◆第八話『特殊攻撃』
アッシュは浜辺に腰を下ろしながら緩やかに押し寄せる波を眺めていた。まだ朝陽が出て間もない時間とあって肌寒い。ただ、起き抜けの覚醒しきっていない頭にはその寒さがちょうどよかった。
ふと後ろから足音が聞こえてきたのを機に跳びはねるようにして立ち上がった。振り返った先、立っていたのはウイングドスピアを背負った女性――ラピスだ。
「悪いな、朝早くに呼びだしちまって。ちょっと訊きたいことがあってさ」
「べつにいいけど……その前にひとつだけ確認させて」
言って、彼女は訝るような目を向けてくる。
「あなた……本当にあのニゲル・グロリアを倒したの?」
「一応、倒したっちゃあ倒したが」
「武器はなにで?」
「ん? いつものこいつらだぜ」
腰裏の剣帯に差したスティレットとソードブレイカーの柄尻をとんとんと叩く。
「……そう」
しばらくの間、怪訝な顔をしていたが、やがて興味を失くしたように目をそらした。ただ、気のせいかもしれないが、その横顔はどこか寂しそうに見えた。
「ま、俺ひとりで倒したかって言われると疑問が残るな。俺の前にクララとルナ、それにシビラが戦ってたからな。消耗してたからこそって奴だ」
「それでも勝ったのはあなたでしょう」
ラピスがぴしゃりと言ってきた。
まるで反論は認めないと言わんばかりだ。
アッシュは肩をすくめつつ話題を転換させる。
「そういや、そっちはどうだったんだ? あのゴドミンって奴に襲われてただろ。ラピスのことだから無事だろうって思って放置してたんだが」
当時のことを思い出してか。
ラピスがいやそうに顔を歪める。
「べつにどうもならなかったわよ。変な血統技術で動きを止められて、それで終わり。あのおっさんとずっと向き合ってただけ」
「ずっとって……まさか事が収拾するまでか?」
「しかたないでしょう。動けなかったんだから」
アッシュは思わず「ふっ」と笑いをもらしてしまった。
「な、なに笑ってるのよ」
「いや、悪いっ。その光景を想像したら面白くてな」
こちらが笑うのを止めなかったからか。
ラピスが見るからに不機嫌そうに眉根を寄せる。
「もういいわ。早くその訊きたいってこと聞かせて」
これ以上笑うと本気で槍を突きつけられかねない。
アッシュは深呼吸をして平静を取り戻した。
「訊きたいことってのは属性攻撃についてなんだ。ラピスの槍……属性石を9個ハメてから放てるようになった属性攻撃ってあるか?」
「……前に見せたことがあると思うけど」
ラピスがおもむろに動きだすと、浜辺の砂に穂先を力強く打ちつけた。まるで硝子を割ったような音が鳴った直後、青白い光が海のほうへと迸る。
人1人よりも高い氷壁を両側に伴った1本の氷道が瞬く間に生成された。長さは斬撃の属性攻撃を放ったときよりも少し長い程度か。
振り返ったラピスが平然とした様子で言う。
「この氷の道がそう」
「これがそうだったのか。てっきり斬撃かと思ってた」
以前、クララがライアッド王国の暗殺部隊に追われていたことがあった。そのときに《ブランの止まり木》から中央広場へと逃げる用にと作ってくれたものだ。
ラピスが槍を振り下ろして青の斬撃を放ち、先ほど自身が生成したばかりの氷の道を左右真っ二つに破壊した。波に呑まれて氷の残骸が海へと沈んでいく。
「普通に斬撃を飛ばすとこうなるでしょ」
「たしかに、そういやそうだ」
ラピスが石突を砂浜に置いて、かすかに首を傾げる。
「これがどうしたっていうの?」
「いや、アルビオンの奴らと戦っててわかったことなんだが、どうも9等級から使える攻撃が武器ごとに違うっぽいんだよな」
「……どういうこと?」
「ニゲルが使ってた長剣は地面をこすりつつ振り上げて旋風みたいなのを出してたんだ。ナクルダールって弓使いにいたっては矢を空高くに放つことで雷みたいな攻撃を出してた」
人との関わりが薄いラピスのことだ。ほかの9ハメ属性攻撃のことを知らないと思ったが、予想どおりだった。表情には出していないが、目の色が変わった。
「いままでラピスしか9ハメに成功した奴っていなかったろ。だから、その考えに行きつかなかったんだよな」
「……あなたのスティレットはどんな攻撃なの?」
問いに応じて、アッシュは素早くスティレットを抜いた。逆手に持って自身の正面を囲むように腕を振る。と、煌く透明な膜が生成された。
「この光のカーテンかと思ってたんだが……」
「それ、ただの属性障壁よね。わたしのは氷壁になるけど、属性が違うだけで一緒」
「やっぱそうか。だからべつになにかあるんじゃないかって思ってるんだが――」
「見つからなくて相談にきたってこと」
「さすがラピスだ。話が早くて助かる」
そう持ち上げたところで当然ながらラピスの表情は変わらなかった。それどころか面倒そうにため息をついてすらいる。だが、律儀な性格は相変わらずなようだ。すかさず案を出してくれる。
「短剣でしょ。それも刺突用の。だったらただの突きじゃないの?」
「やってみたんだが、出なかったんだよな」
可能な限りの速度でスティレットを海のほうへ向かって突きだしてみる。我ながら悪くない鋭さだが、びゅんっと音が鳴っただけでなにも起こらなかった。
「な?」
振り返ったところ、ラピスは目線を落としてすでに思案をはじめていた。浜辺に波が2度打ちつけたところで彼女の目線が再び上がる。
「突き出すんじゃなくて引きが重要なのかも」
「あー」
言われたとおり、今度は突きだしたのち、素早く引いてみる。と、スティレットの笠をそのまま模したような白い光が撃ちだされた。
海面では、まるで光の笠を避けるように半円を描いてへこんでいる。光の笠はその後も虚空を勢いよく突き進むと、やがてすっと色をなくして消滅した。
「で、できたのか……?」
「みたいね」
「斬撃よりも大分速いっぽいが、なんか地味だな」
ラピスの槍のような派手な特殊攻撃ではないからか。
新たな攻撃手段を得た実感がいまいち湧かなかった。
「ちょっと属性障壁を出すから、そこに撃ってみて」
ラピスが砂浜を削るように槍を薙いだ。
生成された氷壁から離れたのち、いつでもどうぞとばかりに目で合図を送ってくる。
アッシュは遠慮なく先ほどと同様にスティレットを素早く突き、引いた。放たれた光の笠は斬撃より速いこともあって瞬く間に氷壁に到達。その分厚い壁をすっと貫通したのちも勢いを落とすことなく、向こう側の虚空を突き進んでいき、ふっとかき消える。
近くでそのさまを見ていたラピスが目をぱちくりとさせていた。
「同じ等級だから基本は相殺するはずなんだけど……」
「思いっきり貫いてったな」
「範囲が狭い変わりに威力は高めってことね」
「ははっ、こりゃあいいな」
決して派手な攻撃ではない。
だが、敵の急所をついたりする際には最適な攻撃だ。初めは肩透かしをくらったような気分に見舞われたが……なんとも使い勝手がよさそうだ。
すぐにでも魔物にぶっ放したいところだが、いまはなにより礼を言うのが先だ。
「助かったぜ、ラピス。おかげであっさり辿りつけた」
「べつに。その分だけあそこでまたご馳走してもらうだけだから」
「わかってる。ってか、もういくらでもいいぜ」
「そんなこと言っていいの?」
どこか意地の悪い笑みにも見えたが、真っ向からアッシュはにかっと笑った。
「大丈夫だ。もう島に来たばかりの新人じゃないからな」
夜の《スカトリーゴ》は400ジュリー。3人で狩れば巨人8体分だ。決して安いわけではないが、これまでラピスに世話になった分を考えれば高くはない。
ふとラピスの顔に影が差していることに気づいた。
なにか癪に障るようなことを言ってしまったのだろうか。
「ラピス?」
「……これで用はすんだのよね」
「あ、ああ」
「わたし、これから狩りに行くから。それじゃ」
言うやいなや、ラピスは背を向けて密林のほうへ歩きだした。
なぜいきなり機嫌を悪くしたのか。
まったくもってわからないが、こんな状態で下手に謝るべきでないことはわかる。
それにいまはほかに言うべきことがあった。
アッシュは波の音にも負けないぐらいの大声で叫ぶ。
「相談に乗ってくれてありがとな!」
一瞬だけ足を止めたラピスだったが、結局振り返ることなく去っていった。





