◆第八話『緑の塔70階』
レオとの連携が高まるまである程度の期間を要するかと思いきや、そんなことはまったくなかった。
まるでずっと前から組んでいたかのようにすんなりとハマり、3日で緑の塔70階に到達。チームを組んでから5日目にして70階へと挑むことになった。
「頑張ってね、レオさん!」
「レオさんならきっといけるよ!」
「うちのマスターはすごいんだって自慢させてよ!」
陽が中天に差しかかるかといった頃、《ファミーユ》のメンバーが総出で見送りにきていた。
「みんな……っ」
目尻に涙を溜めながら鼻をすするレオ。
最近、泣いてばかりのレオだが、それだけ色々なことがあったのだ。アッシュは無粋な横槍を入れずに仲間としてただ静かに見守った。
ウィグナーがレオの前に立つと、その瞳に悔しさを宿しながら言う。
「僕たちには無理でした。でも、レオさんならきっと70階を……いえ、もっと高いところに行けると信じてます」
「ウィグナー……」
レオがウィグナーの期待に応えるよう力強く頷いた。
強化次第で凄まじい効果を発揮するジュラル島の装備があるのだ。諦めなければいつかは突破できるのではないか。そんな考えは少なからずあるが――。
諦めるしかないと感じるほどに力の差を感じた。
またそれほど70階の主が強大だったということだろう。
挑んだ者にしかわからない。挑戦者の中では、大きな壁として認識されている70階。いったいどれほどの魔物が待ち構えているのか。
アッシュはひとり高揚していると、ウィグナーが今度はこちらを向いた。色々な感情が混ざり合ってか、初めは複雑な顔をしていたが、最後には晴れやかな笑みを浮かべていた。
「みなさん、レオさんをよろしくお願いします」
「ああっ」
アッシュはクララ、ルナとともに頷いた。
「それじゃ行ってくるよ、みんな」
そんなレオの言葉を最後に塔へと歩きだすと、後ろから《ファミーユ》メンバーたちの声援が飛んできた。ほかの挑戦者の目もあってか、レオが少し気恥ずかしそうに苦笑する。
「あはは……なんだか子どもになった気分だよ」
「いいメンバーじゃねえか」
「だね。あんな風に応援できるなんてすごいことだよ」
「《ファミーユ》の人たちって本当に家族みたいだよね」
ルナ、クララが続いて言った。
人見知りの激しいクララがいまやすっかり仲良しになっている。それだけ《ファミーユ》のメンバーがいい人揃いということだろう。
レオは誇らしげに微笑むと、塔を見上げながら胸を張った。
「……僕の自慢のギルドさ」
◆◆◆◆◆
ウィグナーたちに見送られる中、リフトゲートを介して70階へと上がった。
各々が得物を持って戦闘準備をはじめる。そんな中、レオが深いため息をつきながら、正面のレリーフが彫られた荘厳な壁を見ていた。
「それにしても、まさか70階で一番きついって言われてる緑の塔に挑むとはね」
「どれが強いとか一回も挑んだことのない俺たちにはわからないからな」
アッシュは手足を伸ばして体を慣らしつつ、あっけらかんとそう答えた。
「でもアッシュくんの場合、そんな話を聞いたら『じゃあ緑から!』って言いそうだよね……」
「よくわかってるな、クララ」
「ほらやっぱり~!」
嘆きつつ責めるような目を向けてくるクララ。
そのそばではルナが苦笑していた。
「ま、アッシュだからね。しかたないよ」
「……なるほど。これからは僕もアッシュくんのノリに慣れていかないといけないね」
ふむふむ、と熱心に頷くレオを見てクララが慌てだす。
「本当に大変なんだよ、面白そうな場所見つけたら行きたがるし、珍しかったり強そうな魔物を見つけたらすぐちょっかい出そうとするし!」
「とはいえ、そんなアッシュくんだからこそ僕も一緒に戦いたいって思ったんだよね」
「お、やっぱ話がわかるなレオは」
「でしょ、だからお尻を――」
もちろん叩き落とさせてもらった。
しかも強めだ。
そんなやり取りを見ていたクララは絶望し、ルナは呆れていた。
「あ……ダメかもこれ~……」
「もともとレオはアッシュ信者だからね」
信者という言い方はなんともあれだが、考え方が近いと思うことはある。付き合いが長く続いているのもきっとそれが理由だ。
「まっ、とにかく今回からはレオがいるんだ。1発で突破してやろうぜ」
「まったく、きみのその真っ直ぐな信頼は怖くなるね」
「やめて欲しいならいますぐに取り下げるぜ」
レオは「そうだね……」と考えつつ、背負っていた凧型の大盾を左手に持ち、その裾をがんっと地面に打ちつけた。
「僕ができることはただひとつ。このチームの盾として正面に立ち続けることだ」
ベルグリシを相手にともに戦ったからか。
その姿は頼もしいことこのうえなかった。
アッシュは全員と頷き合ったあと、転移魔法陣へと足を向けた。
「んじゃ、行くとするか……!」
◆◆◆◆◆
いつものごとく侵入直後は暗闇で満ちていた。
だが、1点だけ違うところがあった。
真っ先に灯る炎が最奥のゴブレットではなく、右方の壁龕に飾られたゴブレットだったのだ。見れば、左右の壁に2箇所ずつ設けられていた壁龕が3箇所ずつになっている。背後の壁にゴブレットはない。
どうやら正面と背後の壁になくなった分、左右に設けられたようだが、いったいなぜなのか。
その理由はすぐに判明した。正面に居座った主があまりに巨大で、その奥の壁を窺うことがまったくできないからだ、と。
「何年振りだろうか。この姿を見たのは……」
そう口にしたレオの顔はひどくこわばっていた。
クララ、ルナもまたたじろいでいる。
無理もないかもしれない。それほどまでに、これまでの試練の主とはまったく違う魔物だった。……いや、そもそも魔物なのか。
主の姿はまさに大樹そのものだった。
床であるにも関わらずしかと根づき、隆起した無数の根。天井にぶつかるほど高く、また横幅いっぱいに肥えた逞しい幹。それらすべてを包み込み、また見下ろすように伸び、茂った枝葉たち。
――そして、どくんどくんと床から伝わってくる鼓動。
まさに世界そのものを相手取っているかのような、凄まじい威圧感だった。
一歩前に出たレオが眼前の主の名を口にする。
「あれが緑の塔70階の主……ユグドラシルだ――」





