◆第三話『飛竜との再会』
敵が頭部をぐっと引き、あわせて胸を膨らませる。じわりと滲むように赤い光が胸部の皮膚からもれた。火炎を生成しているのがはっきりとわかる。
「くるぞ!」
開けられた敵の獰猛な口の中で、ぼぅと灯った小さな火球が一気に膨張。人ひとりを軽々と上回るほどの大きさとなって放たれた。
凄まじい勢いで落下してきた火球はレオを呑み込むようにして地面に激突。とてつもなく大きな轟音とともに大量の火の粉を散らして消滅する。
「ぐっ……」
火球から解放されたレオは苦痛に顔を歪めていた。今回、赤の塔用に青の属性石を防具全部位に5個ずつ装着してきたらしいが、損傷なしとはいかなかったようだ。
そもそも熱だけでなく、それ自体が巨大な鉄球も同然の威力を秘めているようだった。その証拠にレオを中心に地面が大きく抉れていた。これまで火球を吐いてくる魔物はいたが、こんなのは初めてだ。
息つく暇もなく、敵がまた火球を吐いてきた。
あまりに早い生成に虚をつかれるが、それはレオに接触する直前で弾け、蒸発した。クララが《フロストバースト》をぶつけたのだ。彼女のほうを見ると、褒めてとばかりに得意気な顔を向けられる。
「よくやった! クララはそのまま火球の迎撃! ルナは飛膜を狙って落としてくれ! レオは俺と敵の下腹部を狙うぞ! あそこはほかとは違って多少柔らかい!」
敵が飛び回りながら放ってくる火球をクララが《フロストバースト》で迎撃していく。その間にルナが飛膜に矢を射て穴をあけ、アッシュはレオとともに斬撃を繰り出し、敵の下腹部へと攻撃を加えていく。
敵にしてみればちまちました攻撃だろう。だが、たしかな損傷を与えられたようだ。敵がいやがるように身をよじると、苛立ったように猛った。そのまま近くの岩柱をぐるりと旋回したのち、勢いよく降下してくる。
鋭い鉤爪を立てながら地表を削っていく。
通り過ぎると浮上し、また旋回をはじめる。
その最中に火球を吐いてくるが、《フロストバースト》によってすぐさま相殺された。と、広域に散った蒸気を散らすようにして敵がまたも降下とともに突進をしかけてくる。
アッシュはレオのもとへと駆けながら叫ぶ。
「レオ、いつもの頼む!」
「了解!」
レオがこちらを見ずに盾を背負うなり、素早く片膝をついた。
ちょうど敵が降下してきたタイミングでアッシュはレオの盾を踏み台にして跳躍。敵の頭部へとハンマーを叩きつけた。どんっ、と鈍い音。手から腕、肩にまで凄まじい衝撃が響く。
敵の突進のほうが勢いが凄まじく、体を後方へ弾かれてしまう。が、損傷は敵のほうが大きかったらしい。
痛みからか体勢を崩した敵はそのまま地面を削りながらすべっていき、その先の壁に激突した。衝撃でぱらぱらと岩の破片が落ち、かすかな砂埃が上がる。
敵が慌てて翼をばたつかせるが、左側に傾いて失敗していた。ルナが集中して狙っていたこともあり、左翼が穴だらけで飛び立てなかったらしい。
ここぞとばかりにクララとルナが攻撃をしかける中、アッシュはレオとともに距離を詰めにいく。と、敵の胸部から赤い光がもれはじめる。
また火球を吐くつもりか。
そう思ったが、口から吐きだされたのは火炎のブレスだった。それもレイ系の魔法のように一直線ではなく、樹木の上部のように外側へと広がったものだ。
「ブレスか!」
アッシュはレオとともに慌てて後退する。
これではまともに接近できない。
「レオ、敵の注意を引きつけられる距離で耐えられるか!?」
「やってみるよ……!」
レオがブレスの切れ目辺りで盾を構える中、アッシュは右手側の壁ぞいに走りながら叫ぶ。
「クララ、《ストーンウォール》!」
「あれだね!」
一瞬で理解してくれたらしい。右手側の壁から突き出した《ストーンウォール》が階段を作ってくれた。火炎のブレスを避けられる高さまで達すると、今度は真っ直ぐな道が生成されていく。
《ストーンウォール》の道を走り、敵との距離を詰めた。いまだ敵は火炎のブレスを吐いている。いったいどれだけ吐きつづけられるのか。興味はあるが、時間をかければレオの丸焼けができてしまう。
アッシュは《ストーンウォール》を蹴り、敵へと向かって跳んだ。一瞬だけ得物に重心を預けて回転したのち、勢いのまま敵の脳天へとハンマーを叩き落とす。
相変わらずの重厚な抵抗を感じたが、振り抜けた。
地面に顎を打ちつけた敵が呻き声を漏らす。
追撃よりも先にアッシュは後退を選んだ。すでに視界の端から飛んでくるクララの《フロストバースト》やルナの矢が映っていたからだ。彼女らがこれでもかというほど青の攻撃を浴びせ、白い靄が敵を包み込んだ。
ただ、それらが散ってもなお敵は生きていた。その凄まじい耐久力には驚愕するしかなかったが、さすがに敵も限界が近かったらしい。
がしゃんがしゃんと重厚感のある金属音を鳴らしながら接近したレオ。彼が敵の胸部へと長剣を刺した一撃がトドメとなった。
弾かれるようにして頭部をぴんと天井に向けて伸ばすと、敵は脱力したようにぐったりと倒れた。そのまま眠りにつくようにまぶたを落としたのを機に、その体は幾つもの燐光となって飛散し、消滅する。
辺りが静かになったとき、全員が息を荒げていた。元気なのはジュリーを食べるガマルだけだ。さすがのクララも今回ばかりはガマルに混ざる気も起こらなかったらしい。顔を引きつらせている。
「これ……レア種じゃないんだよね」
「こんなところに出てくるぐらいだし、そうだろうな」
「試練の階にいてもおかしくない強さだったね」
言って、ルナが疲れたように息を吐いた、そのとき。
奥のほうから2種類の咆哮が聞こえてきた。先ほど相手にしていた歩行型――地竜と飛行型――飛竜とひどく似ている。というよりそのものだ。
レオが先を見つめながら乾いた笑みを浮かべる。
「……これはいままで以上に慎重に進む必要があるね」





