◆第八話『野営道具専門店《クルミン》』
翌日。
店が開きはじめる頃合を見計らい、アッシュは仲間と中央広場に繰り出していた。
目的はもちろん野営道具を仕入れるためだ。
ただ、全員がジュラル島の野営道具に関してほぼ知識がない。
そこでもっとも適した人物にガイドを依頼していた。
「悪いな、呼び出して」
「いえいえ、むしろこのためにウルがいるのですから、これからもじゃんじゃん呼んでください!」
その大きな胸を弾ませながらウルが得意気に言った。
普段も元気だが、さらに元気なのは間違いなく本来の仕事を振られたからだろう。
「ということで、こちらが野営道具の専門店――《クルミン》ですっ」
ウルによって開けられた店の扉をくぐり、中へと入った。
広さは鍛冶屋と同程度ぐらいか。
人ひとり分の通路を作るように整然と並べられた木造の飾り棚。それらに寝具関連や照明器具、細々した生活用品など様々なものが値札つきで置かれている。
「うわぁ、色んなのがあるー!」
「これは目移りしてしまいそうだね」
感嘆の声をもらすクララとルナ。
レオはというと戦闘でもないのにいち早く前へと出て商品を物色しはじめていた。
「なにか面白そうなものはないかな……!」
「おい、レオ。あくまで狩りのためだからな」
「大丈夫。きっとアッシュくんのお気に召すものを探し出してみせるよ!」
なにも大丈夫ではない。
ため息をついていると、ウルが満面の笑みを向けてきた。
「やっぱり相性抜群ですね!」
「……どこがだ」
そうして全員で店内を歩き回る。
奥のカウンターには当然ながらミルマがいた。ただ台に頭を預け、すやすやと寝息をたてて眠っている。時折、耳をぴくりとさせるのがなんとも愛らしい。
「気持ちいいぐらいにぐっすりだな」
「あはは……あまりにもお客さんがこないので、よく寝ているんです。購入時は遠慮なく起こしちゃってくださいです」
必須になるのが8等級階層からとあってやはり利用者は少ないらしい。飾り棚があまり傷んでいないのも、商品がほぼ汚れていないのもそれゆえだろう。
「このガマル枕可愛いー!」
クララが人間の頭よりも大きな枕を両手で抱き上げていた。その言葉どおりガマルを模しており、なんとも間抜けな姿をしている。ここぞとばかりにウルが食いつく。
「ですよねっ。わたしもこれひとつ持っていますよ」
「えー、いいなぁ。野営用にじゃなくて部屋用にひとつ買っちゃおうかな」
物欲しそうな目をしながら、ガマル枕の感触を両手でたしかめるクララ。
ウルもクララもなぜガマルを可愛いと思えるのか。付き合いもあって愛着は湧いているが、見た目に関してはとうてい同意できないというのが本音だ。
「でも、厳選しないと荷物になるよね」
香油や香水などが置かれた区画を見ていたルナがぼそりとこぼした。
「あっ、それについてはご安心ください。展示中のものはすべて展開後の姿となります」
「……展開後?」
首を傾げたルナにウルが「はいっ」と元気よく返事をする。
「えっと……お試し品はどこでしたっけ……あ、ありましたっ」
カウンターの奥でもぞもぞとなにかを漁っていたウルが戻ってきた。その手には、親指程度の大きさの丸い物体――魔石が握られている。
「これをですね、投げて割ると――」
なにを思ったか、ウルがそれを床に投げつけた。まるで硝子のように簡単に割れ、カッとかすかな閃光を放つ。瞬きするうちに光がやむと、そこにガマル枕が現れていた。
「うそぉっ!」
驚愕するクララをよそに、ウルは屈んでガマル枕に左手を当てながら説明を続ける。
「そして元に戻したいときは使用者が左手を当てて魔法や属性攻撃を放つ要領で力を入れていただければ……このとおりですっ」
白く発光しはじめたガマル枕がその輪郭を縮めていく。
ついには元の魔石に戻り、ウルの手に収まった。
「使用できるのは購入者のみとなるのでそこだけご注意ください」
ウルは魔石を握りながら立ち上がると、笑顔でそう締めくくった。
「こんなに便利なものだったらもっと早くにきておくべきだったね……」
レオが悔しがるようにこぼす。
もし彼が早くにこの店と出会っていれば中央広場に大道芸人が誕生していたことだろう。……いまでも黄金鎧の《アウレア》シリーズを着て歩くこともあるのであまり変わらないかもしれないが。
「にしても魔石で運べるのは助かるな」
「重い荷物を持ったまま上層の魔物を相手にするのは難しいですからね」
ウルの言うとおり上層では一歩の遅れが命取りになりかねない。ゆえに身軽になることは塔の攻略においてとても重要なことだ。
クララがお試し品の魔石をまじまじと見つめながら言う。
「役割的にあたしがリュックを背負って荷物持ちするつもりだったけど、これなら100個ぐらい持てそうかも!」
「いや、100個はさすがに多すぎだろ」
せいぜいひとりにつき2、3個で事足りるだろう。そもそも野宿を何度も経験してきた身としては最悪なにもなしで問題ないぐらいだ。
「ここに見本のパンと水筒っぽいものもあるんだけど、もしかして食糧も魔石に?」
ルナがかごに入ったパンを指差しながらウルに質問する。
「はいっ! ただ、食糧の場合は一度出すと戻せないのでご注意ください」
「……栄養が偏りそうだね。ま、そんなに長く滞在しないだろうし問題ないか」
「ジュラル島のみの使用となりますが、栄養に配慮したうえに1日1回限定で何度でも出るものもありますよ。お値段なんと100万ジュリーですっ」
お得品を紹介するかのように声を弾ませるウル。
あはは、とルナが身を引きながら苦笑する。
「すごいのはわかるけど、なんていうか微妙な高さだね」
「実は過去に一度しか買われていないそうです」
塔内に長期間滞在する理由がないのだから無理もない。
永遠に食べるものに困らないのは利点かもしれないが……そもそも100万ジュリーを稼げる実力があるなら、ほかでいくらでもいいものが食べられるのだ。わざわざ購入するのは物好きぐらいだろう。
「買うなよ、レオ」
「だ、大丈夫だよ。さすがにね、うん。さすがに」
レオが乾いた笑みを浮かべながら応じる。
……買う気だったのは間違いない。
レオが自分で稼いだジュリーをどう使おうが勝手だが、さすがにこればかりは無駄遣い以外のなにものでもない。
その後、ほかの3人が決めかねている中、アッシュはいち早く購入品を決め、支払いも終えた。そのまま店内で待とうと思ったが、窮屈なこともあって少し居心地が悪い。
「先に外に出とくぜ。俺のことは気にせずゆっくり見てていいからなー」
そう声をかけ、店をあとにする。
と、ちょうど目の前を知人の挑戦者が歩いていた。
背にかかる程度の黒髪を流し、《ソル》シリーズの軽鎧に身を包んだ剣士。いまはギルド《アルビオン》のマスターでもあるシビラだ。
「お、偶然だな。シビラ」
「アッシュ……珍しいところにいるのだな」
彼女は目をぱちくりとさせたあと、こちらの背後にちらりと視線を向けた。珍しいとは《クルミン》のことを言っているのだろう。
「俺たちも71階攻略に入ったから野営の準備にな」
「初めて出会ったのが半年前で、しかもまだ2等級の挑戦者だったとは信じられないな。ま、アッシュの実力なら当然かもしれないが」
「いい仲間に巡りあえたからな」
「それも……あるのだろうな」
シビラがそう答えたのち、《クルミン》の向かい側に置かれたベンチを見やった。
「時間があれば、少し座って話せないだろうか」
「いま仲間と来てるんだが、あいつらが来るまでならいけるぜ」
「充分だ」
噴水広場を背にし、正面の《クルミン》を眺める格好で2人並んで座る。
「どうだ、竜はきついだろう」
「ああ。バカみたいに火力あるし、タフだし……もう最高だな」
「まったく……アッシュらしい返答だ」
言って、シビラが呆れ半分に笑みをこぼす。
「そういうそっちはどうなんだ? あの件でチームとかめちゃくちゃだろ」
ニゲルが起こした事件の影響で旧アルビオンは崩壊。彼女が属していたチームメンバーは島からひとりもいなくなっている。
「以前、ジグラノたちと70階を突破したときのメンバーも2人残っていてな。彼らと臨時で組んで、いまは8等級階層で狩っている」
「ヒーラーはいるのか?」
「ああ。少し大人しい子だが、なかなか筋はいい」
「……そうか。なんとかやれてるみたいでよかった」
彼女をチームに誘うかいなかを悩んだことはあった。
だが、彼女が残った《アルビオン》メンバーのために動くことはわかっていたため、最終的には声をかけないことにしたのだ。
そういった経緯もあり、彼女が上手く再出発できているのは自分のことのように嬉しかった。
「そうだ、聞いてくれっ。実はアルビオンに入りたいという挑戦者がきたんだ!」
「本当か? 新人か?」
「それが以前から島にいた中堅の挑戦者でな。なんでも、いまのアルビオンならと言ってくれたんだ」
よほど嬉しかったのだろう。
話している間、終始顔が綻んでいた。
「きっとシビラがマスターになって刺々しい感じがなくなったのが理由かもな」
「これもきみのおかげだ、アッシュ」
「俺は少し背中押しただけだ。もともとシビラにはそういう力があったんだろ。……よかったな」
ああ、とシビラは嬉しさを噛みしめるように頷いた。
かと思うや、なにやらいきなりそわそわしはじめた。
そしてついに意を決したように顔を上げ、口を開く。
「と、ところで今度よければ――」
「見ておくれ、アッシュくん! 魅惑の安眠マスク! これで夜もぐっすり! しかも幸せな夢を見られるらしいよ!」
ばんっ、と勢いよく開け放たれた《クルミン》の扉からレオが飛び出てきた。眼球を鮮明に描いた絵つきのマスクをかけながら、両手を広げて声高らかに叫んでいる。
ただ、前が見えていなかったらしい。
足をつまづき、「へぶっ」と変な呻き声をあげて盛大に転んだ。
「なにバカやってんだ……」
戦闘時の勇ましい姿を知っているだけに、本当に普段の彼には驚かされてばかりだ。もちろん悪い意味でだ。
続いてクララとルナが店の中から出てくる。
「アッシュくん、お待たせーっ!」
「遅くなってごめん。香油選びが楽しくなっちゃって、つい」
「って、あれ? シビラさんじゃん」
シビラがクララたちに手を挙げて応じたのち、シビラがすっくと立ち上がった。
「残念ながら時間のようだな」
「だな。って、そういやさっきなんて言おうとしてたんだ?」
「い、いや。大したことじゃないんだ。だからその……忘れてくれ」
焦った様子でそう答えたのち、はぁとため息をついて肩を落とすシビラ。
なんともわかりやすい。
「また近いうちに飯でも行こうぜ」
アッシュは立ち上がりつつ、そう声をかける。
シビラのまぶたが見る見るうちに持ち上がった。
先ほどまでの暗い顔が嘘のように彼女は弾けるような笑みを浮かべながら頷く。
「あ、ああっ! 絶対に、絶対にだからな!」
必死に念を押してくる辺りどうやら彼女が望んだ言葉を贈れたようだ。
初対面の頃では考えられなかった可愛げのある彼女に見送られながら、アッシュは仲間とともに塔への歩を進めた。





