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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【眠れる獅子】第二章

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◆第三話『青の7等級階層』

 幾枚もの葉をつけた木造の杖がカランと音をたてて床に落ちた。


 遅れてそばにどさりと倒れたのは巨大な老婆。足に届くほどに長く傷んだ髪。容易に骨格が窺えるほどに痩せ細った肉体。それらがまるで雪のごとく白く染まると、溶けるようにして床へと消えていった。


 カリアハ・ヴェーラ。

 それが、この青の塔60階。

 試練の間の主の名前だった。


「くぁ~……きつかったな……」


 アッシュはどすんっと勢いよく座り込んだ。

 ハンマーアックスを手放し、天井を見上げながら脱力する。


 と、視界に顔を割り込ませてきたクララが痛ましげに片頬を吊り上げた。


「うわ、アッシュくんの唇、紫になってる……」

「吹雪に包まれてばっかだったからな」


 敵がひとたび杖を振れば周囲が荒れ狂う吹雪に包まれるのだ。足場は悪いし、肌は痛いしで厄介なことこのうえなかった。クララの《フレイムバースト》がなければ今頃凍え死んでいたかもしれない。


「しかたないなぁ、アッシュは」


 言いながら、ルナが後ろから首に両腕を回して抱きついてきた。すりつけられる、なめらかかつ柔らかな頬。背中にぎゅぅと押し当てられる慎ましやかな胸。


 体が冷え切っていたこともあって、彼女の温もりがまるで染み込んでくるような感覚に見舞われる。


「な、なにしてるのルナさんっ」

「ん? 温めてあげてるんだよ」

「温めるって……」


 あわわ、と動揺するクララにあっけらかんと答えるルナ。いつもの構図だ。ただ、ルナも少し焦っているのか、ほんのわずかに鼓動が早い。


「あ、あれ……アッシュ、珍しく離れないね」

「いい感じに温もってるからいまだけはちょっと離す気になれないな――と思ったけど、クララが沸騰しそうだからこれで終わりだ」

「そっか、残念」


 名残惜しむようにルナが離れる。彼女は平静を装っているようだが、その顔はほんのりと赤い。肌が白いこともあって丸わかりだ。そんな彼女の強がりを内心で楽しみつつ、アッシュはすっくと立ち上がった。


「でもま、赤や緑んときよりはすんなりいけたな」

「さすがに60階には何度も挑戦もしてるしね」

「うんうん、もう慣れた感じだよねっ」


 ルナに続いてクララも少し得意気だ。

 その様子から疲れはほとんど見られない。


 アッシュはハンマーアックスを拾い上げたのち、出口を見ながら言う。


「2人ともまだ元気そうだな。よし、どうせだし61階も突破しちまおうぜ……!」



     ◆◆◆◆◆


 青の塔の7等級階層は赤と緑同様、あちこちに大樹が生えた自然あふれる造りだ。ただ、その性質上ゆえか、どこに目を向けても水が映り込むほど川や泉が見られた。


 巨人からハンマーが槌のごとく落とされ、噴出する尖った氷塊。それらを避け、アッシュは巨人の足に一撃を見舞った。


 巨人が地鳴りのような音を鳴らして不恰好に倒れると、その首をルナが素早く矢で射抜いていく。当たるたびに渦巻く風が巨人の皮膚を裂き、ついには抉るように首を落とした。


 巨人が消滅を始めるよりも前に近くの泉から巨大な影が飛びだしてきた。大きさは7等級階層の共通魔物である巨人と同程度。獣を思わせる突き出した口、全身を覆うピンと跳ねた剛毛が特徴的だ。


 敵は下半身を泉の中につけたまま、ドシンと上半身を陸地に預ける。その後、大きく口を開くと、そこから吹雪を吐いてきた。その威力は青の60階の主――カリアハ・ヴェーラの放つものとまったく遜色がない。


 アッシュは右方へと全力で駆ける。敵が顔を動かし、吹雪の方向を調整して狙ってくるが、なんとか逃げ切った。


 間髪容れずに敵の右目が煌いた。こちらへと真っ直ぐに青白い光線が向かってくる。まさしく《フロストレイ》そのものだ。


 だが、光線がこちらに届くことはなかった。地面から突きできた岩の壁――クララの《ストーンウォール》が防いでくれたのだ。


 壁の向こう側から敵の呻き声が聞こえてくる。

 アッシュは壁から飛び出ると、敵の両目にルナの矢が刺さっているのを確認できた。敵は両手で矢を握りながら身悶えている。


「アッシュ、いまのうちに!」


 言われるよりも早く駆けだし、敵へと肉迫。いまも激しく暴れる敵の顔面へとハンマーを力の限り叩きつけた。敵が勢いよく泉へと落ち、反動で泉から大量のしぶきが飛び散る。


 ガマルたちが意気揚々と泉に飛び込みはじめた。

 どうやら敵は無事にジュリーへとその姿を変えたようだ。


「今日はただでさえ寒い思いしてるってのに……」


 髪や服に染み込んだ水を落としていると、クララが歩み寄ってくるなり右手を突きだしてきた。


「《フレイムバースト》かける?」

「……殺す気か?」

「すぐに乾くかなって」


 そうして悪戯っ子のようにクララが笑う中、ルナがまったくべつのほうを向いていた。


「あれって《ファミーユ》のチームだよね」


 言われて彼女の視線を追ってみると、少し先の大樹の根元に9人の挑戦者の姿が見えた。どうやら彼らもこちらに気づいたようで、なにやらそばの大樹に空いた穴を指差している。


 クララが目を細めながら首を傾げる。


「なんか近くの木の中を指差してるけど……安全地帯っぽい?」

「だとしたら一緒に休憩しないかってことかな。どうする、アッシュ?」


 60階戦からぶっ続けでの狩りだ。

 この辺りで休憩を挟むのもちょうどいいかもしれない。


「よし、じゃあ、俺たちもあそこまで行くとするか」



     ◆◆◆◆◆


「まさか中で会うとは思わなかったな」

「ですね。しかも7等級階層は広いですし、ほんと偶然ですね」


 大樹の中に辿りつくと、すでに《ファミーユ》のメンバーがくつろいでいた。といっても机や椅子はないので地べたに座り込む形だ。


「それより……レオの奴はいないんだな」


 アッシュは視線を巡らせるが、誰よりも目立つあの男がいないことに気づいた。


 ウィグナーが困ったように眉尻を下げる。


「昨日のことが堪えているみたいで今日は休んでます」

「レオさん、あれで打たれ弱いからね」

「まっ、1日飲んだらもとに戻ると思うけどねー」


 続いてほかのメンバーたちが苦笑しながら言う。


 なぜレオが殴られたのか。


 その理由について彼らは知らないようだった。いや、おそらく彼らの場合は知ろうとしていないのだろう。それが暗黙のルールになっていそうだ。


「クララちゃん、ルナちゃん。こっちこっち」

「お茶とお菓子あるよー」


 クララとルナを呼びつけた《ファミーユ》の女性挑戦者たちが背嚢(はいのう)から色々なものを取りだし、もてなしていた。狩りとはかけ離れた和やかな光景にアッシュは思わず目を瞬かせてしまう。


「……すごいくつろいでるな」

「あはは……うちはちょっと特殊なので」


 個人的には気にしないが――。


 命のかかった戦場とも言える塔の中、あそこまで気を緩めるのはふざけるなと言われかねない行動だ。それも9人という数もいて誰も不満にも思っていない。よほどギルドの方針が固まっていないとできないことだ。


 だからか、彼らが集まったきっかけが気になった。


「みんなはどうしてレオのギルドに入ったんだ?」

「ん~、とくに理由はないかな。なし崩し的に?」

「俺もかな。狩りを手伝ってもらったところから、ずるずると」


 思っていた以上に緩い理由だった。


「あ、でもレオさんなら無理に塔を昇らなくても許してくれそうって思ったからかな」

「わかる。ほかのギルドだとなんだかせっつかれそうで」

「なんだかんだ居心地いいよね」


 次々に同調する声があがる。

 彼らにとってどれだけ《ファミーユ》が最高の場所であるかが伝わってきた。


「まさにレオを体現したようなギルドだな」

「……やっぱ外からだとそう思いますよね」


 途端にばつが悪そうに《ファミーユ》のメンバーたちが顔を俯けた。女性のひとりが思いつめたように話しはじめる。


「レオさん、のんびりまったり行こうって常に口にしてますし、実際そんな感じですけど……やっぱり違うんですよね」

「時折、塔のてっぺんを見つめてるんだよな」

「それも最近増えたよね」

「たぶんアッシュくんと会うようになってからだと思う」


 こちらへと視線が一斉に向けられた。

 アッシュは嘆息しつつ口を開く。


「レオをチームに誘う件だが……」

「断った、とレオさんから聞きました」


 ウィグナーが代わりに先を継いだ。


「ただ、その話をしていたときのレオさんはどこか寂しそうでした。やっぱり諦めきれないんだと思います」


 言わんとしていることはわかる。

 わかるが――。


「ま、それでも決めたのはレオだ。俺はあいつの意思を尊重する」


 彼らが求めているのはきっと無理矢理にでもレオを仲間に引き入れようとする強引な言葉だろう。だが、そんなことをしてもレオの中にわだかまりが残るだけだ。


 アッシュは向けられた期待の眼差しを振り切るように立ち上がった。


「っし、そろそろ行くとするか」

「え~、もうちょっとだけ休んでこうよ」

「クララ……さすがにお菓子食べすぎだよ。ほら、行くよ」


 ごねるクララの腕を引いてルナが出入口に連れていく中、アッシュはひとり立ち止まった。振り返らずに《ファミーユ》メンバーへと告げる。


「それでもどうにかしたいってんなら……自分たちの言葉でちゃんとあいつと話したらどうだ」


 これ以上、言えることはない。

 そうして今度こそアッシュは仲間とともに狩場へと向かった。



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