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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【精霊の泉】第一章
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◆第十八話『赤の塔10階戦・後編』

 アッシュはスティレットを収めながら敵の攻撃を躱すと、自由になった右手を胸元から服の中に突っ込んだ。首に吊るしたあるものを取り出し、口へと運ぶ。


 ――噛笛。

 もしものときのために赤の属性石を売却して得たジュリーで購入しておいたのだ。


 平たい管を強く噛みながら思い切り息を吹き込む。

 と、耳鳴りに近い高音が広間内に響き渡った。


 クララに向かっていた2体のダイアウルフがぴたりと動きを止めるや、こちらに向かってくる。本当に効果があるのか半信半疑だったが、どうやら高いジュリーを払った甲斐はあったようだ。


 とはいえ単純に注意を引くだけではないらしい。

 敵の攻撃が見るからに激化していた。

 両腕の負傷もあり、まともに反撃ができない。


「ご、ごめん……あたし、また……!」

「その話はあとだ! それよりヒールを頼む!」

「う、うん!」


 クララのヒールにより両腕の傷が塞がる。

 痛みは和らいだが、安堵する暇はなかった。


 いまも16体のダイアウルフが次から次へと襲い掛かってきている。

 回避に専念しながら1体ずつ確実に落としていく。

 そしてまた残り10体まで減らしたが――。


 主が遠吠えをあげた。

 アッシュは舌打ちしながら、再び数を増したダイアウルフを迎撃していく。


 状況は良化するどころか確実に壊滅の道を辿っている。

 せめて主から接近してくれれば反撃でやりようはあるが、高みの見物といったように少し離れたところで様子を見るだけだ。あれでは手が出せない。


 おそらく最初の10体を呼び出す辺りで無理矢理にでも主を狙って倒すべきだったのだろう。だが、いまさら後悔しても意味がない。


 一度撤退してまた挑戦したほうがいいだろうか。

 いや、この数を相手に逃げ切るのは難しい。

 それなら、せめてクララだけでも……。


 焦燥が思考に混ざったせいか視界が狭まり、側面から飛びかかってくる1体のダイアウルフに気づけなかった。


 涎を撒き散らす獰猛な牙が間近に迫る。

 もう回避は間に合わない。

 腕を1本犠牲にしてやり過ごすしか――。


 ふいに氷の矢が眼前のダイアウルフの横腹を貫いた。

 直前まで血気に溢れていたダイアウルフが勢いをなくし、墜落していく。アッシュは目を見開きながら、半ば無意識に氷の矢が飛んできた方向――クララを見やった。


「よ、余計なことしちゃってごめん! でも……」


 ばつの悪い顔をしたかと思うや、クララは意を決したように叫ぶ。


「あたしもアッシュくんと戦いたいから!」


 その瞬間、アッシュは強い風に吹かれたような感覚に見舞われた。

 10階に挑戦する前から胸中に引っかかっていたもの。

 それがいま、クララの言葉のおかげであらわにすることができた。


 ――どうしてこんな簡単なことに気づけなかったのか。


 自然と笑いが込み上げてきた。

 次第に声は大きくなり、広間全体に響き渡る。ダイアウルフを相手にしながら大笑いするなんてまさしく狂人のそれだが、あいにくと止められなかった。


「え、え? あたし本気なのに! 笑うなんてひどいよ……!」

「いや、悪い悪い。べつにクララを馬鹿にしたんじゃないんだ。ただ、ちょっと自分が愚かだったって気づいて、それで笑ってんだ」


 アッシュは火球を避けつつ、襲ってきたダイアウルフにスティレットを突き刺した。追撃をしかけてくる別の敵をソードブレイカーで弾き返しながら、スティレットを勢いよく抜き取る。


「敵の注意は俺が引く! クララはそのまま雑魚を減らし続けてくれ!」

「ま、任せて!」


 クララは一瞬だけ顔を綻ばせたが、すぐに顔を引き締めて攻撃の体勢に入った。

 突き出した彼女の右手から次々に氷の矢が放たれる。それらすべてがダイアウルフに命中し、戦闘不能へと追いやっていく。


 こちらも負けじと殲滅していき、ついには残り8体となった。


 少し離れたところから横並びした4体の敵が火球を放ってくる。

 近場に転がっていたダイアウルフを投げつけ、火球の1つを相殺。生まれた隙間を通って火球を放った4体のうちの2体を屠った。


 あと6体――。

 ふいに主が大きく後退した。


 仲間を呼ぶ気だろうが、そうはさせない。

 アッシュは主へと一直線に向かう。


 残りのダイアウルフたちが妨害せんと飛びかかってくる。

 避けながら無理矢理に突き進んだが、思った以上に時間がかかってしまった。


 すでに主は遠吠えの構えをとっている。

 彼我の距離は10歩程度。

 このままでは間に合わない。


 と、視界左端から飛んできたフロストアローが主の側頭部へと命中した。

 貫くことはなかったが、それでも遠吠えは中断された。

 クララの声が響く。


「お願いっ!」


 アッシュは一気に加速し、跳躍。

 空中で一回転したのち、主の眉間へとスティレットをぶっ刺した。


 激しい痛みに襲われてか、主が頭部を持ち上げて暴れはじめる。

 ここで仕留めるためにも落とされるわけにはいかない。

 懸命にしがみつきながら、スティレットで何度も何度も主の頭を刺し続ける。


 ダイアウルフたちが助けに向かってくるが、辿りつく前に主は崩れ落ちた。

 その姿を幾つもの宝石へと変え、消えていく。


 主が消滅すればダイアウルフも消滅する仕組みなのか。

 広間から敵の姿が完全になくなった。


 アッシュは両腕をだらりと垂らした。

 10階攻略に成功した喜びよりも、いまは疲れのほうが勝っていた。

 天井を見ながら荒れた呼吸を整える。


「本当に倒したんだ……」


 ようやく呼吸が落ちついたとき、へたり込んだクララが視界の端に映った。

 武器を収め、彼女のもとへと向かう。


「おつかれ。やったな」

「う、うん。あのっ……ごめん。主には攻撃するなって言われてたのに……」

「いや、あれは最高の選択だった」


 あのとき、クララが主を攻撃してくれなければこの勝利はなかった。


「あ~それから……悪かった」


 アッシュは軽く頭を下げる。

 いきなり謝罪されたからか、クララは困惑していた。


「え、え……? なんでアッシュくんが謝るの? 謝るのは足引っ張っちゃったあたしのほうで――」

「チームなんだからひとりで背負うな。なんて偉そうなこと言ってた俺のほうがひとりでやろうって考え過ぎてた」


 一緒に戦いたい、と。

 クララが言ってくれるまで気づけなかった。


 本当に愚かだ。

 もっと早くに気づいていれば、もっと簡単に10階を攻略できていたに違いない。


「俺がなんとかしないとってずっと考えてたんだ。けど、それが間違いだった」

「……仕方ないよ。だってあたし、本当に役立たずだから。今回だってアッシュくんならきっとひとりでも勝てたよ」

「そんなことはない」


 アッシュは静かながら強い口調で否定したのち、告げる。


「クララがいてくれたから勝てたんだ。……ありがとな」


 その瞬間、クララはくしゃりと顔を歪ませた。

 ゆっくりと首を振りながら、感極まったように目を潤ませる。


「ありがとうはこっちの台詞だよ……アッシュくんがいてくれなかったら、あたし10階に挑戦しないまま帰ってたもん……」


 そう言うと、俯いて目をゴシゴシとこすりはじめた。

 少し大袈裟な気もするが、クララにとってはそれだけ大きな問題だったのだろう。そう思うと、ただ10階を攻略した喜び以上のものを感じることができた。


「握手してくれるか? まだ杖としかしてないからさ」


 アッシュは手を差し出した。

 クララは荒っぽく涙を拭って顔を上げたあと、はにかみながら頷く。


「うん、もちろん……っ!」



     ◆◆◆◆◆


 思った以上に時間が経っていたらしい。

 夕暮れ時を迎え、塔前の広場は赤みが差していた。


 ひと狩り終えてぐったりといった様子の挑戦者たちの中、大男を中心とした集団を見つけた。ダリオン一行だ。どうやらまだ待っていたらしい。


 アッシュはクララとともに彼らのもとへと向かう。


「待たせて悪いな」

「遅いから死んだかと思ったぜ」

「あいにくとピンピンしてる」

「……結果は?」

「結果? そんなもん決まってるだろ。倒してきたぜ」


 言って、アッシュはしたり顔を向ける。

 ダリオンは驚いたようにまぶたを跳ね上げたが、すぐに嘲笑を浮かべた。後ろに控える仲間と顔を見合わせながら肩をすくめたあと、馬鹿にするように鼻で笑う。


「得意の冗談か?」

「嘘だと思うなら管理人に確認してもらえばいい」


 アッシュは離れたところで様子を窺っていた管理人に聞こえるよう言った。

 管理人が笑顔で頷いてくれる。


「わたしは構いませんよ。踏破印を確認すれば一発ですから」


 クララとともに右掌を上向けて差し出すと、管理人に手を撫でられた。

 赤色で11と刻まれた踏破印がすぅっと浮かび上がる。


「ふむふむ……両名とも11階になっていますね」


 管理人の言葉でようやく冗談でないことを理解したらしく、ダリオンが険しい表情のまま目を見開いていた。

 その後ろでは仲間たちが大袈裟にうろたえている。


「うそだろ……あいつが?」

「しかも2人だろ? 信じられねぇ……」

「そっちの新人がよっぽど優秀だったんだろ」


 クララを軽んじる発言にアッシュは思わず頭に血が上った。

 彼女が役割以上のことをしてくれたおかげで勝利できたのだ。その事実を伝えるついでに文句を言ってやろうかと思ったとき、クララに手で制された。


「その通りだよ。アッシュくんがいたから勝てた」


 そう言い放ったあと、彼女は一歩前へ出て勢いよく頭を下げた。


「あたしが未熟なせいであなたたちにはたくさんの迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい……。でも、でも……もう前のあたしじゃないから」


 再び上げられた彼女の顔は勇気に満ちていた。

 クララの変わりようにダリオンの仲間は呆気にとられている。

 ただ、ダリオンだけは真っ直ぐな目を向けたままだ。


 しばしの間、視線をぶつけあっていたが、ついにはクララが「うっ」と音をあげた。

 アッシュは自身の背中に隠れてしまった彼女を見ながら苦笑する。


 最後までやりあうのかと思えば、これだ。

 クララらしいと言えばらしいが。


「約束だ。役立たずと言ったのは取り消してやる。ただ、覚えておけよ。お前らが攻略したのはこの塔の序盤も序盤だってことをな」


 そう吐き捨てて、ダリオンはいまだ呆けたままの仲間を連れて去っていった。

 なんだかすっきりしない結末にアッシュは息をつく。


「謝れってのも約束に入れとくべきだったか」

「い、いいよ。っていうかあんまり文句言うとまた睨まれそうだし……」


 喧嘩を売ったのは自分だが、もとはと言えばクララの問題だ。

 彼女が満足しているなら、これ以上は突っ込むべきではないだろう。

 アッシュは息を吐いて肩から力を抜いた。


「ま、よく言ってやったよ」

「でしょー? あたしも言うときは言うんだよ」


 先ほどまでの弱々しい姿はどこへやら。

 ふふーん、とクララが得意気に胸を張る。


「足震えてたくせによく言うぜ」

「だ、だって仕方ないじゃん! あの顔だよ! 反則だよ!」


 必死に反論してくる姿はなんとも滑稽だ。

 彼女ほど三下という言葉がぴったりな者はいない。

 アッシュは心の中で笑いながら帰り道のほうを向いた。


「よし、行くぞ」

「え、行くってどこに?」

「決まってんだろ。飯だよ飯。主を倒してジュリーも大量に手に入れたしな。ま、祝勝会ってやつだ」


 そう説明したものの、クララはぽかんとしたままだった。


「なんだ、行かないのか?」

「う、ううん。行くっ、行くよっ!」


 こくこくと頷いたクララを見て、アッシュは歩き出した。

 クララが小走りで横に並んでくると、恥ずかしそうにぼそぼそと話しはじめる。


「じ、実はね……あたし、島のちゃんとしたお店で食べたことなくて」

「……マジかよ。1年もいるのにか」

「だってひとりでお店入るの緊張するし!」


 人見知りにもほどがある。

 ダリオンたちとチームを組めたのもきっと奇跡に近い出来事だったに違いない。


「じゃあ、今日はたくさん楽しまないとな」

「うんっ」


 そう応えたときのクララの笑みはまるで花開くようなものだった。

 正直、一癖も二癖もあるが、本当に根が真っ直ぐな子だ。

 ――信じられないほどに。


 いったいどんな人生を送れば、これほど純粋な子が生まれるのか。

 どうしてこんな子がジュラル島にやってきたのか。


 知りたいと思った。

 ただ、急ぐ必要はないとも思った。

 なんとなく彼女とは長い付き合いになる気がしていたからだ。


 いつか彼女から聞ければいい。

 そう思いながら、いまも弾むような足取りで隣を歩くクララに声をかけた。


「行きたいとこがあったら遠慮なく言えよ」

「いいの!? あのね、前からずっと行きたいなって思ってたところがあって。ブリンシュリルっていうお店なんだけどね――」



     ◆◇◆◇◆


 中央広場の北端。

 周辺ではもっとも大きな屋敷の中、ベヌスはソファでくつろぎながら対面の壁を見つめていた。


 壁には2人の挑戦者が赤の塔10階を攻略する様が映し出されている。

 1人が主を牽制し、もう1人が見事にトドメを刺すと、映像がふっと途絶えた。


「やりますね。新人とは思えない動きです」


 そう漏らしたのは部屋の隅で控えるミルマ――アイリスだ。

 彼女は普段、中央広場で飲食店の接客をしている。

 本日もその業務はあったが、一時的に休ませていた。


「ですが、その程度です。ひとりで突破した挑戦者ならほかにもいますし。ベヌス様が気にかけるほどとは、とても思えません」


 アイリスが怪訝な表情でそう続けた。

 ベヌスはにやりと笑いながら、新たな判断材料を提供する。


「あの者がすべての試練の塔を攻略していたとしても同じ台詞を吐けるか?」

「それはすごいですね……。ですが、試練の塔は1箇所攻略するだけでジュラル島に入る資格は手にでき、複数攻略しても意味はないと記憶しています。それにこの島の塔に比べればどれも大した難易度ではないですし」

「言ったろう。すべて、と」


 アイリスはすぐには意味を理解できず、しばし首を傾げていたが、はっとしたように顔を上げた。恐る恐る「……廃棄された塔」と口にする。


「もっとも初めに造られながら、そのあまりの高い難度に誰にも攻略されず。ついには廃棄されたという……あの塔も、なのですか」


 ああ、とベヌスは答えた。

 アイリスが見るからに動揺しはじめる。


「で、ですがあそこの頂には竜が配置されていたはずです。竜はこの島の塔において8等級の魔物……いくらなんでも外の者に攻略されるなんて……っ」


 その疑問はなにもおかしくない。

 なにしろ外皮の硬度こそジュラル島の竜より劣るが、動きはそう変わらないからだ。

 攻略された当時の自分もアイリスと同じように驚愕したことをいまでも覚えている。


「いまから約5年前のことだ。2人の男が廃棄された塔に挑戦し、そしてその頂に君臨する竜を倒した」


 ベヌスは舌なめずりをしたあと、湿った唇でその先を紡いだ。


「あの者は、そのうちの1人だ」




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もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
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