◆第八話『白き世界のため②』
ひとりはレオのところのギルドメンバー。
名前は覚えていない。
もうひとりはレッドファングのメンバー。
こちらはたしかダリオンといったか。
そして最後のひとり。
お調子者ながらソレイユでは多くの者から可愛がられているメンバー。
ヴァネッサは立ち上がり、声をあげる。
「マキナッ!」
「ん~~っ!」
マキナの口には手拭が噛ませられていた。
なにか必死に叫んでいるが、くぐもっていて聞き取れない。
「ダリオンッ!」
「ニゲル、てめぇっ!」
ヴァン、続いてベイマンズが勢いよく立ち上がって得物を手に取ろうとする。が、人質の首筋に当てられた刃が2人の動きを留めた。
ニゲルは動じることなく事実を突きつける。
「いくらきみたちでも、この状況をわかっていないわけではないだろう」
「くそがっ」
悪態をつきながらベイマンズたちは手を下ろした。
「本当にクズでゲスですわ……っ」
「いますぐにぶっ飛ばしてやりたいよ……!」
オルヴィ、ドーリエも憤懣を吐き出していた。
状況が状況とあって、なにもできない悔しさから顔を歪めている。
「ニゲル。きみがこんなことをするなんてね。見損なったよ」
レオが底冷えのする声で言った。その顔には笑みが貼りついたままだが、たしかな怒りを宿している。普段、柔らかな空気を纏っているせいか、余計に圧を感じる。
ただ、そんなレオを前にしてもニゲルは平然としていた。
「きみたちの強さはよく知っている。悪いが武器を取り上げさせてもらおうか」
人質をとられていてはこちらに抵抗する術はない。
新たに入ってきたアルビオンのメンバーによって武器を奪われたのち、柄のついた鞭で腕や手足を縛られる。よく見れば穴が空いていた。それも8個だ。
「8等級の交換石で作るなんて……えらく豪勢なことするじゃないか」
「念のためだ」
纏めて部屋の端に集められ、壁を背に座らされた。
ベイマンズがぎりりと睨みながら言う。
「こんな形で屈服させても素直に従うとは思ってないだろ」
「きみたちは唯一我々に対抗しうる力を持った者たちだ。わたしの誘いを断った時点でその未来は決まっている」
万が一、邪魔をされたときのことを考えて殺す――。
そういうことだろう。だが、疑問が残る。
ヴァネッサはニゲルの目をじっと見ながら問う。
「どうしていま殺さない? あたしたちを生かす理由はないだろう」
「わたしもミルマは怖いのでね。島を出るまではなるべく殺しは避けるつもりでいる。もちろん抵抗すれば躊躇するつもりはない」
ミルマを怖いと言いながら、殺しを躊躇するつもりがないとは。矛盾している。しかし、ニゲルがミルマからの制裁を受けるかどうかの境界線を見誤るとは思えない。おそらく、すでにミルマとなんらかの話をつけた可能性が高い。
「いま現在、きみたちのギルドを含む挑戦者たちを制圧中だ。じきにジュラル島は我々の管理下に置かれるだろう」
その言葉を聞いて確信した。初めからこちらの協力を得られるかどうかなんてどうでもよかったのだ。ただ、この場に上位陣を呼び出し、無力化することが目的だったのだ。だが――。
「そう簡単に行くと思ってるのかい? さすがにあんたらでもここの挑戦者全員を敵に回してただではすまないだろう」
ヴァネッサはそう冷静に指摘した。
ニゲルが冷酷な目を向けてくる。
「多くのものはギルドに所属している。きみたち同様に人質を使えばなにも問題はない」
「とんだゲス野郎ですね。これだから男は……っ」
オルヴィが容赦ない毒を吐く。
まだ希望はある。
「ラピスがいるってこと、忘れてないだろうね」
「……たしかに彼女は脅威だ。しかし、我々にはゴドミンがいる。彼の血統技術であれば彼女を封じるのは容易なことだ」
ゴドミンはニゲルチームの治癒師だ。彼の血統技術がどのようなものかは知らないが、抜け目ないニゲルがここまで言い切るのだ。おそらくラピスを封じる完璧な手なのだろう。
「もうひとり忘れているぞ」
そう声をあげたのはロウだ。
彼の目に光は消えていなかった。
むしろ希望に満ちてすらいる。
ラピス以外に8等級の挑戦者はいない。7等級の挑戦者において、もっとも8等級に近いと言われているレオもいまこの場で拘束されている。ほかにめぼしい挑戦者はいただろうか。このアルビオンに対抗できるほどの、挑戦者が――。
いや、ひとりいた。
ヴァネッサは、その者の姿を思いだしながら口の端を吊り上げた。
「そうだったね……もうひとりいる」
「うん。僕の大親友、アッシュくんだ」
レオがその名を口にした瞬間、ニゲルがかすかに目を細めた。
「アッシュ・ブレイブ……たしかに彼の活躍は耳にしている。だが、きみたちほどの挑戦者が推すほどとは思えない」
「そりゃお前は兄貴の戦いぶりを間近で見てないからな」
ヴァンがまるで自分のことのように得意気に言った。
以前、アッシュは彼ら3人とともにシーサーペントを狩ったと言っていた。きっとその際の活躍ぶりが、ヴァンにそこまで言わせるに至ったのだろう。
――拘束された誰もがアッシュを信じている。
その事実をヴァネッサはなぜか嬉しく感じた。
ふいに部屋へとひとりの男が入ってきた。
アルビオンの挑戦者だ。
彼はニゲルのもとへと向かい、耳打ちする。
「マスター。ご報告が」
「…………そうか。ご苦労だった」
それからニゲルは少しの間思案したのち、静かに口を開く。
「ナクルダール。きみにアッシュ・ブレイブを任せる」
「格下相手っすか。でもま、いいですよ。ちょうど俺もその男には用があったんで。あ、殺してもいいんですよね?」
「もちろんだ。しかし、決して油断はするな」
「了解っす。ま、ちょちょいっとやってきますよ」
緊張感のない様子でナクルダールが部屋から出ていく。その後、ジグラノがニゲルに問いかける。
「マスターはいかがなさいますか」
「わたしは自らの手で決着をつけねばならぬ相手がいる」
「では、お供いたしますわ」
上品な言葉遣いでそう答えつつ、柔らかな笑みを浮かべた。以前、単独行動していた彼女を見たことがあるが、まるで別人のようだ。
ニゲルがジグラノを伴って部屋を去ろうとするが、急に足を止めた。
「わたしが戻ったとき、この島は我々アルビオンのものとなっているだろう。それまできみたちはここで待っているといい」
振り向かずにそう言い残すと、今度こそ部屋をあとにした。
ヴァネッサはニゲルが去ったほうを見ながら歯を食いしばった。怒りを呑み込みながら、胸中である人物へと希望を重ねて叫ぶ。
――頼むよ、あんたしかいないんだ……アッシュ!





