◆第六話『妖精郷の入口』
昼間の揉め事からしばらくして仲間とともに訪れた緑の塔66階。見るからに怪しげな大樹の中に入ったところ、いきなり魔物が襲いかかってきた。
見た目は馬としか言いようがない。違うのは額から飛び出た雄々しい角だ。長さは人間の腕よりもわずかに短い程度。まさにスティレットそのもの。
その角を前面に押しだしての突進が主な攻撃だが――。
「くそっ、こっちは眼中にないってことかよっ」
アッシュはいまも敵に素通りされ、そのあとを慌てて追いかけているところだった。敵が向かう先はクララとルナの後衛組だ。
猛烈な勢いで突進してくる敵から、彼女たちが身を投げるようにして逃げ延びる。起き上がるなり、クララが敵に向かって不満を爆発させる。
「もう、なんであたしたちばっかり!」
「後衛しか目に入ってないみたいだねっ!」
通り抜けた敵が遠くで進路を変え、またもクララたちに向かって突進を開始する。
クララが3本の《フレイムピラー》を噴出させて進路を塞ごうとするが、あっさりと突き抜けられてしまう。それならと《フレイムレイ》を直接ぶつけるが、まるで敵を避けるようにして炎がそれていく。2種の魔法を食らってもなお敵は無傷のままだ。
「だめっ、やっぱり全然きかないっ!」
「こっちも!」
ルナも矢を放ちつづけているが、刺さったのは2本。それも浅い刺さり方だ。魔法耐性だけでなく、皮膚も相当に硬いらしい。なおさら近接攻撃をぶつける必要があるが、無視されたままでは触れることすら難しい。
だったら、とアッシュは後衛組のそばへと向かった。
「相手にしてもらえないなら、俺もそっちに行くしかないなっ!」
辿りついたとき、ちょうど敵も接近していた。いななきながら、その角を突き出してくる。角も脅威だが、突進の勢いも相当なものだ。当たるだけでも致命傷に至る可能性は高い。そんな恐怖にさらされつつも、アッシュは限界まで踏みとどまった。
クララとルナが左右へと散る。彼女らを追って敵がかすかに進路をそらした。その瞬間、アッシュはハンマーアックスを後ろへ流しながら踏み込んだ。ちょうど真横に敵の顔面がくるのにあわせて思い切りハンマー側を叩きつける。と、ごんっと鈍い音が鳴った。
見事、敵の頭部をとらえたのだ。しかし、敵の勢いを上回ることができずにアッシュは後方へ弾き飛ばされてしまった。幾度か転がったのち、ようやく勢いが止まる。
振り返ると、途中で手放したハンマーアックス。
さらにその奥には首を折って倒れた敵が見えた。
さすがにあの状態では存在しつづけられなかったらしい。敵はその姿をジュリーへと変貌させた。消滅を確認しながらアッシュは起き上がると、クララが駆け寄ってきた。
「アッシュくん、大丈夫っ?」
「ああ、なんとかな。にしても、なんつー勢いだ……」
あまりに激しく転がったのでまだ頭がくらくらしている。気づけばルナが寄り添ってくれていた。腕を掴んで体をそっと支えてくれる。
「単純な攻撃しかしてこないけど、硬すぎてかなり厄介だったね」
「魔法効かない相手とか、あたしができることなさすぎるよ……」
「これクラスの敵が待ってるとなると、ここを進むのは少し厳しいかもしれないな」
アッシュは言いながら改めて周囲を見回した。
入った途端に襲われたため、ゆっくりと見る暇がなかったが……。
思わず感嘆してしまうほど幻想的かつ緑にあふれた空間が広がっていた。
足場には踏んでもしなることのない緑色の大きな葉。脇に目をそらせば咲き誇る色鮮やかな花々。さらにべつのところに目を向ければ大樹にまとわりついて天へと昇っていく無数の燐光や、浮遊する様々な形状の透明生物をたくさん確認できる。
「ここたぶん、妖精郷だよ」
ルナが言った。
「前にヴァネッサたちから聞いたことある。まだ誰も奥に行ったことがないらしいな」
「奥には妖精王と女王がいるんじゃないかって噂だね」
本当にいるのなら拝んでみたいところだが、あいにくと入口の魔物相手に先ほどの調子ではとうてい難しそうだ。
いまも遠くに目を向ければ先ほどの馬型の敵だけでなく、飛び交うたくさんの妖精を確認できる。正直に言って現状では対処しきれそうにない。
「王様……絶対大型レアだよね」
怯えるクララにルナが苦笑しつつ応える。
「妖精だとしたら大型って言えるかわからないけどね。でも、間違いなくそれぐらいの強さはあるんじゃないかな」
「この前の巨人の集落といい60階以降は未知の領域が多くて面白いな」
「アッシュ」
「わかってる」
ルナに釘を刺されてしまった。もちろん彼女が危惧したような、無謀なことを口にするつもりはない。さすがにそれぐらいの判断はできる。
「たぶん、いまの装備でいくような場所じゃないんだろうな。もしくは人数を集めることを前提としてるんだろう。それも1つのギルド単位じゃないぐらいな」
塔を昇っていると、時折、思うことがある。
神アイティエルは〝協力〟を促しているのではないか、と。
血統技術の原初である《ラスト・ブレイブ》を除けば、どれほど強力な血統技術を持っていたとしてもたったひとりで塔をすべて攻略することはできない。大型レア種や中型レア種のような魔物と戦うならなおさらだ。
仮に神アイティエルが挑戦者に〝協力〟を促しているとすれば、その先に塔の攻略に繋がるもの――強力な装備が眠っているという可能性は大いに考えられる。
「とはいえ、現状じゃ難しそうだけどね」
「でも、できたら楽しそうだよな」
「お祭りみたいになりそうっ」
その光景を想像したか、クララが浮かれ気味に言った。
ルナの言うとおり実現は難しそうではあるが……幸い三大ギルドとのツテもある。いつか大規模なチームを構成して色々なレア種に挑んでみるのもありかもしれない。
「それで……アッシュ、今夜でよかったんだよね?」
妄想にふけっていると、ルナがそう問いかけてきた。
はっきりとしない内容だが、言わんとしていることはすぐにわかった。きっと塔を昇りはじめる前、彼女たちにした〝頼み事〟のことを言っているのだ。
「ああ、悪いな。面倒かけちまって」
「面倒なんて思ってないよ。彼にはいつも世話になってるからね」
「そうそう、恩返ししないとっ」
いやな顔ひとつせずに頷いてくれるルナとクララ。
彼女たちが仲間でよかったと心の底から思う。
上手くいくかどうか。不安な気持ちは少なからずあったが、彼女たちのおかげで幾分か楽になった。アッシュは得物を担ぎなおしたのち、妖精郷の出入口へと足を向ける。
「そんじゃ、さっさとこの階も突破して夜の準備しないとなっ」





