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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【眠れる獅子】第二章
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◆第二話『シュノンツェの三将軍』

「落ちついたか?」

「はい……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 あのままレオと同じ場所にマルセルをいさせるわけにもいかず、アッシュは暴れる彼を押さえ込んだのち、《ブランの止まり木》まで連れてきた。


 当然、ブランから邪険にされたが、クララとルナの説得、もとい交渉のおかげですぐさま黙ってくれた。この辺りの扱いやすさは相変わらずだ。


「そんじゃ聴かせてもらうとするか。どうしてあんなことをしたのかをな」


 少なくともレオを目にするまでの彼は、あんな乱暴なことをするような人物には見えなかった。真っ直ぐで誠実な印象を覚えていたぐらいだ。そんな彼があそこまで取り乱すとは、よほどのことがあったに違いない。


「……シュノンツェはご存知でしょうか」


 マルセルが静かにそう切り出した。


「北方大陸の覇者……シュノンツェ王国だよな」

「あ、あたしも知ってるっ。ライアッドから海を渡ったところにあるんだよね」


 クララが手を挙げて知識を披露する。


 北西のライアッドと並び、北のシュノンツェと挙げられるほどに世界有数の大国だ。ライアッド同様、戦争によって発展してきた国でもある。


 北方大陸にはほかにダグライ帝国、ベイマンズの出身国であるガソンなどが存在する。とても広く、もっとも争いの絶えない大陸として有名だ。


「それで、シュノンツェがどうしたっていうんだ?」


 そう続きを促したところ、マルセルが充分な間を置いてから口を開いた。


「わたしはそのシュノンツェの兵士でした。そしてあの男……レオ・グラントの部下だったんです」


 これまでレオの過去――島の外について触れることはしてこなかった。彼が話したくなさそうな空気を出していたからだ。そのため、初めて知るレオの情報だった。


 マルセルが少し自嘲気味に補足する。


「部下と言ってもたくさんいるうちのひとりでしたが」

「……たくさんってことは中隊長とかだったりするのか?」

「いえ。あの男は、シュノンツェに3人しか存在しない将軍のうちのひとりでした。数千……場合によって数万規模の軍隊を指揮することもあります」


 シュノンツェ王国に関してはあまり詳しくないが、三将軍の名だけは耳にしたことがあった。彼らが実質的なシュノンツェ王国軍のトップであり、彼らこそがシュノンツェの要でもある、と。


「いまの姿からじゃとても想像できないね」

「ただの変態じゃなかったんだ……」


 後ろでルナとクララが揃って驚愕していた。


 いまさらレオの実力を疑うことはない。だが、まさか数万規模を指揮する将軍だったとは。普段が普段なだけにまったく想像がつかなかった。


「この島でのレオ・グラントがどのような男かは知りません。ですが、シュノンツェにいた頃はもっとも勇敢で、三将軍の中でももっとも功績を上げた者として誰からも認められていました」


 マルセルはまるで記憶からひとつひとつを丁寧に摘み上げるように話していく。


「レオ・グラントが出れば負けることは絶対にない。レオ・グラントの後ろにいれば誰一人として傷つくことはない。その戦いぶりから《動く城壁》として敵国には恐れられ、あの男を見るやいなや敵が逃げ出すほど――まさに国の英雄でした」


 そう語る彼の顔はいまだ険しいままだ。

 ただ、どこか誇らしげにも見えた。


「そんなレオ・グラントはわたしにとって憧れの存在でした。彼のようになりたい。たとえ無理でも彼の力になりたい、と。そう思っていたのですが……あの男は国を裏切ったんですっ!」


 途端に強まった語調に一気に緊張が走った。

 憎しみに満ちた顔でマルセルは継ぐ。


「長く続いてきたダグライとの決戦を前にあの男は忽然と姿を消したんです。あの男がいることを前提に組まれた戦いは当然ながら敗北という形で終わり、逃げる我々はダグライに狙われ……」


 その先が紡がれることはなかった。戦争での敗北の先に待っているのは残酷な未来だ。きっと口にするのも憚れるようなことがあったのだろう。


「それなのに……あの男はのうのうと生きていて、あまつさえあんな……」


 テーブルに置かれた彼の拳は痛々しいほどに強く握られていた。


 たしかに味方を見捨てて失踪した男がべつの場所で幸せそうに暮らしていたら、それこそ殴るくらい頭に血がのぼってもおかしくはない。


 ただ、それは彼視点での話だ。


 正直なところ信じられないというのが感想だった。

 あのレオが理由もなしに仲間を置いて失踪するとは思えない。


「とりあえず事情はわかった。ま、わかったところで部外者の俺がどうこうできることじゃないんだが……どんな理由があれ、さっきみたいなのはやめたほうがいい」


 アッシュは嘆息しつつ、そう注意した。

 マルセルも自身の行動を顧みてか、ばつが悪そうな顔をする。


「そう……ですね。わたしも周りが見えていませんでした」

「あとで俺も一緒についていくから、《スカトリーゴ》に謝りに行こう。あそこのアイリスってミルマを怒らせるとあとあと厄介だからな」


 マルセルが不思議そうに目を瞬かせながら訊いてくる。


「そのミルマを怒らせるとなにかあるのですか?」

「あそこで食事できなくなる」


 ここでレオの教えを口にするあたり自分も意地が悪いな、とアッシュは胸中で自嘲していると、クララとルナから責めるような視線を向けられた。


「そういうけど、アッシュくんはいつも怒られてるよね」

「だね。アッシュほど怒られてる人は見たことがないよ」

「余計なこと言うなよ……しまらないだろ」


 せっかくの先輩面が台無しだ。


 そうしてクララとルナがくすくすと笑う中、マルセルのいまだ晴れない顔が気がかりでしかたなかった。


 このまま何事もなければいいが、事情が事情だ。

 注意しておいたほうがいいだろう、とアッシュは心に留めた。



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