◆第十六話『山の巨人②』
閃光のように煌いたレオの盾。その縁から広がるようにうっすらとした青い光が壁のように膨張していくと、瞬く間に視界一面を覆い尽くした。棲家の左右の壁、高い天井にもきっちりと触れ、完全にこちら側と敵とを隔てている。
すでに1個の岩石が青の光壁に到達すると、まるで実際の壁に当たったかのようにその勢いを止めた。さらに多くの岩石群が青の光壁に当たっていく。そのたびに凄まじい衝撃音を鳴らすが、ただのひとつとして通過していない。
「なんだ……これ……」
アッシュは眼前の光景を前に思わず呆けてしまう。
あの岩石飛ばしがまともに放たれれば、こちらが壊滅していたのは間違いない。そんな攻撃をレオはただのひとりで防いでいる。
おそらく《血統技術》の類だとは思うが……。
これほど強力なものは見たことがない。
「だめです、レオさん! それを使ったら……あなたがっ!」
そばにいたウィグナーが必死な顔で叫んだ。
その異様な焦りようにいやな予感がしてならなかった。
「おい、ウィグナー。レオのあれはなんなんだ?」
「……《虚栄防壁》。展開した光壁によって広範囲を守る代わりに、すべての衝撃が損傷となって発動者のレオさんに与えられる――いわば諸刃の《血統技術》です」
あまりにも強力すぎるとは思ったが、相応のリスクがあったというわけか。
岩石飛ばしが止むと、ほぼ休みなく横振りの拳が繰りだされた。レオはこれまで同様、盾で難なく受けるが、直後に襲ってきた突風に切りつけるような無数の斬撃が含まれていた。それらもまた《虚栄防壁》によって完全に遮断されるが――。
がくんとレオが片膝をついた。
「レオさんっ!」
悲鳴にも似た声をあげるウィグナー。
レオは剣を杖代わりにして、すぐさまふらつきながらも立ち上がった。苦痛に顔を歪めながら震える口を動かす。
「……やめるわけにはっ、いかないよ……っ! 僕の後ろには、大切な仲間がいるんだからね……」
クララたち治癒師3人が懸命に《ヒール》を放つが、《虚栄防壁》によって肩代わりした損傷があまりに大きいからか、回復が追いついていないようだった。だが、それでもレオは《虚栄防壁》を止めようとはしない。
「回避もできない……防具も役に立たない……だったら簡単な話だ。この命で受ければいい……っ!」
おそらく自分も同じ立場だったならレオと同じことをするだろう。だが、彼の場合、なにか底知れない使命感のようなもので動いているように感じた。それほどまでに必死で……痛々しい顔だった。
アッシュは舌打ちし、ひとり駆けだした。青の光壁から飛びだし、敵の左足に肉迫。その黒色化した肌に思い切りハンマーを打ちつけた。ガンッと重い金属音が鳴り響く。
これまでとは違った感触だ。おそらく狂騒状態に入ったことで肌が硬化したのだろう。しかし、攻撃を加えつづければ破壊できると信じてやるしかない。
アッシュはひとりがむしゃらにハンマーを振り回しながら顔を上げた。ルナだけは攻撃を再開していたが、いまだレオを除いた《ファミーユ》の攻撃組が敵に怖気づいている。
きっとここまで敵の攻撃が激しくなるとは思っていなかったのだろう。それこそレオに《虚栄防壁》を使わせるほどまでに――。
「なにぼうっと突っ立ってんだッ!? 退路は断たれたんだッ! もうこいつを倒すしか道はないだろッ!」
アッシュは喉が痛むほど声を張り上げる。
「レオの覚悟を無駄にするなッ!」
その言葉で《ファミーユ》のメンバーが戦意を取り戻した。弾かれるようにして彼らは動きだし、攻撃を再開する。
「敵はさらに硬くなってる! 前衛は左足を集中して攻撃しろ!」
こちらの指示に従って前衛組が敵の左足に群がった。近場で鳴り響く金属音に耳が悲鳴をあげていたが、いまは耐えるしかない。
敵の攻撃は、拳の振り落としも強化されていた。
落ちてくる岩石の数が3個から10個に増加していたのだ。
敵の攻撃速度が大幅に上がっていることもあり、高頻度で岩石が落ちてくる。さらに足の踏みつけも加わって激しいどころではなかった。1歩遅れれば死に至る状況の中、全員が一糸乱れぬ動きで回避しつづける。
ちょうどウィグナーが大剣を打ちつけたとき、敵の硬化した肌にヒビが入った。ようやく見えた光明にそばの前衛組が感嘆の声をかすかにもらす。
「マスターッ!」
悲鳴にも似た声が後衛組から聞こえてきた。振り返ると、またも片膝をついたレオが映り込んだ。俯いて肩で息をしている。内部への損傷もあるのか、口からはかすかな血がもれていた。先ほどよりも見るからに状態が悪化している。
そんな彼の頭上へと敵の拳が向かっていく。
「急げ!」
アッシュは前衛組とともにもう1撃ずつ敵の左足へと食らわせる。ヒビは根のように広がったが、敵の左足はいまだ壊れない。
――あと1撃。視界の端、あと少しでレオの頭に敵の拳が振り落とされる、直前。アッシュは素早く体を横回転させ、ハンマーをぶち当てた。
これまでとは違った感触だった。
視界の中では敵の左足首が砕け、その破片が飛び散る。
レオに向かっていた拳も左足を失った影響でずれ、レオのそばに落とされた。敵が前のめりに体勢を崩したこともあり、棲家が激しい揺れに見舞われる。
頭を垂らした敵の頭部へと前衛組も一斉攻撃をはじめる。
アッシュは斬撃を飛ばしつつ横目でレオを見やった。
彼はもうすでに瀕死といった状態だ。
ここで倒しきれなければ敵の攻撃が再開されるだろう。そうなったとき、果たしてレオは耐え切れるだろうか。……いや、無理だ。
いまも《ヒール》がかけられているが、回復している様子が見られない。すでに魔法でどうにかなる域を超えているのだろう。
「クララッ、回復はいい! ここで決めるつもりで全力で攻撃しろッ! 標的のことは気にするな!」
「わ、わかった!」
普段、クララには攻撃を制限してもらっている。《精霊の泉》を使って全力で攻撃しつづければ間違いなく敵の標的が彼女に移るからだ。しかし、いまはもうそんなことを気にしていられる状況ではない。
クララはその瞳を青く光らせると、魔力の残量を気にすることなく《フレイムバースト》をとめどなく放ちはじめた。その凄まじい火力に《ファミーユ》の後衛組もひどく驚いている。
クララの猛攻撃でかなりの損傷を与えられるのは間違いない。だが、これでも倒しきれるかわからない状況だ。とはいえ斬撃ではどうしても威力が低い。どうにかして直接攻撃を叩き込めれば――。
そう思ったとき、敵の頭部近くで片膝をついているレオを見て、はっとなった。アッシュはレオを挟んで敵の頭部の直線状に向かいながら叫ぶ。
「レオッ! あとちょっとぐらい気張れるか!?」
「どう……だろうか。ちょっと自信が――」
「踏み台になってくれ!」
「え、まさか……」
「ああ、そのまさかだ! 頼む!」
同意を得る前から駆けだしたが、レオが応えるようにゆらりとこちらに向きなおってくれた。さらに踏みやすいよう斜めに傾けて盾を構えてくれる。
アッシュは跳躍し、レオの盾に足を置いた。掛け声をかけていなかったにも関わらず不思議と互いの意思が噛み合い、最高のタイミングで盾を踏んだ体が持ち上がる。
気づいたときには敵の頭部を見下ろすほどの高さまで到達していた。視界の中、いまも味方による猛攻撃が敵の頭部に行われているが、敵に倒れる様子はない。それどころか敵の砕けた足に破片が戻り、起き上がろうとしていた。
近づいてくる敵の後頭部を前に、アッシュはさらに得物の柄を強く握った。この機を逃せばあとはない。
「アッシュくんっ!」
レオの叫び声が聞こえる中、ハンマーの重さを利用しながらくるくると前方に回転し、位置を調整。そのままの勢いで落下していく。
「ぉおおおおおおおお――ッ!」
火炎まみれの敵の頭部へと接触。肌が焼かれるような感覚に見舞われる中、アッシュは力の限り得物を振り抜いた。
感じた抵抗はなかった。それだけでは確証を得られなかったが……目まぐるしく流れる視界に映った多くの破片が結果を教えてくれた。
アッシュは勢い余って地面に激突し、得物を放してしまう。不恰好な姿をさらしてしまったが、いまはそんなことなどどうでもよかった。
敵の体が失った首から崩壊を始めていた。その体を形成していた岩石がごとごとと落ちていき、ついには人型だったその姿は跡形もなくなる。
本当に倒したのか。
そんな疑心からか、誰もが言葉を発さずに呆然としていた。だが、やがてあちこちに転がった岩石が消滅した、そのとき――。
ベルグリシの棲家に歓喜の声が響き渡った。





