◆第十三話『サルハバドルの王子』
「てこずらせてくれたな……」
「おい、くれぐれも手は出すなと言われたろ」
「こっちは1人やられてるんだぞ。少しぐらい痛い目見させてもいいだろ」
アルビオンのメンバー2人が剣を構えながらにじり寄ってきた。
クララはルナとともに間合いを維持して後退する。
ここは島の西側、赤の塔に近い荒野地帯だ。
なぜこんなことになったのか。
理由はわからないが、中央広場で買い物をしていたら眼前の挑戦者にいきなり襲われたのだ。ルナの機転もあってなんとか無傷で凌げたが、その後も執拗に追いかけられ――こんなところまで逃げてきたというわけだ。
ルナが潜めた声で話しかけてくる。
「ボクが彼らの気を引く。その間にクララは逃げて」
「でも、それじゃルナさんがっ」
「大丈夫。逃げ足には自信があるからね」
こちらを安心させるためか、ルナが笑みを浮かべる。
ただ、強張っているのがありありと伝わってきた。
「いやだよ、あたしも戦う」
「クララ。これは魔物相手じゃないんだ」
「うん、わかってるよ。わかってるから、ルナさんだけに辛いこと任せてばかりいられないよ」
初めは3人だった相手を2人に減らしたのはルナだ。
襲撃されるやいなや、即座に射抜いた。
人が相手でも躊躇なく弓を引ける。
その姿を見て、怯えているだけの自分とは違うなんて思ったが、実際は違う。
平気そうに見えるが、きっとルナも我慢しているだけだ。
――もう守ってもらうだけはいやだ。
その意志を瞳に宿して見返すと、ルナがしかたないなとばかりに微笑した。
「……わかった。一緒に戦おう」
「うんっ」
クララは右手を突きだし、いつでも魔法を放てる構えをとった。
こちらは後衛2人。
相手は前衛2人。
近づかれればそこで終わりだ。
互いに機をはかりはじめる。
やがて弾ける寸前まで緊張が高まった、そのとき。
敵の背後側から新たに人が現れた。
「なにをしている。彼女たちには手を出すなと伝えたはずだ」
そんな声とともに現れたのはアルビオンのマスター。
ニゲル・グロリアだった。
眼前の2人が揃って振り返り、驚愕の声をあげる。
「マスター!?」
「きみたちは赤の塔の押さえに回れ」
「で、ですが――」
「2度は言わない」
「……了解です」
先ほどまで対峙していた挑戦者2人が去っていく。
彼らを目線だけで見送ったあと、ニゲルがこちらに向きなおる。
「彼らが失礼をしたようだね」
「そう言いながら、殺気は消えていないようだけど」
ルナがいつでも射られるように矢を引きながら威嚇する。
「どうしてこんなことをするのか……教えてくれないかな」
矢を向けられていながら、ニゲルはまったく動じていなかった。それどころか落ちついた様子で目を伏せたのち、視線をこちらに向けてきた。
「サルハバドルは知っているか」
クララは思わずどきりとしてしまう。
それはあまりに馴染みのある言葉だったからだ。
こちらが反応しなかったからか、ニゲルが続ける。
「いまから約19年前、ライアッド王国に滅ぼされた国だ。知らぬはずがないな……クレイディア・スクル・ライアッド」
彼の視線がこちらを射抜いてくる。
クララは心臓の鼓動が聞こえてくるようだった。
荒くなりはじめた息をなんとか抑えながら問う。
「どうしてその名前のこと……」
「忘れたのか。きみたちが黒ずくめの集団に襲われた際、我々が幾人か拘束していたのを」
以前、ライアッド王国の暗殺部隊が島に乗り込んできたことがあった。そしてその場はアルビオンの介入で収拾されたのだが……あのときに拘束した者から事情を訊きだしたのだろう。
「だったらなんだって言うんだ。きみには関係ないだろう」
「関係はあるとも」
ルナの責めるような問いにニゲルが力強く答えた。
そして、まるで宣言するように声をあげる。
「わたしの名はシェト・スリファ・サルハバドル」
「……それって」
国名をつけられるのは王族のみ。
スリファは生まれた地名。
そして、シェトという名。
歴史には疎いほうだが、その名ははっきりと覚えている。
こちらが答えに至ったことを悟ってか。
ニゲルの口から答えが明かされる。
「そう。サルハバドルの王子だった者だ」
クララは思わず半歩下がってしまう。
まるで心臓を握られたような感覚だった。
ルナが庇うように間に割って入ってくれる。
「たとえライアッドがきみの国を滅ぼしたのだとしても、それはクララの指示じゃない。そもそも彼女は生まれてすらいないだろう」
「たしかに彼女が手を下したわけではない。だが、その体には数多の争いで彩られたライアッドの血が流れている」
ニゲルは蔑むような目をこちらに向け、継ぐ。
「せいぜい低層で終わる挑戦者だと思っていたが……きみたちが塔を昇る早さはあまりに異常だ。大方、《精霊の泉》に覚醒したのだろう。ますます捨て置けなくなった。クレイディア・スクル・ライアッド。貴様の汚れた血、このわたしの手で終わらせる」
ニゲルが左腰に差した剣を握った。
鞘にこすれた剣身がすぅー、と音をたてながら引き抜かれていく。
その最中、ルナがすかさず矢を射た。
煌く氷の破片を散らしながら虚空を突き進んでいく。それほど離れていなかったこともあり、瞬く間にニゲルのそばにまで達した。狙いは剥きだしの首。当たる――。
そう思った瞬間、ニゲルの姿がふっとかき消えた。
「なっ!?」
驚愕するルナ。
無理もない。
素早い移動なんてものではない。
本当にその姿を消したのだ。
クララは混乱した。
いったいどこにいったのか。
巡りはじめた疑問。
しかしその答えは直後に示された。
目の前にふっと現れた影。
見上げた先、そこにニゲルの顔があった。
「……え?」
「クララ、逃げるんだ!」
ルナが叫んで促してくれるが、もう遅い。
すでにニゲルの剣は抜かれ、振り落とされようとしていた。
クララは迫る剣の煌きを見ていることしかできなかった。
――斬られる。
ついに目を瞑ってしまった、そのとき。
がきんと甲高い音が響いた。
遅れてやってきた風が肌にそっと触れる。
「下がっていろ、この男の相手はわたしがする」
聞いたことのある声だった。
クララは誘われるように目を開くと、女性の後ろ姿が映り込んだ。彼女は背にかかるほどの黒髪をなびかせながら、ニゲルと剣をかちあわせている。
アルビオンのメンバーでありながら、ニゲルと対峙している。その光景に思わず頭の理解が追いつかなかった。ただ、たしかなことは彼女が守ってくれたということだ。
交差する剣の向こう側、ニゲルの目つきが険しくなる。
「そうか、きみがきたか…………シビラ」





