表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【精霊の泉】第一章
2/492

◆第二話『浜辺での出逢い』

「ありがとな、おっちゃん」


 アッシュは船から桟橋に飛び移ったあと、船頭にそう告げた。

 礼を言われると思っていなかったのか。

 船頭は目を瞬かせていたが、すぐに面白げに口元を緩めた。


「頑張ってこいよ」

「ああ」


 どちらからともなく手を伸ばし、がっしりと握手を交わす。

 岩のようにごつごつとした手だ。


 この船頭なら並大抵の男は組み伏せられるに違いない。

 だが、そんな彼でも女房には頭が上がらないという。

 世の中わからないものだ。


 相手の人、いったいどんだけ強いんだ……?

 そんなことを思っているうちに船は再び海へと戻っていた。


 視界にはほかに島なんて見当たらない。

 それほどの大海原をあんなにも小さな船で渡る。


 本来は考えられないことだが、不思議と海に波は一切ない。

 これもジュラル島によるものなのか。


 答えはわからないが、なにしろ神の息がかかった島だ。

 きっと疑問を持つだけ無駄だろう。


「さてと……俺も行くとするか」


 脇に置いていた荷袋を担ぎ、振り返る。

 船着場は桟橋が一本あるだけで簡素なものだった。


 おまけにボロい。

 踏む人が踏めば簡単に底が抜けそうだ。


 船着場の向こう側には汚れのない白い浜辺。

 さらに奥には密林が広がっている。


 光景こそ熱帯地のそれだが、気温は高くない。

 湿気もあまり感じられないし、快適の一言に尽きる。


 これもきっと神の力なのだろう。

 便利なものだ。


 しかし気候の問題は良いとして……。

 いったいどこへ行けばいいのか。

 船着場には迎えてくれる人はいない。


 島に到着すれば案内人が来るという話を聞いていたが、どうやら違ったようだ。なにか不都合でもあったか、それとも単に嘘の情報を掴まされたか。


 いまとなってはどちらでもいい。

 これだけ広い島でも適当にうろついていれば誰か見つかるだろう。

 そんな呑気な考えのもと、辺りに視線を巡らせる。


 と、あっさり人を見つけた。

 浜辺の端のほうで女性がひとり座り込んでいる。


 日光浴ではなさそうだが、なにをしているのか。

 とにかく彼女のもとへ向かうことにした。



     ◆◆◆◆◆


 女性はただ静かに海を眺めていた。

 憂いを帯びた目のせいか、少し大人びて見えるが……。


 年齢はおそらく同じぐらいだろう。

 20歳か。もしかするとそれより若いかもしれない。


 身に纏っているのは青と白を基調にした薄手の衣装。

 ドレスのような見た目ながら、とても動きやすそうな造りだ。

 空でも飛べそうな軽やかさを感じる。


 ただ、服装以上に異彩を放つものがあった。

 後ろでひとつに結われ、腰まで流れるように伸びた黄金の髪だ。

 陽光を受けた白砂よりも煌き、この世のものとは思えないほどの艶を放っている。


 これほど誰かに見惚れたのは人生で二度目だ。

 懐かしい感情を楽しんでいると、彼女から訝るような目を向けられた。


「……見たことない顔ね」

「ああ、さっきついたばかりなんだ」


 片手を差し出す。


「アッシュ・ブレイブだ。よろしく」

「そう」


 素っ気ない返事をして、彼女は海に視線を戻した。

 行き場をなくした手を見ながら、アッシュは肩を竦める。


「ってか、ここにいたなら見えてただろ」

「ごめんなさい。わたしの目、興味ないものは映らないの」

「随分と都合の良い目だな」

「ええ、おかげで毎日が快適よ」


 風で乱れた髪をかきあげながら言う。

 アッシュは彼女の前に回り込むと、目線が合うよう屈んだ。


「とりあえずいまは興味を持ってもらえてなによりだ」

「どいて。海が見えない」


 ぎりっと睨まれるが、構わずに続ける。


「悪いな。少しだけ話をさせてほしい」

「私は話したくないんだけど」

「さっきも言ったけど、ここに来たばっかでさ。ひとまずどこに行けばいいか教えてもらえないか」


 値踏みでもするかのように、彼女がじーっと見てくる。

 あっけらかんと応じていると、やがてため息をつかれた。


「……ミルマは?」

「ミルマ?」

「この島で挑戦者をサポートしてる、神の使いたちのことよ」

「いや、見てないが……どんな姿なんだ?」


 一瞬、考える素振りを見せたあと、彼女は上体を起こした。


「猫みたいな尻尾があって……こんな感じの、耳がついてる」


 言いながら、両手を頭上に持っていく。

 指が軽く曲がったそれは、まるで動物の耳のようだ。


 とてもわかりやすいが……。

 アッシュは思わず「ふっ」と漏らしてしまった。


「な、なに笑ってるのっ」

「いや、そんなことするような奴に見えなかったからさ」


 お世辞にもとっつきやすいとは言えない印象だった彼女が、いきなり可愛らしいポーズをとったのだ。悪いとは思ったが、笑わずにはいられなかった。


 彼女は耳を模った自身の手を見たあと、慌てて背中に隠した。

 真っ赤な顔で抗議をしてくる。


「こ、これはっ! あなたがわかりやすいようにって!」

「そうだよな。笑って悪かった」


 素直に謝ってみたものの、彼女の機嫌はなおりそうにない。

 顔ごと横にそらして、ほんの少し頬を膨らませている。


 失敗したな、と髪をかきながら対応に困っていた、そのとき。

 視界の端、船着場のほうから誰かが走ってくるのが映った。


「えーと、こんな感じの耳がついてるんだよな」

「……嫌がらせならその口に砂を突っ込むけど」

「砂が食べられなくて残念だ。あの走ってる人がミルマで間違いないか?」


 こちらが指差した先を、彼女がむすっとしながら見やる。

 と、握っていた砂を名残惜しそうに捨てた。

 どうやらミルマで間違いないらしい。


「新人さーん、遅れてすみませーん!」


 そんな大声をあげた直後、ミルマはつまずいて豪快に顔から倒れ込んだ。


「あ、こけた」


 神の使いというからどれほど仰々しいかと思いきや、意外と俗っぽいようだ。

 一気に親しみが湧いてきた。


 助けに行こうと立ち上がると、目の前の彼女も腰を上げた。

 一緒に来るのかと思いきや、反対側を向いている。


「どこ行くんだ?」

「今日は綺麗な海が見えないから帰るの」


 言って、彼女は歩き出した。


「ミルマに訊けば大抵のことはわかると思う」


 無愛想かと思えば、こんな助言を残してくれる。

 意外と面倒見が良いのかもしれない。


「ありがとな、猫耳の人」

「……ラピス」


 ぴたりと足を止めた彼女が振り返って睨んでくる。


「ラピス・キア・バルキッシュ。……私の名前、猫耳の人じゃないから」


 その言葉を最後に今度こそ去っていった。


 ラピス……か。

 なんか面白い奴だったな。


 そんなことを思いながら、アッシュはミルマを助けに向かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
cop7m4zigke4e330hujpakrmd3xg_9km_jb_7p_6
ツギクルバナー
登場人物紹介
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ