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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【眠れる獅子】第二章

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◆第一話『新人との出会い』

「まさかブランさんとこに行きたいなんて言うとはな」

「ね。クララ、ブランさんのこと苦手そうだったのに」


 アッシュはチームメンバーとともに中央広場から東へ抜ける通りを歩いていた。


 昨日のベルグリシ戦があまりに激戦だったため、狩りを休みにした本日。その暇な時間を利用してクララ提案のもと、《ブランの止まり木》を訪ねることになったのだ。


「こ、怖いのは変わらないけど……でも1年以上も住んでたからかな。なんだか自分の家って感じが少しあるんだよね」


 時折、帰還する際に彼女は《ブランの止まり木》方面に足を向けそうになることがある。そのときは習慣が抜けていないだけだと思っていたが、実際は帰りたい気持ちが多少なりともあったからというわけだ。


 これまで居場所らしい居場所がなかった彼女だ。

 今後、そういった場所をもっと増やしてあげられたら――。


 そんなことを考えていると、ルナがいきなり顔を覗き込んできた。


「アッシュ、少し疲れ残ってたりする?」

「いや、そんなことはないぜ。寝て元通りだ」

「じゃ~……昨日のこと気にしてたり?」

「気にしてないって言うと嘘になるな。けど、しかたないだろ。決めるのはあいつだからな」


 昨夜、ベルグリシ討伐戦の打ち上げ中、レオをチームに勧誘した。当然ながらひどく驚かれたが、その後はいたって平然に返答してくれた。


 ――誘ってもらえたのはすごく嬉しいよ。でも、僕はいまを壊したくないんだ。だから……ごめん。


 そのとき、彼の目は《ファミーユ》のメンバーのほうに向けられていた。だが、もっと遠くの……べつのものを見ているような気がした。


 こちらも決して軽い気持ちで勧誘したわけではない。

 レオなら、という想いがあった。


 だが、食い下がろうという気にはなれなかった。

 少なくとも彼が見ているものがわからないうちは踏み込むべきではないと思ったのだ。


 クララが人差し指を顎に当てながら「うーん」と唸る。


「でも、意外だったかも。レオさん、アッシュくんのこと大好きだし、すぐに飛びついてくると思ってた」

「アッシュっていうか、アッシュのお尻目当て?」

「……本気でそんな感じだったら絶対に誘ってなかったな」


 魔物だけでなく仲間にまで注意しないといけなくなれば、はっきり言って精神的にもちそうにない。


 そうして話しているうちに《ブランの止まり木》に辿りついた。

 細い路地をとおった先にある木造扉前に立つ。


「うぅ、久しぶりだからちょっと緊張するかも」


 クララが緊張した面持ちで扉を開けようと手を伸ばした、そのとき。


 内側から扉が開けられた。


「うわぁっ」


 驚いて後ろに倒れそうになったクララを受け止める。


「も、申し訳ないっ。まさか誰かいるとは思ってなくて……」


 中から出てきたのはたくましい体つきの男だった。年齢は30近くだろうか。角ばった顔に銀色の短髪が特徴的だ。彼は頭を深く下げたかと思うや、こちらと目が合うなりがばっと顔を上げた。


「――って、もしかしてアッシュさんのチームですかっ?」

「ああ、そうだが……」


 こちらが戸惑いつつ返答した、直後。


 男が、まるで高額の戦利品を見つけた際のクララのような顔を浮かべた。その後、ビシっと姿勢を正すと、張りのある声をあげる。


「自分はマルセル・バロニエと言います! 最近、ここにきたばかりの新人です!」



     ◆◆◆◆◆


「へぇ、俺が使ってた部屋なのか」

「みたいですね。本当に光栄です」


 ところ変わって宿の中。


 アッシュはルナ、マルセルとともに居間の椅子に座っていた。クララはひとり2階の廊下から部屋を覗いては「懐かしいー!」と声をあげている。


「そういえばボクたちのこと知ってるみたいだったけど……」


 ルナがそう切り出したところ、よくぞ訊いてくれたとばかりにマルセルが声を弾ませる。


「最速で塔を昇り、いまでは島で知らない者はいない――新進気鋭のアッシュチームもここから始まった。案内人のウルさん、そしてブランさんからそう紹介されて、ここに決めたんです」


 ウルなら言いかねないが、まさかブランまでそんなことを口にしていたとは思わなかった。ブランのほうを見やると、彼女はばつが悪そうに目を泳がしていた。


「……み、見るんじゃないよ。あたしも商売人だからね」


 新人用の宿は幾つかあるが、中でも《ブランの止まり木》はとくに不人気だ。宿がボロいのはどこも同じなので、おそらくブランの性格が問題なのだろう。


 とはいえ、悪い人では決してない。

 少々、金にがめついところはあるが。


 世話になった恩もある。自身の名が商売に利用できるのなら遠慮なく使ってくれて構わないというのが本音だった。


「あ、そーだ。渡すの忘れてたっ」


 いきなりそんな声をあげたクララがどたどたと慌しく2階から下りてきた。ブランの前に立つと、肩に提げていた袋を下ろし、そのまま両手で差しだす。


「ブランさん、はいっ」

「なんだい、これは?」

「あたしからのプレゼント!」


 にこにこと笑顔のクララに見守られる中、ブランが不審がりつつも袋を開ける。


 中から取りだされたのはちょうど手に乗る大きさの鉢に入った観葉植物だった。中指程度の茎に幾枚もの可愛らしい葉がついている。ここを訪れる前、中央広場の外れで購入したものだ。


 クララが得意気に話しはじめる。


「ほら、ここって殺風景でしょ。だから少しでも華やかになればいいなって」

「面白味のないところで悪かったね」

「そ、そういうつもりじゃくてっ」

「こんなものを渡すなら直接ジュリーをくれたほうがよっぽど嬉しかったよ」

「うぅ……」


 容赦ない言葉に本気でへこむクララ。

 そんな彼女を横目に見ながら、ブランが手にした観葉植物を受付の隅に置く。


「でもまあ、悪かないね」

「でしょーっ!」


 一転して眩しい笑みを浮かべるクララに、ブランが「ふんっ」と鼻を鳴らす。なんだかんだと付き合いの長い2人だ。一見、仲が悪そうに見えるが、実は相性がいいのかもしれない。


「相変わらず素直じゃないね」

「だな」


 クララとブランのやり取りを見てルナと笑い合う。


 それほど前の話ではないのになんだかずっと昔のことのように感じた。それだけ密度の濃い時間を過ごしたからだろうか。いずれにせよ、こうしてまた訪れるのもありかもしれないな、とアッシュは思った。


「そうだ、マルセル。島にきて何日目なんだ?」

「5日目です。本当にきたばかりで……」

「《スカトリーゴ》には行ったか? ……あ~、中央広場の南東にあって客席が通りに出てるところだ」


 店名ではわからないようだったので場所も交えて紹介したところ、「ああっ」とマルセルは思いだしたように声をあげた。


「いつもよく人がいるところですね。いえ、まだ行ったことはありません。なんだかお洒落で……ちょっと行き辛く感じてしまうんですよね」

「わかるっ」


 ここぞとばかりにクララが同調していた。

 やっとわかりあえる人が出現したといった様子だ。あまりの勢いにマルセルのほうは若干引き気味だったが。


「なんならこれから一緒に行かないか? 昼飯も近いし、奢るぜ」

「いえ、悪いですよそんな」

「気にする必要はない。俺もきたばかりの頃、古参の奴に奢ってもらったしな」

「ですが……」


 マルセルがクララとルナのほうを見やった。

 どうやら彼女たちの意見も気になるようだ。


「2人もいいよな?」

「もちろんボクたちの分もアッシュ持ちだよね」

「やったー! アッシュくんの奢りー!」

「ったく……わかった、それでいい」


 いまガマル胃袋には90万ジュリーほど入っている。高価な装備を購入したりオーバーエンチャントをしたりすれば一瞬で吹き飛びかねないジュリーだが、食事程度なら気にするほどの出費ではない。


 アッシュは苦笑しつつ、マルセルに向きなおる。


「ってことだ」

「で、ではお言葉に甘えてご一緒させていただきます……!」



     ◆◆◆◆◆


 そうして《スカトリーゴ》にきたわけだが、アッシュは自身の選択を顧みていた。彼女がいたことを忘れていたのだ。


「新人さん、この人みたいになってはいけませんよ」


 看板娘のミルマ――アイリスが飲み物を持ってくるなり、そんな言葉を吐いた。


「くるたびくるたび色んな女性を連れてくるのですから。本当に節操なしです」

「……おい、変なこと吹き込むなよ」

「わたしは事実を言っているだけです」


 トレイを抱きながら強気な顔をぶつけてくるアイリス。

 そんな彼女の姿に少し圧倒されつつもマルセルが淡々と応じる。


「それほどアッシュさんが魅力的ということじゃないでしょうか。実績を聞いている限りおかしいことはないと思います」

「……もう手遅れでしたか」


 アイリスが諦めたように嘆息する。

 まるでこちらがマルセルを洗脳したみたいな言い方はやめてもらいたいものだ。


 ルナがじとーっと細めた目を向けてくる。


「でもアッシュ、そんなに色んな人ときてるの?」

「ラピスさんとはよくきてるよね」


 クララまで参戦してきた。

 彼女の場合、「あたしもここで食べたい!」といった要望だと思われるが。


 アッシュは肩を竦めつつ答える。


「アイリスがちょっと過剰に言ってるだけだ」

「わたしが知っている限りでは少なくとも十人ですね」

「……まあ、そういう見方もあるかもしれないな」


 目の前の2人とラピス、シビラ。それに《ソレイユ》のメンバーを加えればたしかに10人は超える。反論の余地がない。


 アイリスがまるで勝ち誇ったようにかすかに口の端を吊り上げたのち、ぐいと詰め寄ってきた。


「いいですか? 挑戦者の本分は塔の攻略です。女性の攻略ではありません」


 上手いことを言ったつもりでいるのだろうか。


 アイリスの説教ぶりに呆気にとられるマルセル。ルナは笑いを堪え、クララにいたってはすでに興味が飲み物――クルナッツジュースに向いていた。


 どうにか話題を切り替えられないかと思っていると、ちょうど《スカトリーゴ》に入ってくる5人組の知り合いを見つけた。昨日、ベルグリシを相手にともに戦ったレオとその仲間のチームだ。


 アッシュはアイリスの説教から逃れんと声をあげる。


「よう、レオ! 偶然だな」

「あれ……アッシュくんじゃないかっ」


 弾むような声で応じたレオ。

 そばにいた彼の仲間とも手を挙げて挨拶をしあう。


「レオ……?」


 ふとマルセルが聞き返すようにそう口にした。

 彼はちょうどレオたちに背を向けた格好だ。


「ああ、レオ・グラント。さっき言ってた古参の奴ってのはあいつのことだ」


 マルセルがゆっくりと振り返った。

 その瞬間、レオの顔が驚愕の色に染まった。


「……マルセル?」

「なんだ、2人とも知り合いかよ」


 出会ったのは島の中か、外か。

 いずれにせよ知り合いなら好都合だ。


 このまま全員で食事をしないか。

 そう切り出そうとしたとき――。


「そうか……こんなところにいたのか。どうりで見つからないわけだ……」


 ゆらりと立ち上がったマルセルがレオの前まで向かうと、その顔面を思い切り殴りつけた。勢いよく吹き飛んだレオが近くのテーブルや椅子を巻き込んで倒れる。


 いきなりのことに周囲が騒然とする中、さらにマルセルが攻撃を加えようとしていた。


「なにしてんだっ」


 アッシュは急いで駆け寄り、彼を羽交い絞めにする。

 かなりの膂力だ。

 本気で絞めなければいまにも外されかねない。


「離してください!」

「落ちつけ! レオがなにしたってんだ!」

「こいつは逃げたんだ!」


 マルセルは憎しみに満ちた顔をレオに向け、続けて叫んだ。


「俺たちを捨ててひとりだけ逃げた卑怯者だ!」




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