◆第一話『ファミーユ』
「悪いな、2人とも。付き合ってもらっちまって」
アッシュはともに歩くクララ、ルナへとそう言った。
塔での狩りを午前中で切り上げ、先ほど中央広場に戻ってきたところだった。いまは東へと抜ける通りを歩き、とある場所に向かっている。
「べつに問題はないよ。彼には色々と助けてもらってるしね」
「でも、どうしたんだろうね。急に来て欲しいって」
ルナが答えたのち、クララが首を傾げながら言った。
彼とはレオのことだ。
本日、彼のギルド本部に招待されていた。
理由については聞かされていない。
深刻な様子ではなかったので、きっと悪いことではないと思うが……。
「ま、行ってみりゃわかるだろ。って――」
「おーい、アッシュくぅ~~~~んっ!」
遠く離れた先、1人の変態――レオが手を振っていた。多くの挑戦者が塔を昇っている時間帯とはいえ、往来する人がまったくいないわけではない。そんな中で人の名前を大声で叫ぶのはやめてもらいたいものだ。
しかたないな、と思いながらレオのもとへと向かった。
「もしかしてずっとここで待ってたのか?」
「いや~、アッシュくんが僕の家にきてくれると思ったら待ちきれなくてね」
「レオの家じゃなくてギルドの本部だろ」
「僕がマスターなんだし、僕の家で変わりないよ」
どこか得意気に胸を張りながらそう言ったのち、レオはクララとルナのほうへ目を向けた。
「やあ、2人とも。今日は急に呼びたててしまってごめんね」
「大丈夫だよ。レオさんにはいつもお世話になってるから」
「同じく。それにアッシュの友達だからね。断る理由はないよ」
誰とでも問題なく話せるルナはともかく、人見知りのクララもいまではすっかりレオには気を許していた。顔を合わせる機会が多いのもあるだろう。だが、それよりも彼の本質が善人であることが大きいからだろう、とアッシュは思った。
2人の返答に気をよくしたレオがにっこりと笑う。
「嬉しいことを言ってくれるね。でも、ひとつ訂正しないといけないね。僕はアッシュくんの友達じゃなくて親友だ」
「……妙にこだわるな」
「それはもう、譲れないところさ。って、お客人を軒先に立たせたままはいけないね」
レオがそばの建物に駆け寄った。2階建てだが、横幅があまりなくこじんまりとした印象だ。それに見たところ周辺の中では一番古そうに見える。
「ささ、どうぞ。ここが僕のギルド、《ファミーユ》の本部だよ」
開けられた扉を抜け、促されるまま中へと入った。
外観どおり内観もまた古びていた。
とはいえ、充分に手入れされているからか、清潔感には溢れている。また緑もそこかしこに綺麗に配されているせいか、温かみのある空間となっていた。
「三大ギルドの本部に比べたらすごく小さいけどね」
言って、謙遜するレオ。
たしかに広くはないが――。
「いいところじゃねえか」
「なんかブランさんところに似てて、すごく落ちつくかも」
「うん。ボクも好きだな」
3人そろって内装を見回しながら感嘆する。
「ありがとう。きみたちを招待してよかった。みんなが聞いたら喜ぶよ」
そうしてレオが安堵の息をもらしたとき、奥の廊下からひとりの男が出てきた。
歳は25ぐらいだろうか。
黒髪と浅黒い肌が特徴的で、見るからに好青年といった感じだ。
彼はこちらの姿を認めるなり、レオに声かける。
「あ、戻ってたんですね」
「いまさっききたところだよ。ちょうどいいから、こっちにきてくれるかい」
そばまで男が歩み寄ってきたのを機にレオが話しはじめる。
「紹介するよ。彼はウィグナー・フォンズ。副マスターとして色々サポートしてくれてる自慢のメンバーさ」
「そんなに大したことはしていませんけどね。ともあれ、よろしくお願いします」
「俺はアッシュ・ブレイブ。こっちはクララで、そっちがルナだ。よろしく頼む」
仲間も一緒に紹介し、アッシュはウィグナーと握手を交わす。
レオのギルドメンバーとあってどんな変態かと身構えていたが、いたって真面目な好青年だった。なんだか肩透かしを食らったような気分だ。
「……レオと違って真面目そうだな」
「ちょっとアッシュくん、僕だって真面目じゃないか」
「変態の間違いだろ」
アッシュは言ってからはっとしてウィグナーのほうを向いた。
「って、悪い。自分とこのマスターを悪く言われたらいい気しないよな」
「大丈夫ですよ。うちは変態マスターのギルドって言われ慣れてますから」
言って、苦笑するウィグナー。
そこに嫌味はいっさい感じられない。
「……なあ、レオ。これを機に身の振る舞い方を改めたらどうだ?」
「誰がなんと言おうと僕は自分の生き方をやめる気はないよ」
「この尻に伸ばしてくる手だけはやめるべきだけどな」
しのび寄っていたレオの手を容赦なく叩いた。
相変わらず油断も隙もない。
赤くなった手の甲に「ふぅーふぅー」と必死に息を吹きかけるレオを見て、ウィグナーが笑い声をあげる。
「あははっ、本当にレオさんから聞いていたとおりの人ですね。うちのマスターがいつもお世話になっています」
「それはこっちのセリフだ。こんな感じで雑に扱ってるけど、レオには色々と助けてもらってる。感謝してもしきれないぐらいだ」
レオを横目に見ながら、アッシュは本心からの言葉を口にした。
褒められ慣れていないのか、レオは居心地が悪そうだった。そそくさと2階へと繋がる階段に足をかけ、その先を指差す。
「みんな待ってるからそろそろ行こうかっ」
◆◆◆◆◆
「みんなお待たせ。アッシュくんを連れてきたよ」
案内された2階の広間では8人の挑戦者が待機していた。なにやら談笑中のようだったが、こちらを見るなり一斉に感嘆の声をあげる。
「おお、彼が噂のアッシュくんか!」
彼らはぞろぞろと近くまでやってきた。
我先にと興奮したように話しかけてくる。
「聞いたぜ。アルビオンの件、お前が収めてくれたんだろ」
「いや、俺ひとりの力ってわけじゃ――」
「それでもすげぇよ。あのニゲルを倒したんだからさ」
「装備の差もあるのにどうやって勝てたんだ?」
「あ、それ俺も気になる! やっぱなんかすごい《血統技術》でも持ってるのか!?」
どれから答えればいいかわからないほど次々に質問が飛んでくる。わちゃわちゃとしてなんとも暑苦しい。
「アッシュくん、すごい人気……」
「無理ないかも。なにしろ島の英雄だからね」
後ろからクララとルナの呆れた声が聞こえる中、2人の女が男たちを押しのけて顔を出した。1人は20代前半。もう1人は30代前半といったところか。どちらも人懐っこそうで目をきらきらを輝かせている。
「わたし、実はファンなんだよねー」
「マスターの親友だって聞いてたからどんな人かと思ったけど、結構いい男じゃんー!」
2人はさらに距離を詰めてくるが、遮るように両手を広げたレオが割り込んできた。
「ちょっとちょっと。アッシュくんは僕のだからね。渡さないよ」
「おい、レオ。しれっと気持ち悪いこと言うなよ」
即座にそう告げたところ、《ファミーユ》のメンバー全員がレオに怪訝な顔を向けた。
「マスター。すごく仲良いって聞いてたけど……実は嫌われてるんじゃないの?」
「そんなことあるわけないじゃないか。な、ないよね?」
「さあ、どうだろうな」
「アッシュくん~~っ!」
おろおろとしながら泣きついてくるレオ。
そんな彼を見て、彼のギルドメンバーたちが笑う。
どうやらレオはギルド内でもいじられ役らしい。
和気藹藹としてとても雰囲気のいいギルドだ。この空気にいつまでも浸っていたい気持ちになるが、今回の目的がべつにあることを忘れてはならない。
「それで、そろそろ聞かせてもらえるか。俺たちをここに呼んだ理由」
「……あ~、実はアッシュくんたちに折り入って頼みがあってね」
そう言って切りだすと、レオは姿勢を正して話を継いだ。
「緑の塔64階……そこにいる中型レア種の討伐を手伝って欲しいんだ」





