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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【白の革命】第二章
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◆第十五話『白き世界の果ては』

 いましがた弾き飛ばしたニゲルを警戒しながらアッシュは視線を巡らせた。


 少し離れたところにクララとルナが倒れている。

 外傷はあまり見えない。

 おそらく気を失っているのだろう。


 どうやらなんとか間に合ったようだ。

 ただ――。


 近くで倒れているシビラの様子を横目で見やった。

 流している血が多すぎる。意識はまだあるようだが、いつ失ってもおかしくないだろう。


「無事……じゃなさそうだな」

「いやっ、大丈夫だ……わたしはまだ――ッ」

「強がらなくていい」


 アッシュは諭すようにそう告げる。


 無理矢理に立ち上がろうとしていたシビラが動きを止めた。悔しそうに唇を噛み、ぼろぼろの手で土を握りしめながら「すまない」と口にする。


「わたしはっ、無力だった……っ」

「そう卑下することはない。なかなかできないことだぜ。仲間だった奴らを敵に回してまで自分の信念を貫くなんてことは」


 そんな彼女だからこそ友だと思えた。

 いま、守りたいと思っている。


「……あとは俺に任せろ」


 右手のスティレット、左手のソードブレイカーをぐっと握りなおし、アッシュは地を這うように駆けだした。


 視界の中、ニゲルは剣を中段に構えて待ち受けている。隙がいっさい見つからない。正面からでは攻めきれる未来がまるで見えなかった。


 ならば、とアッシュはソードブレイカーを正面に構えながら肉迫。ニゲルの腕がかすかに反応したのを機に弾かれるようにして左側へと跳ぶ。相手の右手側に回り込んだ形だ。


 アッシュは着地と同時に地面を蹴り、スティレットで突き刺さんと飛びかかる。ニゲルの体勢は悪い。とれる――。


 そう思った瞬間、ニゲルが腕だけの力で剣を振るい、スティレットにぶつけてきた。体勢不利にも関わらず凄まじい威力だ。スティレットを握った手ごと上方へと弾かれる。


 さらにニゲルは素早く剣を引くと、最小限の動きでこちらに体の正面を向けた。万全の体勢で力強く踏み込み、斜めに剣を振り下ろしてくる。


 アッシュはとっさにソードブレイカーを割り込ませる。互いの得物が接触した、その瞬間。凄まじい衝撃に見舞われた。下手に逆らえば手首が持っていかれる。とっさに後方へと自ら飛ばされる形でいなし、着地した。


 即座に体勢を整え、隙を消す。


 対するニゲルは悠々と剣を構えていた。ただ立っているだけにも関わらず凄まじい威圧感だ。見えている以上に大きく感じる。


 得物を持ち、対峙してみて初めてわかる。ニゲルは強い。おそらくその実力はヴァネッサやベイマンズを遥かに上回るだろう。この世界にまだこんな戦士がいたとは思いもしなかった。


 ただ敵の実力以上に武器の質の差が問題だ。


 麻痺の強化石2個のほか、硬度増加の強化石を4個装着しているからか、ソードブレイカーに破損は見当たらない。だが、スティレットのほうは接触した箇所がかすかに欠けていた。この様子ではそう何度も撃ち合うことはできないだろう。


 ――ソードブレイカーを軸に仕掛けるしかなさそうだ。

 そうして攻め手を考えていると、ニゲルから声をかけてきた。


「まさかナクルダールを負かすとはな」

「弓使いを単体で当てられたらな」

「それでも相性を覆す力が彼にはあった」

「魔物狩りばっかやってて対人のほうは疎かったっぽいけどな」

「きみは違うと?」

「さあ、どうだろうな」


 アッシュはとぼけるように答えた。

 ニゲルが癪に障ったかのように目を細める。


「ヴァネッサ・グランやベイマンズだけではない。あのレオでさえもきみを買っていることが疑問だったが、いまようやく理解できた。だが――きみのような信念なき者をわたしは認めるわけにはいかない」

「勝手に信念がないとか決めつけてんじゃねぇよ。けど……奇遇だな。俺も一緒でお前みたいな奴を認めるつもりはない。仲間だった奴を平気で切り捨てるような奴はな」


 ――仲間を切り捨てる。

 その言葉に反応したニゲルが忌々しげに眉間に皺を寄せた。


「きみにはわからないだろう。わたしがどのような思いでこの革命に乗りだしたかを」

「はっ、お前の事情なんか知ったこっちゃねぇよ。ただ……仲間に手を出されちゃ黙ってみてるわけにはいかねぇからな」


 アッシュはスティレットの切っ先を向けながら言い放つ。


「お前はここで俺が倒す」

「……やれるものならやってみろ」


 どちらからともなく前へと踏みだした。

 互いの距離が一気に詰まっていく。


 あと少しで攻撃範囲に入る、直前――。

 ニゲルの姿が視界から消えた。


 頭が混乱するよりも早く魔法の類と判断。

 敵の位置の予測に入る。


 先の距離で眼前に出てくるとは考えにくい。

 おそらく背後か頭上。

 頭上の場合、身動きが取れず相手にもリスクが高い。

 ならば――。


 アッシュは瞬時にソードブレイカーを背後に運びながら振り返る。一瞬、遅れたかと思ったが、どうやら間に合ったようだ。響く甲高い衝突音。薙ぐように振られた敵の剣を遮る。


「――これに反応するか」


 得物の大きさの差だけでない。

 こちらは得物を片手で持っている。

 真正面から受け止めればうちまけるのは必至。


 敵の剣をいなしつつ潜り抜けた。

 すぐさま飛びかかろうとするが、予想以上に早く敵の斬り返しが向かってきた。


 アッシュは足を叩きつけてなんとか踏みとどまる。引いた顎の先をかすめていく剣に肝を冷やしながらそのまま後ろに体を倒し、両手をついて回転。体勢を立て直す。再び敵に斬りかかろうとするが、すでに敵の剣が眉間の間近まで迫っていた。


 アッシュは心臓が跳ねるよりも早く身をよじる。踊る髪の幾本かを斬りながらこめかみ脇をかすめていく剣。それにソードブレイカーを下から打ちつけながら前へと踏みだした。がら空きになった敵の胸へとスティレットを突き刺す、直前。


 またも敵の姿が消えた。


 早く振り向かなければと思うが、体勢が前のめりになっていたために時間がかかってしまう。まずい。慌てて振り向くが、敵は予想以上に離れたところに立っていた。


 彼の腕ならばいまの時間だけでこちらに傷を負わすぐらいはできたはずだ。なのに、なぜ。理由を追求しはじめるが、答えを出す間はなかった。


 敵が剣の切っ先を地面に走らせたのち、虚空を斬った。あわせて放たれたのは渦巻く緑の風。見たことのない属性攻撃だ。アッシュは即座にスティレットを振って白の斬撃をぶつける。白と緑の光が交わり、弾けるように散ったとき、敵の姿はなかった。


 かと思うや、視界を埋め尽くす形で眼前に現れた。

 すでに振り上げた剣を下ろそうとしている。

 アッシュは横へと身を投げ、地を転がった。


 直後に轟音が響き、地面が激しく揺れる。

 先ほどまで立っていた場所にニゲルの剣が刺さっていた。

 その切っ先を辿るように地面が裂けている。

 恐ろしいほどの威力だ。


 アッシュは一旦距離をとった。

 少しでも息が切れれば一瞬で命をとられる闘いだ。

 細く長く息を吸って吐いて、体勢とともに心を整える。


 ニゲルが地面からゆっくりと剣を引き抜いたのち、見下すような目を向けてくる。


「わたしを倒すと言っていたわりにはその程度か」

「まだまだ始まったばっかだろ」


 とはいえ、こんな撃ち合いを続けていたら先に倒れるのはこちらだ。負傷したシビラの状態も心配だ。そう時間はかけていられない。


 アッシュは白の斬撃を放ち、あとを追うように駆けた。敵もまた緑の斬撃を放ち、相殺を狙ってくる。


 互いの属性攻撃が衝突し、光が弾ける瞬間。アッシュは跳躍し、敵の頭上につけた。再び放った白の斬撃とともに落下する。ニゲルが慌てて剣を振るい、白の斬撃をかき消しつつ受けの体勢に入った。


 そこへアッシュは勢いのままソードブレイカーをぶつける。片手では体を支えきれず、さらに裏からスティレットの柄も押しつけた。がりがりと刃のこすれ合う音が鳴る。


「まるで動物だなッ!」


 力任せに剣を振られ、弾き飛ばされた。

 こちらが着地するなり敵が左手を地面に当てる。

 あわせてその腕にはめられた腕輪が緑色に煌いた。


 地鳴りのような音が聞こえた直後、ニゲルの手からこちらに向かって地面に亀裂が走った。幾つにも切り分けられたそれらが乱雑に勢いよく突きあがりはじめる。そのうちのひとつに体を弾かれ、空中に打ち上げられてしまう。


 空中では移動できない。

 だが、敵は違う。


 隆起した地面上を飛ぶように渡りながら、こちらの眼下へと瞬く間に到達。跳躍して向かってくる。白の斬撃を放って牽制するが、そこにもう敵の姿はなかった。また姿を消したのだ。


 半ば無意識に体をひねって振り返ると、すでに剣を振り上げたニゲルが映った。緑の風をともなった剣が振り下ろされる。


 アッシュは交差したソードブレイカーとスティレットをなんとか割り込ませる。衝突と同時、まるで巨岩に叩かれたような感覚に見舞われた。地上側へ勢いよく追いやられ、隆起した地面に背中から衝突。粉砕しながらも落下は続き、もとの地上の高さでようやく勢いが止まる。


 思い切りむせ返ったとき、纏わりついていた緑の風が散った。晴れた視界の中、抜けるような青空を背景に突っ込んでくるニゲルの姿。陽光を反射してか、向けられた剣の切っ先がきらりと煌く。


 アッシュは悲鳴をあげる体に鞭打ち、身を横に転がした。そばにニゲルの剣が突き刺さると同時、纏われていた風がまるで壁のごとく周囲へと衝撃波を飛ばした。周辺の隆起した地面が砕け散り、細かい破片となって飛んでいく。


 アッシュは衝撃波によって軽々と体を持ち上げられた。空中で荒れ狂う体を制御し、なんとか二の足で地面に着地した。あちこちで破片がころころと転がる中、ゆらりと顔を上げる。


「……やっぱ強ぇな。だからこそわからないんだよな。そんだけ強けりゃ塔を昇って神に頼むって手段を選んでもおかしくないだろ」

「貴様は知らないからだ。9等級の魔物がどれほどの強さかを」

「あんたがそんだけ言うってことはよほどなんだな。……ははっ、楽しみだ」


 8等級には竜種が出現すると聞いている。

 自分が知る中では、もっとも強い魔物が竜だ。


 あれよりも強いとは……いったいどんな魔物なのか。

 戦闘中であることも忘れて、つい想像してしまいそうになった。


 そんなこちらの姿を見てか、ニゲルが怪訝な顔をしていた。

 アッシュは口元を拭ったあと、にぃっと笑う。


「そういやニゲル。さっきの魔法、どうして最初から使わなかったんだ?」

「貴様程度に使う必要はないと判断していただけだ」

「あんまり魔力が残ってないから使うのを控えていた、の間違いじゃないか」


 見たことのない魔法だった。

 9等級の魔法で間違いないだろう。


 そしてあれほどの威力、規模。

 魔力の消費量は決して少なくないはずだ。


「魔力は厳しい鍛錬を積んで内包できる量を増やしていくものだ。そんだけの剣の腕がありながら、その量は大したもんだが……それも限界にきてるみたいだな」


 魔力は生命力と強く結びついている。

 その量が減れば疲労が表面に現れる。


 顔に出さないようにはしているようだが、ニゲルの顔は苦しさを耐えるようにかすかに歪んでいた。きっとシビラたちが魔力を減らしてくれたおかげだろう。


「たしかに《アースクエイク》は大量の魔力を必要とする魔法だ。また使うのは得策ではないかもしれない。……しかし、こちらにはまだ手がある」


 突如として駆けだしたニゲルの姿がすっと消える。

 また瞬時に移動する、あの魔法を使ったのだろう。


 アッシュはこれまでのニゲルが姿を消してから現れるまでの時間を思いだし、その瞬間を見計らって後方へと飛んだ。


 直後、振り返ろうとするニゲルが眼前に現れた。こちらの姿を認めるなり、なんとか体の向きを修正しようとするが、遅い。アッシュはスティレットでその右肩を刺した。


「まだ手がある……だったか? いったいどんな手なんだ?」

「ぐっ」


 敵が無理矢理スティレットを引き抜き、剣で薙ぎの一撃を放ってきた。アッシュはしゃがんでやり過ごしたのち、敵の右足に斬りかかる。が、相手もそれを読んでいたらしい。左足を軸に半円を描くよう右足を引かれた。さらに剣を振り下ろされる。アッシュはまろぶように避け、敵から距離をとる。


 と、ニゲルがまた姿を消した。


 アッシュは即座に敵の向き。また敵との距離を把握したのち、左手側にスティレットを突きだした。腕が伸びきる寸前にニゲルの姿がそこに現れた。狙いどおりの箇所――左肩を貫く。かすかに呻いたニゲルが剣を振りつつ、スティレットを引き抜いて後退した。


 両肩から血を流しながら乱れた呼気のまま叫ぶ。


「なぜだ……なぜこうも正確に捉えられる……っ」

「決まってるんだろ? 姿を消して移動できる距離、方向」


 アッシュは問いかけると、ニゲルが口をつぐんだ。

 どうやら当たりらしい。


「大方、はめた属性石の数に応じてってところか」

「まさか……はかっていたのか」

「すぐ後ろに出てくりゃトドメをさせるってのに来ないときがあるからおかしいと思ってな。そう何度も見せるもんじゃなかったみたいだな、その魔法」


 アッシュは口の端を吊り上げながら言った。

 そこで初めてニゲルが大きく表情を崩した。

 憎しみや悔しさの入り混じった顔を向けてくる。


「きさま……いったい何者だ!? これほどの力があれば島の外でも名が知られていてもおかしくはない。だが、アッシュ・ブレイブなんて名を聞いたことは一度もないぞ……!」

「そりゃそうだろ、俺はなにもしてないからな。ま、するとしたらこれからだ――」


 アッシュは笑みながらスティレットの先を天へと向ける。


「お前が諦めた塔の頂に、俺は必ず辿りつく」

「アッシュ・ブレイブ…………ッ!」

「さぁ、やろうじゃねぇか。魔法なんてなしのガチの闘いをよッ!」


 どちらからともなく放った斬撃がみたびの開戦合図となった。


 光が弾ける中、剣をかちあわせ、甲高い音を響かせる。こちらは短剣。単純な力比べでは勝てない。回避に専念し、敵が大振りしたところを狙って攻撃をしかける。だが、敵もまた洗練された動きでこちらの攻撃をさばき、さらに反撃をしかけてくる。


 互いに譲ることなく、攻撃の応酬を目まぐるしく繰り返す。


 とてつもない研鑽を積み重ねてきたことがわかる剣だ。

 叶うならばいつまでもこうして剣を交わしていたい。


 だが、これはやらなければやられる闘いだ。

 いつまでも続けることはできない。


 すでに両肩を貫かれているにも関わらず、それを感じさせない動きで応じてきたのは見事としか言いようがない。だが、そんな状態の相手に負けるほどこちらもやわではない。


 肉迫と同時に突きだされた剣をソードブレイカーで上へと弾いた。

 アッシュは前へと踏みだし、敵の懐へと入る。


「――終わりだ、ニゲル」


 スティレットを眼前の胸部へと突き刺した。



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もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
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