◆第十二話『ウルのおうちでお食事会』
緑の塔61階で軽く狩りをしたのち、夕刻にあわせて中央広場に帰還していた。
委託販売所をあとにして、アッシュは愚痴のごとく吐き出す。
「赤の属性石、なんであんなに高騰してたんだろうな」
ベルグリシ討伐に向けて赤の属性石を安く仕入れたい。その考えから頻繁に委託販売所を訪れているのだが……先ほど最安値が7500ジュリーだった。最近の相場が6000だったことを鑑みればいかに高いがかわかる。
「レオさんたちが買ったのかな?」
「それにしては動きが大きすぎる気がするよね」
クララの考えにルナがそう意見する。
そもそもレオがマスターのギルドだ。
こんな荒い真似をするとは思えない。
「ま、属性石ならすぐに落ちつくだろ」
「それよりいまは今夜のごはんのが重要だよね」
「……相変わらずクララはなにより食いっ気だな」
「だって今日はなんかすごい疲れたんだもん。毒のせいかも」
たしかに毒で大幅に体力を奪われた可能性はありそうだが……。
いつもの彼女と変わらないというのが素直な感想だ。
「ねえねえ、ルナさん。今日はなに作るのー?」
「そうだな~……なににしようかー」
クララの期待を一心に浴びながらルナが献立を考えはじめる。そうして食材を売り出している露店が並ぶ通りまできたところ、前方から足取りのおぼつかないミルマが歩いてきた。
両腕には食材がぎっしり詰まった鞄を提げ、その手には人の頭ほどもある茶色の実――クルナッツを抱えている。クルナッツの上部からはミルマの証でもある耳がちょこんと顔を出している。
「うわっとと……」
いまの声やその小柄な体格。加えて大事そうに抱えたクルナッツの実から正体はすぐにわかった。アッシュはふらつくミルマからクルナッツの実を取り上げる。
「ウ、ウルのクルナッツが! 返してください~っ!」
「前も見えない状態で歩いてたら危ないだろ」
「って、アッシュさん!」
クルナッツのミルマはやはりウルだった。
こちらの顔を見るなり、彼女はぱぁっと顔を明るくする。
「こんにちはっ。みなさんお揃いでお買い物ですか?」
「ああ。夕食の買い出しだ」
そう答えたのち、アッシュはウルの両腕に提げられた買い物鞄を見やる。
「そっちは……えらく買い込んでるな。1人用か?」
「いえ、今日はウルのお家にアイリスさんがくるので2人分です」
「へぇ、アイリスが」
「昔からよく一緒に食べてるんですよ」
ウルは嬉しそうに答えると、「あっ」となにかを思いついたように声をあげた。なにやら興奮した様子でぐいっと詰め寄ってくる。
「もしよかったらアッシュさんたちもご一緒にどうですか!? ウル、腕によりをかけてご馳走を作っちゃいますよっ」
◆◆◆◆◆
ご馳走と聞いてクララが乗らないわけもなく。ルナも料理の献立に悩んでいたこともあり、せっかくだからと招待を受けることになったわけだが――。
「どうしてあなたがいるのですか?」
案の定、アイリスから納得いかないといった目を向けられた。
いまはウルを除いた4人で食卓についていた。
アッシュはアイリスと隣り合い、向かいにはクララとルナが座った格好だ。
ウルの家は2階建てで1階は居間と調理場。
おそらく2階に寝室などの部屋があるのだろう。
奥行きは充分だが、お世辞にも広いとは言えない。そのうえ棚のような収納型の調度品が数多く置かれているため、圧迫感が凄まじい。いまも座っている椅子を引けばすぐに物に当たるぐらいだ。
あと特徴的なことと言えば、すごく甘い匂いがすることだろうか。
女性独特のもの――ではなく、おそらくこれはクルナッツの匂いだ。クルナッツをモチーフにした小物がたくさん置かれているのも理由のひとつな気がする。
「だから言ったろ。ウルに誘ってもらったって」
「それは聞きました。わたしは、なぜ遠慮しなかったのかと訊いているのです」
鋭い目とともに返ってくるアイリスの言葉。
すっかり場は剣呑な空気に包まれてしまっている。
「やっぱりこないほうがよかったんじゃ」
「う、う~ん……」
居心地が悪そうなクララとルナにアイリスが慌てて弁解する。
「あ、あなた方はいいんです。わたしが言っているのは、このアッシュ・ブレイブに対してのみです」
「俺だけかよ……」
なんとも理不尽極まりない対応だ。
そう思っていると、調理場のほうからウルの声が飛んできた。
「もう、アイリスさんは素直じゃないですね」
「素直じゃないもなにも本音でしか喋っていません」
「あ、これ前菜にどうぞです。クルナッツジュースもっ」
ウルによって運ばれてきたのは魚の切身を薄く切ったものと色とりどりの野菜を綺麗に盛りつけたものだ。いかにも酸味が効いていそうな黄味を帯びた透明色のソースがかけられ、なんとも食欲をかきたてられる見た目となっている。
目を輝かせるクララに感心するように頷くルナ。2人とも遠慮がちにフォークを手にとり食べはじめると、満足そうに頬を緩めていた。
そんな彼女たちを見て微笑みつつ、ウルが最後のクルナッツジュースを置く。
「こんなこと言ってますけど、アイリスさんってばアッシュさんのこととても気にかけてるんですよ。毎日のように到達階を調べてますし」
「ちょ、ちょっとウル! なに余計なことを――」
慌てふためくアイリスに、アッシュは落ちついて一言。
「大丈夫だ。俺はわかってるから」
ベヌス絡みで目をつけられていることは知っている。
アイリスもそのことをほかの者の前で認めたくはないらしく、いかんともしがたいといった様子で顔を歪めては無言を貫いていた。しまいには顔をそらしてしまうが、ちらりと視線だけを向けてくる。
「到達階で思いだしましたけど……60階を突破したんですね」
「やっぱ知ってるんだな」
「そのことは忘れてくださいっ」
頬を膨らませながら怒られてしまった。
久しぶりに彼女のこんな顔を見た気がする。
怒りを吐きだすように息をついたのち、アイリスは前菜を食しはじめた。それから1口目が片付いたところでぼそりと口にする。
「レオさんを仲間に入れるのですか?」
「……どうしてそのこと知ってるんだ?」
「決して聞き耳をたてていたわけではないのですが、なにぶん耳がいいもので」
彼女も不可抗力だったようだ。
ばつが悪そうにしている。
「あ~、スカトリーゴで話してたもんね」
「挑戦者は気にしてたけど、ミルマのことは注意してなかったね」
やってしまった、とばかりにクララとルナが苦い顔をしていた。
「もちろん誰かに話すつもりはないので安心してください」
言われずともアイリスがそのような配慮のできるミルマであることは知っている。
「けど、どうしてアイリスが気にするんだ?」
「べつに気にしているわけではありません。ただ、昔のレオさんを知っているとどうしてもあなたと結びつかなかったもので」
「昔のレオ? いまと違うのか?」
「……それはもう全然違いますね。なにがどうとは言いませんが」
自分で調べるか直接聞け、ということか。いずれにせよ、アイリスの口振りからしてもよほど差異があるのが間違いなさそうだ。
「ま、こっちも仲間に誘うかどうかは悩んでるんだよな。……お、美味い」
アッシュは目の前の料理を口に含むと、こぼれるように感想がもれた。前菜らしく素材のよさを生かした新鮮な味わいだ。ソースの酸味もよく効いている。これは手が止まらなくなりそうだ。
「実はクララと少し話しててね。ボクたちは誘うのは歓迎だよ」
「レオさん、いい人だしね。変態だけど」
「だからあとはアッシュ次第ってところ」
ルナとクララが顔を見合わせながら伝えてくる。
そういうことなら話は早いが――。
「俺も誘いたい気持ちはあるんだが、肝心のレオがそれを望んでなさそうなんだよな」
先日、ともに酒場で飲んだときのこと。
彼が〝変化〟を望んでいないことが痛いほど伝わってきた。そんな彼の気持ちをわかっていながら踏み込んでいいものかと悩んでしまうのが正直なところだ。
「それはあくまであなたの憶測でしょう。実際は違うかもしれませんよ」
そう言ったのはアイリスだ。
アッシュは思わずきょとんとしてしまった。
彼女の口から励ますような言葉が出てきたことに驚いたのだ。彼女はというと、こちらの反応に「な、なんですか?」と戸惑っていた。
「ですね。アッシュさんとレオさんは仲良しさんですから、ウルは絶対に大丈夫だと思います!」
そう言いながら、ウルがたくさんの料理を運んできてくれた。
肉料理は少々であとは海鮮物を中心にしたものばかり。クルナッツの殻を皿に見立てた得体の知れないデザートも完備とそのあまりの豪華さにアッシュは仲間とともに歓声に近い声をあげた。
「ということでお待たせしました! どうぞみなさん召し上がってくださいっ!」





