◆第十七話『挑戦者の差』
アッシュはよろよろと立ち上がる。
大物の武器をずっと振りつづけていたせいか、腕がまるで固まったように重かった。
後衛組と前衛組が勝利を喜ぶ中、仰向けに寝転んだままのレオのもとへと向かう。すべてを出し切った――そんな達成感に満ちた顔で彼は天井を見続けている。
「はは……まさかこんな状態の僕を容赦なく踏み台にするなんてね……ほんとアッシュくんには驚かされるよ」
「レオならまだいけるだろって思っただけだ」
「その信頼、嬉しくて涙が出るね」
互いに笑い合ったあと、アッシュは手を差しだした。
「立てるか」
「……うん」
彼の身を包んだ《巨人》シリーズはぼろぼろだった。
所々が欠損し、元の強固な印象が消え失せている。
可能な限り強化してこのありさまだ。
ベルグリシの攻撃がいかに凄まじかったかがわかる。
レオを起こしたとき、ちょうどの《ファミーユ》メンバーが駆け寄ってきた。
「レオさんっ!」
走ってきた勢いそのままに彼らはレオを押し包んだ。
「い、痛いよみんな……まだ体があちこち痛んで――」
「勝ててよかった……勝ててよかった……っ!」
「途中、レオさんが死んじゃうんじゃないかって心配でしかたなかったんですよ……!」
彼らの声は喜びよりも安堵が満ちていた。
「あはは……みんな大げさだなぁ」
言葉とは裏腹にレオは嬉しそうだった。
彼らを抱き寄せながら慈しむように笑んでいる。
なんとも微笑ましい光景だ。
見ているとこちらまで温かくなってくる。
「アッシュくんっ」
呼ばれて振り返ると、クララとルナが立っていた。
どちらも多少のすり傷はあれど無事なようだ。
「おつかれ。2人もよく頑張ったな」
「アッシュだって最後の格好よかったよ」
ルナの賞賛にクララも「うんうん」と同意する。
「でも熱くなかったの? あたし、ぼこすか撃っちゃってたから……」
「熱かったに決まってるだろ。でもまあ、防具のおかげでちょっとしたやけどですんだみたいだ」
言って、アッシュはいまも疼く腹から胸の辺りを軽くさする。これが塔産の防具でなければきっと焼け焦げていたに違いない。
「見てみて! 装飾品が出てるよ!」
ファミーユのメンバーが声をあげながら1個の宝石をかかげていた。それを受け取ったレオがかざしたり裏返したりして確認しはじめる。小石程度の大きさで、なにやら見たことのない模様が刻まれている。
「……これはネックレスだね。効果はミルマに訊いてみないとわからないけど……これだけの強敵が出したものだ。きっといいものに違いないね」
歓声が沸きあがる。
装飾品はどれも強力な効果を持つ。仮に誰かが購入、または委託販売所で売りに出すとしても大きな収入になることは間違いない。となれば盛り上がらないわけがなかった。
クララに至っては予想どおり目を輝かせて誰よりも「おぉ~~っ!」と歓喜していた。
ふと出入口に誰かが立っているのが見えた。
ベイマンズとロウ、ヴァンだ。
アッシュは討伐メンバーの輪から抜け、ベイマンズたちのもとへと向かった。
「倒したみたいだな」
素直に喜べないといった様子でベイマンズが言った。
彼らからしてみれば〝先を越された〟といった状況だ。無理もない。
「本当になんとかって感じだ」
「俺たちも倒せると思うか? 遠慮はいらない」
真剣な顔で訊いてきた。
アッシュはベルグリシとの戦闘を思いだしながら渋い顔をする。
「初見殺しが多すぎてなんとも言えないな。正直、弱ったあとのベルグリシはシーサーペント……いや、リッチキングよりもよっぽど凶悪だと思う」
「げ、マジっすか……」
どちらとも戦ったことがあるからか。
ヴァンが見るからに顔を歪めた。
ロウが目を細めながら訊いてくる。
「それでもきみたちは倒したのだろう?」
「レオがいたからな。あいつがいなかったら間違いなく壊滅してた」
アッシュは顔だけを動かし、いまも後ろで仲間と喜び合っているレオを見ながら答えた。
彼の血統技術である《虚栄防壁》――いや、仲間を守るという強い意志がなければ絶対に勝てなかった。きっと参加者の誰もがそう思っていることだろう。
「……レオ・グラントか」
そう口にしたとき、ロウの眼光が鋭くなった。
果たして彼はレオの実力をどう見ているのか。
もとより島の古参として有名なレオだが、その実力の底は誰にも知られていない節がある。それでも相対したときの空気感のせいか、上位陣には一目置かれているようだった。
「おそらくまた沸くまでかなりの時間を要するだろう。それまで準備をしつつ情報収集に努めるとするか」
「じゃあ、兄貴。また近々一緒に飲みましょうや!」
「好きなだけ奢るぜ。それこそ酔い潰れるぐらいにな」
ロウの作戦にヴァン、ベイマンズが続く。
さすがの連帯感だ。
「ったく、俺から訊きだす気満々かよ。主催は俺じゃないからな。レオに直接訊けよ」
レア種の討伐法は戦利品が戦利品だけに非常に価値が高い。それも命を張った戦いで得たものならなおさらだ。あくまで協力者でしかない身では話すことはできない。
もちろんベイマンズたちもそれをわかったうえでの悪ノリだろう。互いに笑い合っていると、後ろからルナの「アッシュー!」と呼ぶ声が聞こえてきた。
「じゃ、また近いうちな」
「約束だぜ」
「ああ」
そうしてベイマンズたちに別れを告げたのち、参加者たちのほうへと向かって歩きだす。と、なにやらクララが待ちきれないといった様子で叫んだ。
「アッシュくん! 今夜、みんなで打ち上げしようってー! 行くよねー!?」
「ああ、もちろんだ!」
◆◆◆◆◆
「それではベルグリシ討伐を祝して……乾杯~!」
一度、各自帰還して準備したのち、中央広場から少し外れた酒場にベルグリシ討伐戦の参加者が集まっていた。
こじんまりとした店の中、ほかにいるのはミルマのみ。定員が15人らしいのでせっかくだからと貸し切ることにしたのだ。そのせいもあって全員がカップ片手に好き勝手に歩き回っている。
「いや~、一時はどうなることかと思ったけど、無事に倒せて本当によかったよ」
「すごい戦利品も出たし、今日は島にきて最高の日だね!」
聞こえてきた戦利品という言葉。
アッシュはそばに立つレオに声をかける。
「でもよかったのか? 1人76万ジュリーだろ。いくらレオでも安くないだろ」
「緑の属性石4個分の耐性増加……つまり4部位すべてオーバーエンチャントしてるようなものだからね。正直に言って1千万ジュリーでも安いと思うよ」
レオの首にかけられた銀色の輪。
その先には角ばった形状の、深緑の宝石が垂れていた。
ベルグリシが落とした装飾品だ。
ミルマから明かされた情報によると、ベルグリシネックレスというらしく、効果はレオが話したとおり。装着者に緑の属性石4個分の耐性増加という。まさに盾役に打ってつけの装飾品だ。
「それに協力してもらったうえにあんな危険な目に遭わせてしまったんだからね。もらってもらわないと僕が困るよ」
「そうだよ、アッシュくん。厚意はちゃんと受け取らないとね」
レオの言葉に、そう答えたのはクララだ。
いつの間にかそばに立っていた彼女はとても満たされた顔をしていた。
「ほんとわかりやすいな、クララは」
「クララってばジュリーが増えてからずっとこの調子だよ」
隣に付き添っていたルナが肩をすくめて苦笑する。
「はぁ……1000ジュリーもいかずにでひぃひぃ言ってた頃が嘘みたい」
クララが自身のガマルを大事そうに両手で握る。ガマルもガマルでたくさんのジュリーを食べられたからか、揃ってご満悦の表情だった。
「たくさんあるからって浪費したらだめだからね、クララ」
「はぁ~~いっ」
ルナの注意に元気よく返事をするクララ。
その姿はまさに母と子。あるいは姉と妹だ。
「そういえばクララちゃん、最後すごかったよね」
声をかけたのは《ファミーユ》の女性魔術師だ。
話を聞きつけてほかの後衛組が寄ってくる。
「そうそう! ひとりで5人分は撃ってたよね」
「俺なら間違いなく魔力切れで倒れてるよ」
「え、えと。あの……魔力の量には自信があって……えへへ」
初めこそいきなり囲まれて戸惑っていたクララだが、褒められてまんざらでもなかったようだ。嬉しそうに口元を緩めてはにかんでいた。
そんな彼女を微笑ましく見守りながらカップをあおると、もう中身がなくなっていた。しかたなくカウンターに注ぎなおしに行ったところ、「アッシュさん」と後ろから声をかけられた。振り返った先に立っていたのはウィグナーだった。
「お、そっちも注ぎなおしか?」
「いえ、アッシュさんの背中が見えたので」
どうやら話があったようだ。
アッシュは察して、誰も座っていないカウンター前の椅子に彼と座った。
「今日は本当にありがとうございます」
「礼を言われるほど大したことはしてないけどな」
「そんなことはありません。アッシュさんがあのときすぐに動いていなかったら……きっといま、みんなここにいられなかったと思います」
彼の言う〝あのとき〟とは、ベルグリシが狂騒状態に入った直後のことだ。あまりに激化した攻撃を前にレオを除いた《ファミーユ》メンバー全員が固まっていた。
「やっぱり僕たちとは違うんだな、と」
そうこぼしたときのウィグナーは、どこか寂しそうな顔をしていた。
誰しも恐怖を前にすれば動けなくなることはある。
それは〝しかたのないこと〟ではあるが、誰かの命が散るようなことがあれば、〝しかたのないこと〟ではすまなくなる。
だから、気休めの言葉をかけられなかった。
いや、かけてはならなかった。
その後、とくに話すこともなくウィグナーと別れ、ひとり隅の席に座った。
カップの中をエールから果実酒に変え、甘味と酸味を感じながらちびちびと消化していく。
視界の中、映る光景はとても眩しかった。
どこにもぎすぎすした感じはない。妬み、嫉み、僻みといった感情とは無縁なのではないか。そう思うほど笑みに満ちている。
本当にいいギルドだ。
創設した者の人柄がよく滲み出ている。
「どうしたんだい、そんな隅に座って」
輪から抜けだしたレオが歩み寄ってくると、そう声をかけてきた。相変わらずその顔には笑みが貼りついている。
アッシュはカップを軽く傾け、果実酒をまた口に含む。
「少し酔いが回っただけだ」
「嘘だね。いつもこんなぐらいじゃ酔わないだろう」
そう言いながら、レオはなにも言わず隣に座った。
――ひとりになりたい。
そんな空気をあえて出していたのだが、彼には伝わらなかったようだ。いや、むしろ伝わっていたからこそ近づいてきたのかもしれない。
レオ・グラントとはそういう男だ。
だからこそ、ここまで悩まされたのだ。
「なあ、レオ――」
興奮冷めやらぬといった討伐参加者の声でいまだ店内は騒がしい。そんな中、アッシュは不釣合いに静かで、想いを込めた言葉を紡いだ。
「俺たちのチームにこないか」





