお腹を押さえる。
「で、でもあたしのお腹はすかすかみたいです……」
「ちょうどいいし、飯にするか」
「やたっ」
嬉しそうに声をあげたクララが早速とばかりに魔石を取り出して地面に投げつけた。出てきたのは小さなかごに入ったバゲットだ。「みんなの分も出すね」と同じものが4つ出揃った。
クララがいち早くかぶりついてもしゃもしゃと咀嚼しはじめる。念願の食事にありつけて幸せに満ちていると思いきや、その顔は段々と曇っていく。
「やっぱり冷たい……しかもこれだけじゃ味が……」
「そう言うと思ってね。ほら、ジャムを持ってきたから使うといいよ」
ルナがポーチから取り出したのは3本の小瓶だ。親指程度の大きさで、どれも色が違う。クララに渡した。あまりに小さいのは荷物にならないよう使い捨てにするつもりだからだろう。
「さっすがルナさん、大好き!」
「まったく調子がいいんだから」
「えへへ~」
息を吹き返したクララがジャムをつけたバゲットをかじる。と今度こそ幸せそうに顔を綻ばせていた。
「あー、食べながらでいいんだが、少し話したいことがあるんだ」
アッシュはさりげなくそう切り出した。
クララは首を傾げるだけだったが、ルナとレオは顔を引き締めていた。こちらの決意のようなものを感じとっていたのかもしれない。
アッシュは喉に詰まりそうな言葉を押しやるようにして続きを口にする。
「俺の……《血統技術》についてだ」
「え、アッシュくんにもあったの!?」
口内のものを大げさに呑み込み終えたのち、クララがそう大声をあげた。おかげで先ほどまでの真剣な空気が一瞬にして吹き飛んだ。しかたないな、と思う反面、空気を軽くしてくれたことに感謝した。
「ああ。《ラストブレイブ》――多くの《血統技術》の起源となった、最古にして最凶の《血統技術》だ」
それからアッシュは説明を続けた。
世界の誰もが知っている、《たったひとりの英雄》が先祖であることや発動条件が長剣を使用すること。また発動すれば自我を失い、周囲の人間を殺してしまう可能性があること。
大体はヴァネッサに教えたのと同じ内容だ。
「信じられないかもしれないけどな」
アッシュは《ラストブレイブ》について話したあと、そう締めくくった。
先ほどと打って変わって場には重い空気が漂っていた。ルナもレオもどう反応したらいいか困っている様子だ。
そんな中、意外にも一番に反応したのがクララだった。彼女はガマル枕に埋めていた顎を離し、おもむろに口を開く。
「うーん、たしかに話を聴いただけじゃピンとこないけど、でも、アッシュくんが言うならあたしは信じるよ。意地悪するけど、こういうことで嘘はつかないし」
「意地悪って……」
「ほんとのことだもん」
言って、頬をふくらまして抗議してくるクララ。
色々台無しだが、ひとまず信じてくれているのは間違いないようだ。
「僕も信じるよ。もとよりアッシュくんと僕は2人で1人みたいなものだからね。きみが真実を話していることぐらいはすぐにわかるよ」
「あ~……なんか行き過ぎてる気はするが、信じてくれて感謝する」
「どういたしまして」
レオが爽やかな笑顔を向けてくる。
……悪寒がしたのは言うまでもない。
残りのひとり――ルナだけは難しい顔をしていた。
こちらと目が合うなり彼女が話しはじめる。
「もちろんボクだって信じてる。ただ、ひとつ確認したいことがあるんだ。もしかしてリッチキング戦のときもそれでやり過ごしたの?」
「ああ」
「やっぱり……おかしいとは思ってたんだよね。いくらヴァネッサでも、あれの攻撃をヒールなしに受け切るなんて無理だろうって思ってたし」
ラピスが気づいていたのだ。
同じく勘の鋭いルナが気づいていてもなにもおかしくはなかった。
「悪い。嘘をつきたかったわけじゃないんだ」
とはいえ、偽ったのは事実だ。
アッシュは仲間に向けて頭を下げた。
少しの間、そうしているとルナの優しい声が降ってくる。
「大丈夫だよ。自我がなくなる。仲間を攻撃する可能性がある。この2つでどうして話さなかったのかは想像がつくから」
顔をあげると、微笑むルナの顔が映った。
そばではクララとレオも頷いている。
「ありがとう」
するりと口からその言葉が出てきた。
本当にいい仲間を持った。
こんなことならもっと早くに明かしておけばよかったかもしれない。
胸につっかえていたものがなくなったからか、とてもすっきりした気分だ。このまま食事を楽しみたいところだが、話したいことはまだあった。
「もう1つだけ話っていうか相談があるんだ」
「こうなったらなんでもこいだよっ。さっきのに比べたら驚くことなんてそうそうなさそうだしっ」
クララが覚悟を決めたように顔をきりりとさせながら言った。アッシュは頷いて続きを口にする。
「ラピスをチームに誘いたいんだ」
「ごめん、驚きました……」
目をぱちくり、唖然とするクララ。
彼女ほどではないが、ルナとレオも近い反応だ。
「……彼女、誰ともチームを組まないことで有名だけど」
レオが不安そうな顔で確認するように訊いてくる。
彼らの反応はおおむね予想どおりだった。
「実はラピスの奴、昔に会った〝ある人〟ってのとチームを組むためにジュラル島に来たらしくてな。それでいまのいままでひとりで戦ってたらしいんだ」
アッシュは勧誘する気になったきっかけを話した。
クララが思い切り首を傾げながら訊いてくる。
「えっと、話の流れからして、もしかしてその〝ある人〟っていうのが、アッシュくんだったりするの?」
「まだ確定じゃないけどな」
「もしそうだとしたら運命だね……っ」
そう言ったのはレオだ。
彼は白馬の王子を待つ夢見る乙女のように目を輝かせている。少し気持ち悪いが、いつものことなので視界の端に追いやるだけに留めた。
「あたしは大丈夫だよ。その、少し怖いなって思うときあるけど、でも本当は優しい人だってこと、知ってるから」
「僕も問題ないよ。新参の僕が判断することではないかもしれないけどね」
「レオ、新参とかは関係ないぜ」
「ありがとう、アッシュくん。いずれにせよ僕に反対する理由はないよ」
クララに続いてレオからも同意を得られた。
また同じ流れだ。
先ほどから難しい顔をしているルナに視線で意見を求める。
「ごめん、またちょっと確認したいんだけど、アッシュはその昔のことがあったから彼女を誘いたいって思ってるのかな?」
「いや、正直に言うとそういうのを抜きにしても誘いたいと思ってる。この島で接してきたラピスを見て、あいつならって思いがある」
「うん、ならいいよ」
反対される流れかと思ったが、意外にもあっさりと了解を得られた。
ルナが眉根を下げながら困ったように笑う。
「ごめん、試すような言い回しをしちゃって。事情はどうあれ、あくまで昔の彼女じゃなくて、いまの彼女と組むわけだから気になってね」
「いや、むしろ確認してくれて助かった」
チームのことを考えてくれたうえでのことだ。
感謝こそすれ、非難する理由はない。
「じゃあ、近いうちにでも声をかけてみる。結果はわからないけどな」
「了解」
「とりあえず俺からの話は終わりだ。悪いな、食事中に」
話の内容が内容なだけにクララもさすがに食事の手を止めていたようだった。彼女が弾かれたようにパンを頬張りはじめ、またも幸せをその顔に貼りつける。
そんな彼女をほかの全員で鑑賞していると、「あ、それで夜のことなんだけど」とルナが切り出してきた。
「いくら安全地帯でも一応見張りをつけたほうがいいよね」
「なら俺とレオ。クララとルナの2、2がいいかもな」
「アッシュくんから僕を選んでくれるなんて……」
「同性同士で組んだだけだからな」
「そんなぁっ」
レオの冗談か本気かわからないおふざけを躱しつつ、食事をさくっと終わらせた。それからしばらく雑談を楽しんだのち、交代で睡眠をとり――。
アッシュは仲間とともに塔内で初めての夜を無事に過ごした。





