◆第十四話『ベルグリシ棲家前』
男たちの返答を聞いて、レオが困ったように眉尻を下げた。
「……先と言っても狩る様子が見られないけど」
「そりゃそうだろ。仲間を待ってるんだからな」
つまり、先に辿りついたからベルグリシへの挑戦権はこちらにある、と主張しているようだ。
最近、赤の属性石が高騰していたが、もしかするとレッドファングもベルグリシ討伐に向けて準備していたからかもしれない。だとすればあの急激な値上がり方にも説明がつく。
「狩れないのに先にきて自分たちのって……ずるい気がする」
そうクララがぼそりと口にしたところ、レッドファングのひとりから睨まれ、案の定びくついていた。まったくもってクララの言うとおりだが、相手にその意見はとおらなさそうだ。
ふとファミーユの女性が「あっ」と声をあげる。
「あんたたち、よく見たらこの前あたしたちがここから戻ってきたときに会った人たちじゃん。もしかしてあとつけてたんじゃないの?」
「だとしても、べつに悪いことじゃないだろ」
「レア種は誰のものってわけでもないしな」
あっけらかんと答えるレッドファングの男たち。
たしかにそのとおりだ。
レア種の扱いに関して明確なルールがあるわけではない。彼らが強気に出られるのもそれが理由だろう。いざとなれば《レッドファング》という強力な後ろ盾もある。
「うーん……どうしようか」
言って、レオが眉尻を下げる。
初めてレア種の取り合いになったが、なんとも言えない空気だ。
《ファミーユ》のメンバーはただレアな装備を求めて狩りにきたわけではない。
ギルドの実績。
そして思い出作りという名目がある。
レッドファングと一緒に狩るという選択肢はない。
アッシュは担いだハンマーアックスの柄をぐっと握りながら、レッドファングの男たちに声をかける。
「こっちはいますぐにでも狩りにいける」
「狩りにいけるって……どう見てもメンバー不足だろ」
「13人もいるぜ」
「しか――の間違いじゃないか」
彼らもベルグリシに一度は挑んでいるのだろうか。
口振りから察するにその可能性は高そうだ。
「今回だけでもいいんだ。どうにか譲ってもらえないか?」
「あんた、アッシュ・ブレイブだろ。俺らのメンバーが色々世話になってるみたいだからどうにかしてやりたいが、レア種ばっかりはな」
レア種は通常の魔物より戦利品の落ちる可能性がとても高い。もちろんその中には特殊効果付きの高額な装飾品も含まれる。彼らが譲りたくないと思うのも無理はない。それがいまだ倒したこともないレア種ともなれば余計にだろう。
どうしたものか、と嘆息した、そのとき。
「あれ、アッシュの兄貴じゃないすか!?」
後ろから覚えのある声が聞こえてきた。
振り向いた先、立っていたのはやはり予想どおりの人物だった。
「ヴァン。それにベイマンズとロウも……」
レッドファングの幹部3人組だ。
彼らの後ろにはさらに多くの男たちが控えている。
総勢で20人近くといったところか。
ロウが視線を巡らせたあとに訊いてくる。
「これはどういう状況なんだ?」
「レオたちとベルグリシ討伐にきたんだが、先客がいたってところだ」
こちらが端的に説明すると、ロウが目を細めた。
心なしか、彼の眉は少し困ったように下がっている。
「どうする、ベイマンズ」
「えらく面倒くせえことなってんなぁ」
嘆息しつつ、思案しはじめるベイマンズ。
その裏では《レッドファング》のメンバーたちが見るからに威嚇してきていた。触発されてか、《ファミーユ》のメンバーも負けじと目に力を入れはじめる。
そんな剣呑な空気にあてられてか、クララがそばに寄ってきた。服のすそをぐっと掴んでくる。
「アッシュくん……まさか争ったりとかしないよね」
「大丈夫だ。あいつらとはそんな仲じゃない」
彼らは《ルミノックス》のような過激な相手ではない。
ジグを始めとした〝膿〟も出ている。
きっとそんなことにはならないはずだ。
そう信じていまもベイマンズの返答を待っていると、ようやく彼の口が開かれた。
「一度破れたボスに絶対にリベンジしてやるって意気込んでやってきたところだぜ。それをいまさらやめろって言われてもな。無理があるってもんだろ」
やはり厳しいか。
となれば争うことだけは避けたい。レオたち《ファミーユ》には残念だが、引いてもらうしかないだろう。そう思ったときだった。
「けど、やっぱアッシュがいるってんなら話はべつだ」
苦渋の決断だったようだ。
その顔は見るからに歪んでいる。
「ジグの件だけじゃねえ。アルビオン騒動解決の貸しもあるからな」
「じゃあ――」
「ああ、今回だけだぜ」
ベイマンズがそう答えた瞬間、《ファミーユ》メンバーから歓喜の声があがった。
反面、ロウとヴァンを除いた《レッドファング》メンバーは不服といった様子だった。「ボスッ」と再考を呼びかける者もいたが、ベイマンズがひと睨みして一蹴した。それから2つに割れた空気を纏めるように「ただし!」と大きな声をあげる。
「もし討伐に失敗したときは即座に俺たちが狩る。いいな?」
「了解だ。……ありがとな」
互いに強張らせた顔を緩め、無言で顔を見合わせた。
ベイマンズにもギルドマスターとしての顔がある。いくら貸しとはいえ、難しい判断だったことは間違いない。近いうちに礼も兼ねて酒でも飲み交わしたいところだ。
「ってことだ。みんな、行こうぜ」
そうしてベルグリシの棲家へ向かおうと踵を返したとき、ロウから「アッシュ」と呼び止められた。
「なんだよ、ロウ。まだなにかあるのか?」
「いやそういうわけではない。ただ……本当にその人数で挑戦するのか? 我々が20人でも厳しかった相手だぞ」
脅しているわけではなく、本当に心配してくれていることが伝わってきた。ベイマンズの口振りから挑戦し、敗走したことはわかっていたが……彼にそこまで言わせるとはよほどの強敵のようだ。
「忘れたのか、ロウ。一緒に倒したシーサーペントのこと」
アッシュはおどけたように言うと、ロウはきょとんとしていた。
「そう、だったな」
「ま、なんとか上手くやるさ。それに〝今回も〟心強い味方ってのもいるしな」
「……まったくきみらしいな」
言って、彼は困ったように笑った。
その後、アッシュはロウに別れを告げたのち、先に入口に向かっていた仲間たちに合流した。レオが歩を緩めて横に並び、声をかけてくる。
「ありがとう、アッシュくん。きみのおかげだ」
「色々と運がよかっただけだ」
「じゃあ、その運を活かすためにも頑張って倒さないとね」
そんなレオの意気込みに彼のギルドメンバーとクララが「おーっ!」と声をあげて応じた。強敵と戦う前とはとても思えないほど明るいほがらかな空気だが、これこそがレオの作ったギルド《ファミーユ》の特色なのだろうと思った。
やがて通路の終わりが見えてきた。
長い準備期間だったが、ついにベルグリシと戦えるときがやってきた。《レッドファング》の上位陣でも勝てなかったという、中型レア種。いったいどれほどの強さなのか。
アッシュはひとり期待に胸を躍らせながら、その強敵の棲家へと足を踏み入れた。





