◆第十三話『いざベルグリシの棲家へ』
「悪いな、待たせちまって」
7等級に上がってから15日後。
ついにベルグリシ討伐の日がやってきた。
すでに緑の塔64階の転移門前に参加者が集まっている。
仲間のクララとルナ。
レオのギルド《ファミーユ》のメンバー10人だ。
「いやいや、充分早いよ」
「ですね。実はもう20日ぐらいは見てましたから」
レオに続いてウィグナーがそう言うと、ほかの《ファミーユ》メンバーもウンウンと頷いていた。
「防具を見送ったってのも大きいかもな」
「まあ、ボクとアッシュはもともと当たらないように戦うスタイルだからね。それに《インペリアル》の火力上昇は捨てがたいし」
「クララのほうは……まあ、好きにさせてやってくれ」
「可愛いからです」
少し恥ずかしがりながらも得意気にローブを見せつけるクララ。7等級に上がったにも関わらず、いまだに5等級の《アルカナ》シリーズなこともあってかなり驚かれている。
通常、魔術師や治癒師は少しでも魔力量を上げるために高い等級のローブを着るものだ。もちろんクララにとって魔力量は《精霊の泉》があるので問題ないのだが、それに関して話していないので驚かれるのも無理はなかった。
「ちなみにオーバーエンチャントはどれくらいかかったのかな?」
「俺が5回でルナが3回だ」
アッシュは背負ったハンマーアックスを見せつけるように右肩をくいと上げる。結局、自力で出した7等級の交換石は3つ。クララが杖に加えて、赤属性のレイ、バースト、ウォールの3種分が必要だったので2つ購入した形だ。
「うわ、かなり運いいじゃんー」
「人によっては10回以上失敗してるのに」
「俺なんて20回だぞ……」
ファミーユメンバーから羨む声があがる。
とはいえ、赤の属性石が高騰したこともあり、1度のオーバーエンチャントで約5万5千ジュリーもかかった。自力で出したものもあるのでもう少し安くすんではいるが、すべてを合わせれば決して少なくない出費だ。
「そういやレオ、あの《アウレア》装備は着ないのか?」
普段、レオは《インペリアル》シリーズを装備しているが、今回は《巨人》シリーズを装備していた。《巨人》シリーズには物理攻撃による損傷を大幅に軽減するセット効果がある。おそらくベルグリシ討伐に向けて防御特化に変更したのだろう。
「あれは面白装備だからね。まあ、僕としては着たい気持ちはあるんだけど、みんなにやめてくれって言われてしまってね」
「当然だよね」
「あれは恥ずかしすぎ」
「み、みんながひどい……」
ギルドメンバーの容赦ない声に涙目になるレオ。
さらにクララとルナも渋い顔をしながら言う。
「あたしもあれ着てる人と一緒にいるのは……」
「たしかに、あれはちょっとね」
「きみたちまでっ」
泣き崩れるレオを見ながら、ウィグナーが苦笑する。
「このまま放っておくと討伐前にマスターの精神がやられそうですね」
「だな。さっさと出発するとするか」
アッシュは背中からハンマーアックスを抜いて、肩に担いだ。
頷いたウィグナーが転移門を見やる。
「では、まずはベルグリシの棲家を目指しましょう」
◆◆◆◆◆
ベルグリシの棲家は64階のちょうど中間辺りにあるという。いくら大人数とはいえ、跋扈する魔物は高火力、高耐久の巨人。移動に時間をとられるかと思っていたが……そんなことはなかった。
視界の中、1本の大樹の根元に群がる10体の巨人。それらが一斉にハンマーを地面に打ちつけると、地鳴りのような音とともに刺々しい岩が数えきれないほど隆起した。
それを機に味方が手持ちの遠距離攻撃を飛ばしはじめる。すべてが赤の属性だからか、まるで大樹の根元から火が噴いているようだ。やがて火炎が消え失せると、黒こげ状態で転がった巨人たちの姿があらわになった。
巨人たちが大量のジュリーと化すと、大樹を背にしたレオが映り込んだ。
「ふぅ~」
疲れたように息をついているが、その身に大きな損傷はない。かすかについた傷もクララを含む3人からかけられたヒールによって一瞬にして治っていた。
「何度見ても凄まじいな」
「だね。まさかこんな狩り方があったなんて」
アッシュはルナと揃ってあっけにとられていた。
この階に侵入してから間もなく、ひと気がないとわかるなり飛びだしたレオ。いったいなにをするのかと思えば、周囲の巨人を集めだしたのだ。一瞬、自殺行為かと思ったが、そんなことはなく――。
大樹を背に巨人を引きつけ、纏めたのだ。そこからは先ほどに見てのとおり。以降、ずっとこの調子で進行している。
遠距離の攻撃手段が1つしかないので少し肩身は狭いが、なかなかに爽快で楽しかった。クララはひとり「怖くてヒールしちゃいそう……」と気疲れしているようだったが。
「こんな狩り方があるってのはレオから聞いてたが、まさか本人がやってたとはな」
「レオさん、今回のために巨人装備すべてに赤の属性石を8ハメしてましたからね。盾のほうは硬度上昇が8個ですね」
ウィグナーがレオの装備について解説する。
今回のために、ということはほかにも一式の8ハメ装備があるのかもしれない。相当な金持ちだとは聞いていたが、思っていた以上のようだ。
なにはともあれ、レオのおかげで早々に辿りつくことができた。
赤の塔の7等級階層と同様に多くの大樹が生えた中、左方に幾つもの山が連なっていた。その中でももっとも大きい山を見ながら、アッシュは問いかける。
「あれが言ってた山か?」
「はい、あの山の中腹にベルグリシの棲家があります」
◆◆◆◆◆
正規ルートから外れた場所とあって当然ながら道らしきものはなかった。巨人や妖精の相手をしながら比較的なだらかな斜面を進んでいく。中腹を越えたところで、不自然に出っ張った平らな岩場と山肌に開いた大きな穴が見えた。
「あれがベルグリシの棲家だよ」
レオに続いて、全員が平らな岩場に辿りついた。険しい道のりだったが、多くの者は息をあげていなかった。さすが挑戦者といったところだ。
約1名、ぐったりとしている小柄なヒーラーはいるが……見なかったことにしてアッシュは改めて入口の穴に目をやった。
「こんな場所、よく見つけたな」
「こういうところってなにかあるんじゃないかって思うじゃないですか」
そう答えたファミーユギルドのメンバーが早速とばかりに中へと入っていく。
中は洞窟のようになっており、十人が横に並んでも歩けるほどに広々としていた。左右の壁には火の灯った拳大の盃が等間隔に置かれているため、かなり明るい。いかにも奥になにかがいるといった様相だ。
3度の曲がり角を経たのち、巨大な広間に出た。周りを囲む浅黒い岩はまるで遺跡のように綺麗に整えられていた。複雑な模様こそないものの、静謐な空気が漂っている。
正面には人間にあわせた小さな通り道が見える。
おそらくあの先にベルグリシの棲家があるのだろう。
しかし、その入口の周辺に5人の挑戦者が座っていた。話したことはないが、たしかレッドファングのメンバーだったはずだ。ひとりが目を細めながら問う。
「まさかベルグリシを狩りにきたのか?」
「……そうだけど」
レオが頷いて答えると、レッドファングの男たちが仲間内で顔を見合わせた。それからひとりが代表して口を開く。
「残念だが、俺たちが先だ」





